第56話 追放テイマーと勇者のお仕事


「ちょっと、なんなのこれ!」

「ねぇねぇ、温泉のイベントなのかな?」

「ショコラ、隠れて!」


 リサが庇うように私を抱きしめてきた。

 嬉しいけど。

 胸元に顔を押し付けられて、ちょっと、ううん。かなり苦しい。


「いっとくけど、この子に手を出したら魔王軍がだまってないんだからね!」

「え、まさか襲撃なの? うわぁ、ドラマみたい!」


 はっ、そっか。

 私って魔王軍の主だから、狙われる可能性があるんだ!

 

「もごもご。ぷふぁ、ちょっと……だったら私が戦うから二人は逃げて!」

「いいから、アンタはさっさと逃げなさいよ!」

「いざとなったらアイドルも戦えるんだから!」


 私は近くに出現した聖剣を手に取った。

 このアイテムは、どこに置いててもすぐに私のそばに現れる。

 それが温泉の中でも……。


「ちょっと、この私に聖剣を向けるってどういうことよ!」 


 輝く女神像から女性の声が聞こえてくる。


 ……やっぱり。

 ……どこかで聞いたことあるような。



 やがて、女神像の光がゆっくりと収まってく。


「えーと……とりあえず。みんな無事だよね?」

「ねぇねぇ、やっぱりさ、温泉のイベントだったんじゃない?」

「びっくりしたわ。アンタがいつも剣が手放せない理由がよくわかったわよ」

「あはは……」

 

 手放せないっていうか、これほとんど呪いだから!

 勝手につきまとってくるから!


「……あれ? 女神像の下にだれかいるよね?」

「あ。ほんとだ」


 リサとコーディーは湯煙の先を指さした。

 確かに、ぼんやり人影があるような。


 女神像が光ってる間に、誰か入ってきたのかな。

 

「ふーん。人間の分際で、私を指さすなんて生意気ね。本来なら天罰ものだわ」


 声の主は、ゆっくりと私たちに近づいてきた。


 ふんわりとした金色の髪。

 背中には、真っ白な可愛らしい羽。

 ちびっこ魔法使いダリアちゃんと同じ年くらいの、小さな女の子。

  

 うわぁ。なになに。

 もうキュンとするくらいの美少女なんだけど。


「私の子供の頃そっくり! 可愛い子だね!」

「一人で来たの? お父さんかお母さんは?」

「ちょっと、勇者ショコラ! なによこの失礼な二人組は!」


 彼女は、頬を大きく膨らませて、私を見上げている。


「え? ショコラ、知ってる子なの?」

「勇者ショコラって?」


 私は大きく首を振った。


 こんなに天使みたいな可愛い子なら、絶対覚えてるよ。

 それに私の事を『勇者』って……。


「ふっふっふ。聞いて驚きなさい! 私の名前はエリエル。そう! あの有名なスーパー天才女神、エリエルよ!」


 女の子は、腰に手をあてて、自慢げに胸をはった。


 女神……エリエルって。

 うそ。

 だって全然姿がちがうんだけど!

 でもこの鈴のようなキレイな声は確かに……。


「……女神エリエルって、この像の?」

「……だよね?」

 

 リサとコーディーは、温泉の真ん中に飾られている巨大な女神像を指さした。  


「そうよ! 本来この世界には現れないんだけど、特別に来てあげたわ!」


「うんうん、わかった。女神さまが大好きなのね?」

「とりあえずさ、大事なコスプレ服が濡れちゃってるよ?」


 二人は顔を見合わせると、大きくうなずいた。


「え。ちょっと、な、なんなのよ!」

「ほら。お姉さんたちが手伝ってあげるから、ちゃんとぬぎぬぎしようねぇ」

「女神でもアイドルでも、温泉に服を着て入ったらダメなんだよ?」


 両手を広げて女の子に迫っていく。


「うわぁ、見てないで助けなさいよ! 勇者ショコラ!」

「リサ、そっち押さえて!」

「オッケー。お姉ちゃんたちにまかせなさいって」


「待って二人とも! この子たぶん本物の……!」



 ――次の瞬間。


 すべての音が消えて。

 リサもコーディーも、まるで彫刻のように、その場に固まった。


「ふぅ、危なかったわ。あやうく女神の私が裸になるところだったわ」

「えーと。もう……裸かな?」


 固まった二人の手には、彼女の着ていた女神の白い布地とベルト。


「な。どうなってるのよ、アナタの友達は!」

「……たぶん、親切でやったと思うんだけど」


 女の子は、胸元を両手で隠しながら真っ赤な顔でにらんでいる。


「……見たわね」

「あはは。ほら、私も裸だし。えーと、本当に女神エリエル様?」

「……そうよ。ふふん。私の呼びかけに応えないから、こうして来てあげたのよ!」


 両手を腰にあてて、自慢げにポーズを取る。


「それだと見えますけど……」

「ちょ、ちょっと。だったら後ろを向けばいいでしょ!」


 女神様は慌てて温泉のお湯に飛び込んだ。

 

「……あのー、女神様?」

「……まぁ、ショコラちゃんならいいか。女神と勇者なんて恋人みたいなものだし」


 頬を真っ赤に染めて小さなこえでつぶやいている。


「いや、聞こえてるし、全然違うと思いますけど?」

「お約束みたいなものよ! ほら、ショコラちゃんの好きなラノベやゲームでも、女神と勇者が結ばれてたでしょ?」

「それは主人公が男性の場合ですよね?!」


 天使みたいな笑顔で、なんてこと言ってくるのよ。

     

「それで、女神様は私になにか伝えたいことがあるんですか?」

「そうなのよ! こほんっ。勇者ショコラ、よく聞きなさい」


 エリエル様は急に、真面目な声で話しかけてきた。


「女神長……いえ。天界で協議した結果、アナタは無事世界を救ったことになりました」

「……はい?」

「よくぞ、試練を乗り越えて、魔王を打ち倒しました。勇者ショコラ。アナタはこの世界を救った英雄です!」


 ――倒した?

 ――魔王様を?


「あの、エリエル様。私、打ち倒したりしてませんけど?」

「いいえ、勇者ショコラよ。アナタは調教スキルで凶悪な魔王を倒しました!」

「それは偶然、魔王様がテイム魔法の中に飛び込んで来たから……」

「さすがは私の見込んだ勇者ですね。こんなに早く魔王を倒してしまうなんて」


 幼女の姿をした女神様は、慈愛に満ちた微笑みで私を見上げている。


「さぁ、魔王の手から世界を救ったアナタの願いを、一つだけ叶えましょう!」



 なにこれ。

 

 まるでゲームのエンディングみたいなんですけど。  


 勇者とか魔王とかどうでもいいので、スローライフが望みですっていったら。

 

 ……叶えてくれるのかなぁ。

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