第3話 追放テイマーは現実から逃避する


 次の日の朝。

 

 ベッドに落ちる日差しが、カーテンを通してあたたかく包んでくれる。

 なんだかすこし、くすぐったい。

  

 ……そっか。

 ……もう朝なんだ。


 変な夢を見た気がするんだけど、なんだっけ?

 えーと。

 偶然テイムした、まんまるな赤い生き物が、実はドラゴンで。

 しかも、この国の王子さまだったなんて。


 ……。


 …………。


 いやだなぁ私。

 どれだけ、ラノベが好きだったのよ。


 ベッドから起き上がると、大きく背伸びをした。

 

 ――あれ?


 そういえば。

 今日は、代わりにあの悪夢を見なかった気がする。

 

 さすがに一か月も経ってるんだもんね、

 いい加減割り切れって話よ、私!


 別に異世界転生したからって、世界を救う義務なんてないんだし。

 

 ないんだけど……さ。


 勇者様……今も頑張ってるのかな……。

 ちゃんと美味しいもの食べてるのかな……。

 風邪を引いたり……怪我したりしてないよね……。


 私がいなくなっても、きっと誰も困らないけど。

 勇者様のパーティーに同行出来たのは、私にとって大切な思い出だから。

 元気だと良いな。


 あはは、なんて。


 ぼーっとベッドの上で転がっていたら、家の外から動物たちの鳴き声が聞こえてくる。

 いけない。

 はやくあの子たちの食事を作らないと!


 今日のご飯は、お肉を薄切りにして、ニンジンとサツマイモを細かくすりつぶして……。

 ゴマと特製ドレッシングを混ぜてと。

 うん! 簡単カルパッチョ風ご飯の出来上がり!


 家の扉を開けると、動物たちは一列に整列していた。

 今日も元気でいい子達! 可愛い!


「ほら、ご飯だよー!」


 お皿を差し出すと、一斉に食べ始めた。


 黒い仔馬のチョコくんは、今日も毛艶がよさそう。あとでとかしてあげようっと。

 白狼の子供、アイスちゃんはいつもたくさん食べるなぁ。

 小鳥のイチゴちゃんは、食べ方がすごく優雅。


 まんまる赤いドラゴンくんも、転げそうになりなががら、がつがつ食べて……。

 食べて……。



 ――え?


「ちょっと、王子様……なにやってるんですか!」


 王子様をテイムしたのって、夢じゃなかったの?

 待って。今が夢の中なのかもしれない!


 私は慌てて、自分の頬をつねってみる。


 痛い……。

 痛いじゃん……。


 ってことは、今も昨日の記憶も現実ってこと?!


「ベリル王子様、今すぐ人間用の朝食を準備しますから!」


 王子様に動物用のご飯を食べさせたなんて知られたら。

 しかも二日連続で!


 ――不敬罪ですか?

 ――死罪ですよね?

 

「そうか、それは嬉しいな。今朝も一緒に頂いてもいいかな?」


 赤いまんまるドラゴンが急に赤く輝きだした。

 目の前に手をかざして、指の隙間から様子を覗いていると。

 光の塊は、人の大きさに変化していき、やがて金髪の青年が現れた。


 ベリル王子は、青い澄んだ瞳で私を見つめると、首を傾けてにっこり笑う。


 昨日はお話だけだったけど。

 ……ホントに……。

 変身したんですけど……!?


「さぁ、今日の朝食はなんだろう。そうだ、よかったら僕も手伝おうか?」

「……あはは、結構ですので、席にお座りくださいね」


 私は、動揺する気持ちを抑えながら、なるべく優雅にほほ笑んだ。


 なにこれ。

 どうなってるの?

 私のノンビリ異世界生活……どこにいったのよ!



