第2話 追放テイマーは王子様と約束をする


 真っ赤でまんまるだから……トマト? リンゴ?

 うーん?


 私は、新しく調教した、真っ赤な生き物の前で悩んでいた。

 

 名づけっていうのは、調教した動物につけることが出来る、調教師テイマー の能力の一つで。

 動物は、自分の名前をちゃんと認識するようになる。


 名前をよんで反応してくれるのって、実はすごく可愛い!


 さて、どうしようかな。


 しばらく、ぼーっとみんなの食事を眺めながら考えていると、自分のお腹が音を立てた。

 あはは。

 まぁ、誰もいないし、恥ずかしくないけど。

 名前より先に自分の食事でも食べようかな。


 家に戻ろうと扉を開けると、急に後ろから声をかけられた。


「いや、本当に美味しかったよ。ありがとう」


 ……え?

 ……今の声、誰?


 慌てて振り返ると。

 さっきまで赤いまんまるがいたところに、金髪の美青年が立っていた。


「美味しそうな匂いにつられて、おもわず飛んできてしまいました」


 うそ……。

 私この人知ってるんですけど。


「あの……もしかして……ベリル王子……ですか?」

「ああ、もしかして会ったことあるかな。あらためまして、ベリル・ラルフィートです」

 

 金髪に赤い服のイケメン王子が、深々と頭を下げる。

 

 どうして。

 どうして。


 一国の王子が、こんなところにいるんですか!? 



**********


「お茶でもどうぞ……」

「ありがとう、ご主人様!」


 私は運んでいたコップを落としそうになる。


「ちょっと! その呼び方やめてくれませんか!」

「いやだって、先輩方がそう呼べって」

「先輩って?」


「キミが僕より先に調教していた動物たちさ」


 目の前にいるのに、まだ理解できない。

 さっき私が調教した赤いまんまる。


 あれが、王子様?


「もう。疑り深いな。僕のおなかには君の調教した証がついてるのに」

「ちょっと、ストップ!」


 シャツをめくっておなかを見せてくれようとした王子の手を、慌てて止める。


「王家の人間はね、代々ドラゴンに変身できるんだよ」

「……そうなんですか」


 王子の話では。

 ドラゴンになって空を散歩していたら、美味しそうな匂いがして、ウチに立ち寄ったんだって。


 王子をテイムするとか……。


 ……。


 ………。


 沈黙が部屋を支配する。


 なんなのこれ?

 どんな罰ゲームよ?

 おなかの音も聞かれるしさ!

 これって……私、死罪だよね? そうだよね?

 

 慌てる私の姿を楽しそうに見つめていたベリル王子は、ふとコンロに視線をうつした。


「ねぇ、なんだかおいしそうな匂いがするんだけど」

「あー。朝食を食べようと準備してましたから」

「そういえば、おなかの音がしてたような……」

「ちょっと、それもストップ!!」


 私は慌てて彼の口を手でふさいだ。


 彼の金色の髪がゆれて、バラのようないい香りに包まれる。

 王子のキレイな瞳に、私が映っている。

 

 うわ。

 私は慌てて、その場を飛びのいた。


「あの……ごめんなさい……」

「ううん。それよりも、食事食べなくて平気なの?」


 私の意志と関係なく。

 お腹の音が再び部屋に響き渡った。


 なんなのこれ。最悪なんだけど。

 今すぐ消えてなくなりたい。


 私は頭を抱えてその場に座り込んだ。


「おなかすいてるんでしょ? 遠慮しないで食べてよ」

「お、王子さまも食べますか?」


 もうこうなれば。

 一緒に食べてごまかそう。


「そうですねぇ、それじゃあ一緒に食べようよ」


 王子様は。

 まるで、前世でみた少女漫画のヒーローのような笑顔で微笑んだ。



***********


<<ベリル王子目線>>



 彼女の家を出ると、動物の先輩たちに呼び止められた。


「おい、お前。俺たちの事をご主人様に言ってないだろうな?」

「言うって……なにをです?」

「とぼけないでよ! 気づいてるんでしょ!」


 黒い馬と、白い狼の子供が道をふさいでくる。


「キミたちが、ナイトメアと雪狼ってことですか?」


 ナイトメアは、炎のブレスを使うことができて、ドラゴンに匹敵する強さを持つ。

 雪狼は、冬を支配すると言われている氷系の最強呪文を使える生き物だ。


 どちらも。

 本来なら人間に調教されるような魔物じゃない。

 

「それじゃあ、妾のことも気づいておるのか?」

「……フェニックスだよね?」


 フェニックス、つまり不死鳥は全身を炎に包まれた神秘の存在。

 人に英知を与えると言われる、勇者を導く伝説の鳥だ。


「やっぱり……気づいてたのか。一国の王子とは言え、生かして帰すわけにはいかないな」

「ショコラちゃんに近づく害虫は、この場で排除致します!」

「妾もその意見に賛成じゃ」


 黒い馬は通常の馬よりはるかに大きな姿に変化した。

 口から炎が漏れ出している。


 雪狼も、人が乗れるほど大きな姿になっている。


 フェニックスは、全身を炎に包むと上空高く飛び上がる。


「ちょっとまってくれ。キミたちはなんで正体を隠してまで、あの子に調教されているんだい?」


 ぴたりと彼らの動きがとまる。


「そんなこと」

「ああ、きまってますわ」

「そうなのじゃ」


「「「彼女の食事が美味しいからだ!」」」

 

 ああ、なるほど。

 確かに彼女の料理はおいしい。


 人間用のものも、動物用のものも。


「あれ、でもテイムされる前って、彼女の食事は食べたことないんじゃないかな?」

「そんなもの、調教の魔法を使われるときにわかるだろうが!」

「これだから……人間はダメなのですわ」


 そんなものかな。

 確かに……彼女が魔法を使ったときに、とてもあたたかい光に包まれて。

 彼女の人柄や優しさが、直接心に伝わってくる気がしたけど。


「それじゃあ、こういうのはどうかな? 生かしてくれるなら僕が君たちの声を彼女に届けるよ」

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