第29話 追放テイマーは動揺する


 運送ギルドと冒険者ギルドの間にある大きな酒場は、近くのテーブルの声が届かないほど賑わっている。

 私たちは店内の隅にあるテーブルで、ドルドルトさんを囲んでいた。

 

 えーと。

 ドルドルトさん、今なんて言ったの?

  

 ……魔王軍?

 ……侵略用?


「ちがうでござるよ。誤解でござる!」


 ドルドルトさんが、慌てて大きく手を振って否定している。


「拙者、魔王軍四天王『土の魔性ドルドルト』なんて素敵でカッコいい人じゃないでござるよ!」

 

「……魔王軍、四天王?」

「……土の魔性ドルドルト?」

「しまったでござる!」


 ……。


 …………。


 ええええええ?!


「あれ? そういえば記事に載っていましたね」


 賢者アレス様のメガネが光って、隅に片づけてあった勇者新聞を広げはじめる。

 なんだか、小さな子供がでてくる探偵ものみたい。

 

「どれですか?」

「なるほど……な」

「にてますわね」


 新聞記事には、森の王国を攻略した際の四天王ドルドルトが描かれていた。

  

「違うでござるよ。拙者こんなにハンサムではござらん!」


 目撃者の情報に描かれているのは、劇画調の甲冑をきた戦士。

 鎧のデザインがすごく似てる気がする。

 

 ……顔は描かれてはいないけど。 


「こうなったら、仕方ないでござる。拙者こそが……」


 ドルドルトさんが、背中に背負っていた剣に手をかけた。

 私たちも、近くにあった武器……黄色い旗を取り出した。


 だって、もってないもん、武器なんて!

 輸送ギルドだからね!!


「見破られたからには仕方ないでござる!」

「見破ってないから! ドルドルトさんが一方的に明かしただけだから!」


 大剣を構えるドルドルトさん。

 黄色い旗を掲げる私たち。


 周囲が騒然とした空気になる。


 ――なにこれなにこれなにこれ。



「もう、なにやってるのよ! バカなの?」


 突然、美しい女性の声が聞こえると、ドルドルトさんの剣を水の魔法が包んでいく。

  

「うふふ。みなさん、ごめんなさいね。魔法国の人が迷惑かけちゃって」

「メルクルさん!」


 黒髪の美人が、髪をかき上げて妖艶な瞳で微笑んだ。

 騒がしかった酒場に静寂が訪れる。


「ショコラちゃんも、みなさんもごめんなさいね。ほら、アンタもあやまって」

「拙者のせいでござるか? 元はといえばおぬしが名刺を間違えたのでござるぞ!」

「なによ、名刺って。ほら、外行くわよ外」

「なぜでござるか、まだ食べ終わってないでござるよ!」

「うふふ、それでは失礼しますね」


 メルクルさんは、ドルトルトさんの腕をひっぱって外に連れ出していった。


 

**********

  

 二人が去った後。

 私たちは、酒場に呆然と立ち尽くしていた。


「なんだったの、今の?」

「うわぁ、なんだか劇みたいでびっくりしましたわね」


 ミルフィナちゃんは私の腕に抱きついて頬をよせてきた。


「なぁ、アレス。あれが魔王軍四天王なのか?」

「……いえ。違うと思いますよ」


 王子の問いかけに、賢者様はゆっくりとメガネを押さえながら答えた。


「でも、本人が名乗っていたんだぞ?」

「おそらくですが……」


 賢者様の言葉に、酒場中の人の視線が集まっている。


「おそらく?」

「どうなってるんだよ、兄ちゃん!」

「早く教えてよ!」


 周囲からヤジが飛び始めると、賢者アレス様はゆっくりと口を開いた。


「あれは……コスプレイヤーというやつですよ」


 ……。

 

 …………。


「おおお!」

「なるほどね」

「あはは、オレもそうじゃねぇかとおもってたぜ!」


 静かだった酒場が、一気に盛り上がる。


 コスプレイヤーって、有名人のマネをしてポーズとかとるやつだよね。

 勇者様コスが多いって聞いたことあるけど、魔王軍のコスなんているの?