**********   


<<勇者目線>>


 オレたちは、魔王を倒すために、旅を続けている。

 この世界で唯一の希望、天啓を受けた勇者だからな。


 国王や民衆が頼るのもしかたないってものだ。

 まぁ、チート能力持ちのオレにかかれば、魔王なんて余裕だろうけど。


「あの、勇者様も荷物を持ってもらえませんか?」

「……なんだって?」

「ですから、荷物をみんなで分担して持ちませんか……」


 パーティーメンバーの一人、エルフのシェラが荷物を指さして訴えてきた。

 長い銀髪、先のとがった特徴的な耳、緑色の切れ長の瞳。清楚なたたずまい。

 控えめで上品さを感じる美人だ。

 当然、オレの嫁候補の一人。


「あのさ、シェラ。オレは勇者なんだよ? なんで荷物を持たないといけないんだい?」

「だって……あの……」

「皆で手分けして持つしかないだろう! 手ぶらでダンジョンに向かうわけにはいかんだろうが!」


 戦士のベルガルトは、シェラがまとめた荷物の一つを背中に背負う。

 森で野営するための毛布や簡易テント、全員分の食料、回復ポーションなど。

 冒険するための荷物は結構な量になる。


「おいおい! オレもベルガルトもそんな荷物持ってたら戦えないだろう?」

「そんなの、みんな同じよ。アンタバカなの?」


 ローブを着た金髪の美少女も、戦士ベルガルトと同じように荷物を担ぎ始めた。

 

 この子は、魔術師のダリア。

 見た目は幼く見える金髪ロリッ子だが、オレに対する態度が……非常に悪い。


 まぁ、照れ隠しだろうけどな。

 オレの嫁候補、その二だ。


「荷物なんて、ショコラの動物に運ばせればいいだろ?」


 そこまで言って。

 オレは嫁候補その三を追い出したことを思い出した。


「……アンタがショコラお姉さまを追い出したんでしょうが!」

「誤解だよ、彼女が自分から言い出したんだ」

「……絶対ウソ! お姉さまが私たちを置いていくなんてありえない!!」


 ちょっと手を出そうとしたら、思い切り泣かれたからな。

 すごく可愛かったけど……どうせ戦力にはならんし……。

 魔王を倒し終わったら、回収にいけばいいだろ。

 

「なぁ、馬かロバを借りて、背負わせるのはどうだ? なにも自分たちで運ぶ必要なんてないだろ」


 オレは、パーティーリーダーらしく名案を出してみた。

 メンバーは、オレを見て固まったように沈黙する。

 

 なんだこの空気。

 ひょっとして、オレへの尊敬の視線ってやつか?

 まぁ、オレも伊達に転生してないからな。

 

「……勇者様、それはちょっと無理ですよぉ…」

「……アンタって、ホントに考えなしのバカなのね!」

「なんだと! どういうことだよ!」


「勇者よ、これから我々が向かうのは、森の先にあるダンジョンなのだぞ!」

「そんなことは、わかってるよ!」


 今の俺たちの目的は、北の大森林の奥にある、地下迷宮だ。

 迷宮には、魔王を倒すための伝説の防具が隠されているらしい。


「だからだ。足場も悪く狭い木々の間を、どうやって馬やロバが歩いて行けるのだ!」

「いやだって、ショコラの馬や狼は歩けてたじゃないか」


「あれは、テイマーが使役している魔獣だ! 普通の動物ではない!」

 

 いやいやいや。

 確かにずいぶん大きな荷物を運んでいたけど。

 どうみたって、ポニーのような黒馬と、ちょっと大きいだけの狼だったぞ?

  

 こっちの世界の動物って、みんなあんな感じじゃないの?


「とにかく。荷物を持たずに行けばどの道死ぬだけだぞ。ほら、これは勇者の分だ!」


 ベルガルトは、オレに荷物を投げてよこした。

 その荷物の重さに、思わずよろけそうになる。


「いやまってくれよ。こんな荷物背負ってたら、どうやって魔物と戦うんだよ」


「あの……勇者様、冒険者っていうのは……普通そうなのでは……」

「ショコラお姉さまがいてくれたら、こんなことには……コイツがいなくなれば良かったのよ」

「本当にショコラが自分の意志で抜けたのなら仕方あるまい」


 なんだよそれ。

 こんな話、聞いてないぞ!!

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