第86話 追放テイマーと異世界との会話


 心臓の音が大きくなって思わず耳をふさぎたくなる。

 ああ、どうしよう。

 頬もどんどん火照ってくるし……だって、だってさ。


『この世界を君と一緒にいつまでも……』


 シャルルさんの美しい黒髪と優しい瞳が、頭に浮かんでくる。


 テ、テイマーのスキル暴走してたわけだし。

 伝わってきたシャルルさんの気持ちが本当かなんて……わからないよね。


 でも。

 

 ――――。


「名刺入れで非通知なんて初めてだ……。もしもし?」


 聖剣から、澄んだ男性の声が聞こえてくる。

 これ……魔王さんの……声だ。


「壊れてるのかな? もしもし、聞こえてます?」

「あの……」


 ……なんて話せばいいんだろ。

 ……声が続かない。

 

 落ち着け私!


「ねぇ。その声……ひょっとしてショコラ?」

「シャルルさん。えーと……ね」

「……ホントにショコラだ……。今どこにいるの!?」


 なんでだろう。

 心配そうな柔らかい声が、まるで乾いた砂の中に浸み込んでいくような感覚がした。


 考えてみたら。

 この世界に戻ってきてから、まだ二日しかたってないんだけどな。


「あはは、信じてもらえないかもしれないんだけど。今元の世界に戻ってて、ですね」

「元って……前世の世界?」

「……です」


 言葉にしてすぐ、うつむいてしまった。

 いくら魔王さんが転生者だからって、こんなこと信じてもらえるわけが……。


「ご主人様、ボクにまかせてピョン!」

「え?」


 聖剣ちゃんが大きくうなずくようなしぐさをすると、病院の壁に魔王シャルルさんが映し出された。


 目を大きく開いてびっくりした表情。

 瞳がうるんでいて、頬には涙が流れ出してるように見える。

 どうしたんだろ……。


「……テレビでみた水沢みずさわ莉子りこ……さん……だ。……ショコラだよね?」

「へ?」

「……ホントにカワイイ。ねぇ、目が赤いけど、だ、大丈夫?」


 まさか。

 まさかだけどさ。


「ひょっとして、シャルルさん。こっちの映像が映ってたりします?」

「うん。映ってるよ」


 ……。


 …………。


 えええええええ?!


 私は慌てて、枕を手をとると顔に押し当てて隠した。


「わー! わー! ね、寝起きだったので。お見苦しいものを!」

「あ。ご、ごめん」

「か、かけなおします!! かけなおしますね!!」

「そ、そうだね。待ってる」


 壁の画像がパッと消えて、病室が静かになる。


 ――――。


「どうピョン。ご主人様、元気でたピョン?」

「もう! 聖剣ちゃんのばかぁぁ!!」

「どうしてピョン、ご主人様がかけてっていったピョン!」


「テレビ電話でつなげるなんって、聞いてないから!!」


 もう。

 もうもうもうもう!!


 おもわず髪に手をあてて、うずくまる。


 どうしよう、絶対変だったよね。

 恥ずかしすぎる!!


「まぁ、寝起きの姿のショコラちゃんもカワイイから平気よ~!」

「……エリエル様~。他人事だと思ってません?」

「ホントだってば。さすが私の後輩よね!」

「もう、だから後輩ってなんなんですかぁ」


 とりあえず、えーとえーと。


 そう!

 急いでナースセンターにいって、シャワーの予約してこないと。

 すぐ入れるかなぁ。


 ん……?

 そういえば、さっきの通話で少し違和感があったような……。


「……ねぇ。なんで、普通に日本語で会話ができたの?」


 タオルと着替えを抱えたまま、扉の前で振り返る。


「向こうの世界と、言葉って違うよね?」

「あー。そういえばそうよね。まぁ、女神の私はどっちの言葉も話せるけど!」


 よく考えたら、魔王さんって転生者だっけ。

 こっちの言葉に合わせてくれたのかな?


