第76話 追放テイマーと地下牢の勇者


 えーと。

 魔王城の謁見の間は、再び静寂に包まれていた。


 あはは……。

 どうしよう……。


 玉座に座っている、魔王シャルルさんと私。

 優しい瞳で語り掛けてくる、戦士ベルガルトさん。

 何故か熱い視線を向けてくる、自称公爵令嬢のカトレアさん。

 

 そして。

 思い思いのポーズでパントマイムのように固まっている魔王軍。


 ――なにこのシュールな光景?

 ――どこから突っ込めばいいの?


「おほん。ショコ……主様?」


 魔王シャルルさんがわざとらしい咳払いをしながら、私を見ている。


 はっ、いけない。

 思わず思考が変な方向に……。


「カトレア様、使者のお勤めご苦労様です。グランデル王国からの伝言承りますね」


 こういう時は笑顔だよね。

 たいていのことは笑顔でのりきれるはず!

 あとは……。


 まるで獲物を見つけたような瞳から、なるべく視線をそらして言葉を続ける。


「伝令さん、カトレア様の書状をこちらに……」

「書状などありませんわ。ショコラ様」

「え?」


 彼女は姿勢を正すと、ゆっくりと口を開いた。


「勇者様、ご安心ください。偽勇者から国を取り戻しました。今、王国を管理しているのは公爵家です」

「……え……偽勇者から国を?」

「はい、全て勇者ショコラ様のおかげですわ!」


 嬉しそうな微笑みを浮かべて両手を胸の前で組む。

 

 ……え。

 

 ……どいうこと?


「失礼だが、その情報を信じる根拠を示せるのか? 王国第一王妃カトレアよ」

「あら、魔王ごときが、わたくしと勇者様との会話に口を挟まないでくださいません?」

「……なんだと?!」


 シャルルさんと、赤髪の美女の間に火花のエフェクトが見える。

 

 第一王妃って……あー。

 どこかで見た事あると思ったんだよね。

 勇者新聞の記事に載ってたんだ。


「カトレア様は、勇者様の奥様ですよね?」

「あら? それでしたら、ショコラ様はあの偽勇者の第二王妃ですわよ?」

 

 そういえば……そんなことも書いてあったような。


「ご心配なく。あんなゴミのような偽物と結婚などしてません。ショコラ様と同じように新聞のウソ情報です」

「そう……なんですか?」

「ええ。わたくしには心に決めた方がいますので」

 

 確かに!!

 あの新聞の情報ってあてにならないもんね。

 特に『勇者』の情報の関しては!

  

 ただ……ね。

 彼女の熱い視線が私に向けらてる気がするのは……何故?


「あ、あのそれで。勇者様はどうされたんですか?」

「うふふ、あの偽物でしたら……今頃地下牢で……」


 え。


 えええ。

 えええええええええええええええ?!


 取り戻したって、そういうことなの?!


「偽物のくせに王国を乗っ取った大悪人ですわよ? ご安心ください、降伏の証に魔界に引き渡しますので」


 カトレア様は改めて美しい動作でお辞儀をした。

 赤い髪がさらりとゆれて……とてもキレイ……。 


「王国は勇者ショコラ様に忠誠を誓います。是非魔界に加えてくださいませ」


 彼女に合わせて、隣にいた戦士ベルガルトさんも頭を下げる。


 また謁見の間に静寂が訪れる。


 なんだろう。


 ……なにか違和感があるような。

 ……大事なことをわすれてるような。


 だめ。

 いきなり情報が多すぎて、なにをどうしていいのかわからない。


 ノー。

 ノーだよ、この展開!! 

 

 ふと衛兵の一人と目が合った。

 はっ。

   

「とりあえず、みんな動いてください!!」


 次の瞬間。

 彫刻のように動かなかった魔王軍が動き出して、謁見の間に大きなざわめきがおきた。



 ……あー、違和感の正体これだったんだ、うん。



**********


<<元勇者目線>>



「ふざけんなよ! 俺が、俺こそが転生勇者なんだぞ!」


 光がほとんど届かない地下牢に、声が響きわたる。

 

 ……この状況、どこかで見たことがあるな。

 

 迫害された転生者が、実は真の勇者だった話。

 やがて真の能力に目覚めた勇者が、世界を救ってくれといわれるが、もう遅いってやつだ!

 いわゆる、ざまぁ系という分野だな。


 してやる……。

 元国王も、側近連中も、公爵家も、カトレアのやつも。

 必ず『ざまぁ』してやるからな!

 はははははは!! 


 ……。


 ………。


 ふぅ。


 ――で。


 問題はどうやって、ここを脱出するかだ。

 俺は薄暗い明かりを頼りに、地下牢の扉のカギ穴を確認する。


 まさか、針金であいたりはしないだろうしな。


「ドアオープン!」

「開け、運命の扉!」

「アンロック!!」


 ……ダメか。

 ……ラノベだと、ここでチート的な魔法が発動して開いたりするんだけど。


 うーん。


 俺はラノベやゲームの知識をフル回転させて、改めて扉に挑んでみる。


「すり抜け!」

「ライトニングボルト!」

「扉よ消えろ!」


 開かない。

 開かないぞ、この扉!!


 前世で、周りがひくくらい転生物にはまっていたのに。

 何故この状況で、特別な力に目覚めたりしないんだよ!

 

 ……そいえば。

 

 一人だけいたな。

 ひかずに俺の話を楽しそうに聞いてくれるやつ。


 彼女の楽しそうな笑顔を思い出して、おもわず両手で胸を押さえた。

 今でも胸の鼓動がはやくなるのが分かる。

 

 あれは俺の……遅い初恋だったんだろうな……。

 もう会うことも出来ないけど。



 あの子なら……。

 このピンチをどう切り抜けるんだろうか。

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