第4話 追放テイマーは朝食を一緒に食べる


 私は今、朝食を食べている。


 うん、それ自体は普通なことだし。

 いつもの日常なんだよね。

 

 だってちゃんと朝ごはん食べないと、一日頑張れないし。

 お昼までもたないもん、私。


 ……普通なんだけどさ。

 ……なんだけどさ。

 

 違うのは。

 金髪イケメンな王子様が、同じテーブルで向かい合わせに座ってることなんだけど!


 ノー!!

 ノーだよ、これ!!


 なんで……。

 なんで……。

 なにさわやかな顔して、上品にスクランブルエッグを食べてるのよ!


「うん、やっぱりショコラの作った食事は美味しいねー」


 にっこりと笑うイケメン王子。

 整った顔は、どこか中性的な印象を受ける。

 ウィッグつけてメイクなんてしたら、女の子にみえるんじゃないかなぁ。


 いけない!

 思わず、見惚れてぼーっとしちゃったよ。


「あはは、王子様が普段召しあがっている食事に比べたら、申し訳ない出来なのですが」

「そんなことないよ。なんて言ったらいいのかな。ショコラの料理はさ、どこかあたたかいんだ」 

「……あたたかい、ですか?」

「うん、そうなんだよ!」


 ベリル王子は、身を乗り出して私の手を握ってきた。

 ……ちょっと!

 このテーブル小さいから。


 顔が。

 顔がすごく近いんですけど!


 私は手を振り払うと、何故か少し頬が赤く染まっている王子の顔を押し返した。


「あ、あの。身を乗り出されると、料理がお体についてしまいますよ?」


 私は、出来るだけ可愛らしく微笑んだ。


 うわぁ、ホントにびっくりしたぁ。

 

 ……我慢。

 ここは我慢よ、私。


 うっかり失礼なことをしたりしちゃ、だめ。


 ――だって、相手は本物の王子様なんだから。


「そうか。それはそうだね。心配してくれてありがとう、ショコラ」


 ベリル王子は、すこしキョトンとした顔をした後に、にっこりと笑った。

 今のこの場所が少女漫画の世界だったら、背中に花がたくさん出てきたんじゃないかしら。


「あの、王子様。あたたかい料理がお好きでしたら、温めなおしましょうか?」

「んー、そういう意味じゃないんだけどなぁ」


 どういう意味なんだろう。

 頬を染めるくらい、あたたかい料理が好きなのに?

  

「ねぇ、この後、ショコラはどうするんだい?」

「この後、ですか?」

「うん、朝食を食べた後。前回は突然で忙しくてさ、そのまま帰ってしまったから」


 あはは。

 今回も、そのままおかえり頂きたいのですけど。

 ……なんて言えないし。


「この後は、仕事で外出します。王子様もお忙しいでしょうし、あとは片づけておきますので」


 食べ終わった食器をもって、キッチンに向かおうとした腕を、急に大きな手がつかんだ。


「ねぇ、お仕事ってなあに?」

「荷物の運搬ですよ。今日は隣町まで荷物を届ける予定なんです」

「……荷物を運ぶ仕事?」

「ええ。私、今は運送ギルドのメンバーなので」


 この世界では、その仕事ごとにいくつか共同組合……つまりギルドが存在している。

 モンスター退治や、護衛を専門とする、『冒険者ギルド』。

 各地で商売をする権利を保護している、『商人ギルド』。

 そして。

 大小さまざまな荷物を目的地まで届ける仕事を請け負うのが、『輸送ギルド』。


 前世でいうところの、宅急便とか郵便配達みたいな感じかな。


「キミは以前、王都の冒険者ギルドに所属していたよね? 本当にそれでいいの?」

「いいの……と言われましても……」


調教師テイマー の私では、続けられなかったし。

 他の冒険パーティーも受け入れてくれるとは思えなかったし。


 いいんだけどね。

 もう、そんな危ない冒険なんてしなくても。

 私は田舎でゆっくり過ごすんだから。


「誤解しないで欲しいんだけどさ、輸送ギルドも素敵な仕事だと思うよ。ただね、ショコラ、君は……」

「……あの? ベリル王子?」

「なんだい、ショコラ?」


「……なんで、私が冒険者ギルドにいたことを知っているのですか?」

「……え?」


 私の問いかけに、それまで優しい瞳で話しかけていた王子の表情が固まる。

 よくみると。

 急に額から汗が浮き出てたように見えるんだけど。


 ……気のせいかな?


「それは、あれだよ。聞いたんだよ!」

「聞いたって、誰にですか?」

「お城の誰かかな? 誰だったかな、あまり覚えてないんだけどさ」


 なんだろう。

 王子の目が泳いでいるんだけど。


「それに、よく考えたらですね。私、自分の名前を名乗った覚えがないんですよ?」

「それはあれだよ。……そう! 先輩! 動物の先輩に教えてもらったんだよ!」


 ふーん。

 あの子たちが教えたのか。

 知らなかった、意外におしゃべりなのかぁ。


「ねぇ、ショコラ!」

「なんでしょう?」


 ベリル王子は、耳まで真っ赤な顔を近づけてきた。

 澄んだ青い瞳に、私の姿が映っている。


 ――だから。

 

 顔が近い!

 顔近いんだってば!!

 この世界の王子さまって、みんなこんな距離感で話すものなの?


「ねぇ、輸送の仕事って、ショコラの使役獣たちがやるんだよね?」

「ええ。ああ見えて、あの子達たくさん荷物運べるんですよ」

「それじゃあ、僕も参加するってことだよね?」


「……え? どうしてですか?」


 王子様は私の唇に人差し指を押し当てると、イタズラそうな表情で片目を閉じた。


「だって、僕はキミの使役獣、だよね? 荷物運びは僕も参加しないと!」

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