「なんだ……そうだったのか。僕もね、勇者の恰好ならしたことあるよ」


 ベリル王子は大きく息を吐くと、私に優しい目線を向けてきた。


「王子も……ですか?」

「うん。その人になりきれるみたいで、少し楽しいよ」

「ふーん、そうなんですねー」


 王子様の勇者コス。

 うーん、想像つかないなぁ。


「でもなんで、勇者様のコスなんてしてみたの?」

「それは、ショコラが……」


 王子は急に顔を真っ赤にして、うつむいてしまった。


「ショコラちゃん! わたくしも変装ならしたことありますわよ! ショコラちゃんの恰好で!」

「ええ? そうなの?」

「ハイ! お城のデザイナーにそっくりな衣装を作ってもらいました!」


 ミルフィナちゃんは嬉しそうに、私に抱きついてくる。


「実は私も、勇者コスなら何回か……」


 賢者アレス様も、少し頬を染めながらボソッとつぶやいた。


 ふーん。

 みんなコスプレとかするんだ。


 ――魔王軍コスプレの二人は、なりきりってやつだったのかな?

 ――世の中ひろいなぁ。



**********


<<勇者目線>>


「申し上げます! 勇者様!」


 グランデル王国の使者が、オレの前でひざをつく。


「なんだよ、見てわからない? 今いいとこなんだけどさ?」


 オレは、料理人として雇っている女の子と夕食を楽しんでいた。


「ほら、口移しで食べさせてよ。ほら、はやくー」

「もう、いやん。勇者様ったらぁ~」

「しかし! 国王様から至急の伝言でして、是非この書状を受け取って頂きたい!」


 使者は頭を下げたまま、書状を差し出してきた。

 

 なんだよもう、しつこいな。

 どうせ早く魔王軍と戦えとかいうんだろ?


「ねぇ、シェラ。代わりに受けってよ」

「……わかりました……勇者様……」


 精霊使いのシェラは書状をうけとると、使者に可愛らしく微笑んだ。

 使者の顔がゆでダコのように真っ赤になる。


「あ、ありがとうございます」

「いいえ……お仕事ご苦労様です……」


 なに慌ててるんだ、あいつ。

 シェラはオレの嫁だからあげねーぞ、このやろう。


「国王直々に至急の書状を送ってくるとはな。シェラよ、何が書いてあるのだ?」


 戦士ベルガルドが不思議そうに、シェラに尋ねた。


「……あの、読んでもいいですか?」


 シェラは銀色の髪を揺らして、オレと使者を見比べている。


「いいよ、読んでみて。シェラのカワイイ声だと少しは聞く気になるからさ」


 オレが熱い視線で見つめると、シェラは真っ赤な顔でうつむいた。

 くぅ、なんてかわいいんだ。さすがオレの嫁だ。 


「それでは……。魔王軍がわがグランデル王国を侵攻する動きあり。直ちに王都に参上されたし……です」

「そうか……どうする勇者よ?!」


 ベルガルドは腕を組んでオレを見つめきた。

 どうするって。

 オレが決めるの?


「あたたた、急にお腹がいたくなってきた。これはしばらく動けないな」

「勇者様、大丈夫ですか?」

「勇者様、しっかりしてくださいー!」


「勇者よ! 国の一大事なのだぞ!」

「神から選ばれた唯一の勇者のお腹が、一大事なんだよ!」


 ――魔王軍と正面から戦う?

 ――バカじゃないのか?

 

 こういうのは、こっちから乗り込んでいって四天王とかを倒して、最後に魔王ってのがセオリーなんだよ。

 

「くっ、勇者ともあろうものが情けない……オレは一人でもいくぞ!」

「ああ、そうしてくれ。国王によろしくな」


「くそ。ショコラとの約束がなければ、貴様など最初から見捨てていたのに……」


 ベルガルドはそう言い放つと、大きな斧を担いで部屋を飛び出していった。


 はぁ、気安くショコラと約束なんてしてるんじゃねーよ。 

 あれはオレの嫁だぞ?

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