第87話 追放テイマーの揺れる想い


 さっきまで画像が映っていた、病室の白い壁をそっと触れてみる。

 

 なんだか不思議なんだけど。

 気持ちが少しづつ落ち着いてきた。


 さすが、転生仲間だよね。

 ちゃんと話を信じてくれたし。

 この姿にも全然おどろいてなかったし。


 あ。寝起きの顔も見られたんだっけ……正確には寝てなかったんだけどね。


 ……。

 

 …………。


 そっちは無し!

 も、もう何も無かったってことで!

 シャルルさんも、別に気にしてなかったみたいだし!!

 

 忘れよう、うん。


「……ショコラちゃん、なにやってるの?」

「な、なんでもないから!」


 ビックリしたぁ。

 慌てて壁から手を離すと、近くにあった枕をぎゅっと抱きしめる。


「ねぇ、目だけじゃなくて、顔まで赤いわよ?」

「なんでもないですってば!」

「んー、風邪ひいたんじゃないかしら?」


 これは風邪じゃないんだけどな。


 枕に顔をぎゅっと押し付ける。

 少し冷たくて気持ちいい。

 けど、なんで。

 

 なんで、顔の火照りがとれてくれないんだろ……。

 どうしよう、困った……。


「今日はゆっくり寝てたほうがいいんじゃない?」

「ご主人様、無理しないでピョン」

「そうはいかないよ。元の世界に戻る方法を早く考えないと!」


 魔王さんも向こうで考えてくれるって言ったし。

 絶対、みんなのいた世界にもどるから。


 自分のこの想いが揺らがないうちに……。


「で。どうするつもりよ?」

「やっぱり学校に行ってみようと思うの。なにかヒントがある気がして」


 女神様は私の横に座ると、顔を近づけてきた。

 ふわっと花のような優しい香りに身体が包まれる。


「うふふ。ショコラちゃんやっぱりカワイイなぁ」

「ちょっと! なんでこの流れで抱きついてくるんですか!」

「だって、まるで恋する乙女みたいな表情だったから、思わずさぁ」

「思わずって!」


 そ、そんな表情してないからね。



**********


 教室に向かう廊下は、普段は生徒の声で賑やかなんだけど。

 今は誰ともすれ違わないし……すごく静か。


 窓から差し込む日差しに、おもわず目を細める。

 こんなに明るいのに、人のいない学校なんて初めて見た気がする。


 懐かしい風景なんだけど、なんだか不思議。


「すいませんなぁ、本当はお友達に会いたいでしょうに」

「そんな。わがままを聞いていただいて、ありがとうございます」


 私は、隣を歩いている二人の刑事さんに頭を下げた。


「わはは、気にせんでください。正直、我々もお手上げでしてなぁ」

「先輩やばいっすよ、捜査状況を話したりしたら……」

「いいじゃねぇか。お嬢ちゃんが着ていた服の謎ですら、わからねぇんだからよ」

「服……ですか?」


 服っていうと、えーと。

 あのコンサートで着てた、姫騎士みたいなコスプレのことだよね?


「いやな。あれ、何で出来てるのかも分からないらしいんだわ」

「え?」

「先輩、それも捜査機密ですよ!!」

「いいじゃねぇか。繊維もよくわからんし、傷一つ付けることもできやしなかったんだとよ」


 小太りの中年の刑事さんが、豪快に笑っている。

 少し気の弱そうな、もう一人の若い刑事さんが頭を下げてきた。


「すいません。先輩、こういう人なんで。今の話はナイショってことで」

「いやいや。すまねぇな、お嬢ちゃん」

「はい、わかりました」


 なんだか、漫才のコンビみたい。

 息がぴったりっていうか。うん、そんな感じ。


 でも……あの衣装、そんなにすごかったんだ……。

 異世界の服……おそるべし。


「水沢さんのいらした教室は、こちらですわ」

「すいませんなぁ、校長先生。学校を閉じた上にご案内までしていただいて」

「いえいえ。警察に協力するのは市民の義務ですわ」


 うわぁ。

 前を歩いてる女神エリエル様、完全におすまし校長モードだよ。


 すごい美人だけどさ。

 でも。どうみても同い年くらいにしかみえないんだよね。

 違和感がさ、すごいんだけど。


 うーん、だれも変だと思わないのかなぁ。


「どうぞ、お入りください」


 教室の扉をくぐると、懐かしい景色が広がっていた。

 一昨日帰ってきた時は、ホントにいきなりだったし。

 すぐに職員室に連れていかれたし。


 ちゃんとキレイに並んでいる机とイス。

 日直の名前が書かれた黒板。

 春ちゃん先生手書きの時間割り。

 大きな窓と柔らかそうなクリーム色のカーテン。

 

 私、授業中に見るこの景色が好きだったんだよね。

 そっと自分の席だったイスに座ると、誰もいない校庭を眺めた。


 ……。


 …………。


 うわ、いけない。

 感傷に浸ってる余裕なんてないよね。

 なにか異世界につながるものを見つけないと。


「ヒントヒント……だよね」


 机の中をのぞいてみる。

 

 ……あれ。

 ……これって。


 見覚えのある水色のペンケース?

 それに、犬のイラストの入ったノート?


 思わず取り出して、中身を確認してみる。


 やっぱり、これ……私の……だよね。


「水沢さん。アナタの机も、他の行方不明のクラスメイトの机も、みんなそのままなのよ」

「え?」

「結城先生がね、きっとみんな帰ってくるから、どうしてもって皆を説得したの」

「春ちゃん先生が?」


「ほう、いい先生ですなぁ」

「あの美人の先生っすか。最高っすね!」

「バカ、お前は一言多いんだよ!」

「……先生……」


 春ちゃん先生の優しい笑顔が浮かんでくる。

 高校に入学して初めての先生。


 いろんな相談にのってくれて。

 すごく親身になってくれて、まるでお姉さんみたいで。

 

 あれ……。

 ちょっと、なんで勝手に涙がでてくるかな……。


「水沢さん?」

「……なにか思い出しましたかな?」

「うわ、ハンカチつかいます? 美少女に使ってもらえるなら本望っす!」

 

 どちらの世界にも待っててくれる人がいるって。

 本当に幸せなことだ……よ……ね。


 ちゃんと決めたはずの心が、また揺らぎそうになる。

 

 昨日の夜も徹夜しちゃうくらい悩んで出した結論だったのに、こんなに一瞬で……。


 ……ダメだ。

 ……ダメすぎるよ。


 頭をかかえて、机にがくりと倒れ込んだ。


「ちょっと、水沢さん?!」

「大丈夫かい、お嬢ちゃん!」

「うわ、先輩、どうしましょう」


 アニメやラノベの主人公って……よくこんなの決断できたよね。

 

 本当にどうしよう、私。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る