第55話 追放テイマーと温泉の女神像


 まるで貴族のお屋敷のような、豪華な建物。

 目の前には美しい庭園が広がっていて、色とりどりの季節の花が咲いている。


 うわぁぁ、本当にすごい。

 夢みたい。

 まるで絵本みたいな風景なんだけど!


 ここが、えーと……あれ?

 そう! 小説のタイトルみたいな長い名前の温泉!


 私はあらためて、旅行雑誌をながめてみる。


『ある日突然、イケメンの高貴な貴族と出会った私が、彼の花嫁候補になって溺愛される女神の湯』


 この景色をみたら、何となく納得できそうだよ。

 小説の背景とか挿絵に出てきそうだもん。

 

 それに、効能が逆ハーレムとか溺愛とかって。

 うーん。

 もしかしてだけど。ラノベ好きの転生者が作った温泉とか!!

 

 あはは、なんて。

 さすがにそれはないよね。


 あ。


 ――転生者といえば。

 ――魔王様も……だよね?

 

 転生者かもしれないってわかってから、忙しくて全然話せていないんだけど。

 でも。

 大好きだったアイス『サーティーニャン』を知ってたみたいだったし、たぶん間違いないよね。

 魔王様、どのフレーバーが好きだったのかなぁ。

 ゆっくり、前世の話とかしてみたいな。


 ああ、でも……それより。

 サーティーニャン……。

 急にあの味を思い出しちゃった。


 ワッフルコーンの上にのった美味しいアイスが食べたい!

 その上にちょこんと乗っている小さな猫型クッキーも食べたいよぉ!!


「あはは、なんて顔してるのよアンタ」

「……え?」

「ねぇ、ショコラ。ここはレストランじゃなくて温泉だよ?」

「わ、わかってるわよ!」


 リサとコーディーは笑いながら私を指さしてくる。


 もう。

 そんなに……変な顔してたのかな?


「まぁ、食べ物は後回し。とりあえず温泉楽しもうよ!」

「ほら、いくよ、ショコラ!」

「ちょっと、引っ張らなくても平気だってば!」


 私は、二人に手を引かれながら、建物の中に入っていった。

 


********** 

 

「どうみても温泉に見えないんだけど……すごいねー」

「はぁ、ホントどれだけ豪華なのよ……」

「アイドルな私にぴったりの温泉よね!」


 私たちは湯舟に入りながら、周りを見渡してみる。


 パステル調の壁には豪華な絵や調度品が飾られていて、キラキラと光っている。

 乙女チックなお屋敷の床が全部温泉になってる、そんな感じ。


 お湯の色もピンクっぽくて、白くて可愛らしい花がたくさん浮かんでいる。

 なんだかすごく甘い匂い。


「なんだかさぁ、お姫様になった気分」

「アンタ、一応第二王妃でしょ! まぁでも絵本の中にいる感じがするねぇ」

「うふふ、逆ハーレム目指せそう~」


 こんな温泉初めてだよ。

 うふぁぁ。すごくいい気持ち。


「あれ? でもさ、雑誌だと神殿みたいな建物じゃなかった?」

「あー、それはこの先にあるみたいよ」


 リサが、湯煙の奥に見える扉の方を向く。

 

「……行ってみたいの?」

「んー。ここから行けるの?」

「いけるみたいよ。ただねー」

「ねー?」


 リサとコーディーが少しだけ頬を赤くして笑う。

 もう、なによ。


「なにかあるの?」

 

「「混浴なんだよ、その場所!」」


 ……。

 

 …………。


 え?


「乙女チックな空間を抜けて、神殿でめぐり合う運命の二人。っていうコンセプトなんだって」


「「きゃー!」」


 なにそれ。

 ……一体誰が考えたのよ、この温泉!!


「しかたないなぁ、アンタが・・・・ どうてもっていうし、行ってみますか」

「そうだね。ショコラが・・・・・・ 行きたいんだったら付き合おうかな」


「待って、私そんなこと一言もいってないから!」


「だって。ちゃんと、大陸ウォーカーに書いてあったよね?」

「それでも神殿の話をするってことはさぁ……仕方ないなぁ、ショコラは」

「違うってば! 写真ばっかりみてたから記事ちゃんと読んでなくて……」


 ダメだ。

 リサもコーディーも顔を真っ赤にして全然聞いてくれない。


 私は二人に背中を押されながら、先にある神殿に向かっていく。



 (勇者よ……私の声がきこえますか……)


 あれ?

 なにか今聞こえた気がする。


「ねぇ、今なにか聞こえなかった?」

「別に何も? そんなことより、観念しなさい!」

「ショコラもさ、ホントは興味あるでしょ? 運命の出会いだよ!? 体験談ちゃんと読んだ?」

「混浴にいきたいなら、リサとコーディーでいけばいいと思う!」


「そんなのダメに決まってるじゃない」

「うんうん」


「「楽しいことも辛いことも、みんなで分かち合う!」」


 ちょっと、この大親友。

 こういう時には息がぴったりなんだからぁ!



 (聞こえてますか……勇者よ……)



 ……やっぱり聞こえる。

 ……なんだろう。


 ……どこかで聞いたことのある声なんだけど。


 私たちは、専用の渡り廊下を通って、神殿の入り口にたどり着いた。


「……いい? いくわよ?」

「……運命の出会いが私を待ってるのね! ああ、ドキドキする」

「やめようよぉ。温泉で混浴なんて、あんまり若い人いないってきっと……」

 

「ここまできたら、女は度胸よ、ショコラ!」

「そう、立派なアイドルになれないからね!」


「別になりたくないし、さっきのお姫様っぽい温泉でよかったじゃん!」

「いいから。ほら、行くよ!」

「うふふ楽しみ!」



 神殿の中は、やっぱり巨大な温泉だった。

 湯煙の奥には巨大な女神像が建っているのが見える。

  

 これも、女神エリエル様なのかな。


「あはは、だれもいないね」

「なんだ残念」

「でもさ、これから来るかもしれないよね? あー運命の相手が入りにこないかなぁ」


 コーディーは真っ赤な頬に両手をあてた。


 運命の相手かぁ。

 例えば……。


 ふと、ベリル王子の笑顔が頭に浮かぶ。


 うわぁ、ちょっと! なんで王子がでてくるのよ!


 それは……まぁ。

 運命の相手だったら……。



 ……。


 …………。


 嬉しいけど。


 ぶくぶくぶく。

 私は温泉に口元までもぐっていく。

 

 (今はラブラブ話はどうでもいいのです! 私の声が聞こえますか?)


 べ、べつに、ラブラブ話なんてしてないから!

 というか……なんなのこの声。

 どこから聞こえてくんだろう。


 (ちょっと! なぁんでまた勇者に私の声が届かないのよぉぉぉ!)

  

 なんだかすごく必死みたい。

 勇者様ってば、応えてあげればいいのに。


 (これってフェニックスが仕事しないからよね! 伝令役のはずなのに!!)


 鈴の音みたいな高く澄んだ可愛らしい声。

 やっぱり、どこかで聞いたことある気がする。


 うーん。

 うーん。


 絶対知ってると思うんだけど。


 (こうなったら奥の手よ。女神の本気をみせてあげるわ!)



 次の瞬間。

 巨大な女神像が金色に輝きだした。


 ちょっと、なにこれ!

 まるで太陽のように眩しくて、目を開けていられない。


 私たちは、あわてて両手で目を覆う。


 

 ……一体、何が起きたの?!

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