「それはボクが変換してたからピョン! ほめてピョン!」

「あら、すごいじゃない。さすが私の作った聖剣ね!」

「はぁ、ボクはご主人様に褒めて欲しいピョン。ねぇ、エライ?」

「そっか。ありがと。聖剣ちゃん」


 聖剣ちゃんが嬉しそうに私にすりよってくる。

 仕草がなんとなく……カワイイ。


 調教師テイマーとしては、たくさん褒めてあげたいんだけど。


 ………。


 剣ってさ、どこなでてあげたらいいのかな?



**********



<<魔王シャルル目線>>


「ちょっと騒ぎにはなったけどね。会場のみんなは演出ってことで納得してたよ」

「そうなんだ。ありがと」


 目の前の美少女が嬉しそうに微笑んでいる。


 やわらかそうな長い黒髪。

 可愛らしい大きな瞳に長いまつ毛。

 湯上りなのか、少し頬が赤く染まっている。


 失踪事件の時に、マスコミで散々とりあげられてたけど。

 これは……わかる気がする。


 こんなアニメのヒロインみたいな女の子、本当に実在したんだ。

 壁に映し出された彼女の視線から……目が離せない。

 

「……シャルルさん?」

「あーうん。魔王城の幹部とパーティーの連中には、無事だって伝えてあるよ」

「みんな、何か言ってました?」


 前世の世界のことは、それとなくボカシて伝えたけど。

 あの金髪イケメン野郎と、その妹はなにか気づいてる感じだった。

 さすが……王族といったところかな。


 侮れない……。


「もう! ちゃんと話きいてます?」

「ゴメンゴメン。うん、みんな安心してたよ」

「そっか。シャルルさんがいてくれてよかったよぉ。ホントありがと」

  

 前から、彼女について疑問に思ってたことがあったんだけど。

 

 ――なるほどね。

 ――これで納得したよ。


 たくさんの人から向けられる視線に、前世から慣れてたんだね。 


「それで、久しぶりのそっちの世界はどう?」

「うーん。そうそう。サーティーニャンのアイスはまだ食べてないかな?」

「あはは。本場のアイスは違うだろうねぇ。懐かしいな」

「シャルルさんのアイスと比べてみたいなぁって」


 幸せそうに笑う彼女の周りには、まるでお花が舞っているように見える。

 ふと心に、強い不安が襲ってきた。


 いやでも、まさか……。


「ねぇ、莉子りこさん。聞いてもいいかな?」

「リコ……」

「え? どうしたの?」

「あ、ううん。シャルルさんにリコさんって呼ばれると、ちょっとくすぐったい感じ……変なの」


 ふとつぶやいた彼女は、あわてて顔の前で大きく両手を振った。


「い、今の無し!! あとね『ショコラ』でいいから!!」


 なにこれ。

 その声と仕草……可愛すぎだよ。


 ヤバい……ヤバいぞ、自分。

 自分の胸の鼓動が早くなるのを感じる。


 桃色のふわふわした少女だけじゃなくて、前世の彼女にも……惚れてしまったみたいだ。


「あ、それで。聞きたいことって?」

莉子りこさん、あのさ」

「もう。だから、ショコラでいいってばぁ」


 うーん。

 その姿の君に、ショコラって呼ぶのは抵抗あるんだけどなぁ。


「ショコラ、ずっとその世界にいて……帰ってこないなんてこと……ないよね?」


 彼女は一瞬固まったあと、困った表情に変わった。


 しまった!!

 抑えきれずに、おもわずストレートに口に出してしまった。

 そんな表情をさせるつもりはなかったのに……。


「ゴメン。今のは違うんだ! ショコラの好きに……」

「あのね!! 帰り方が分からないの!!」


 ……。


 …………。


 今なんて言った?


「ねぇ、シャルルさん。なにか方法ないかな?」



***********


 さっきまで彼女の映っていた壁をそっと撫でてみた。


 二人きりの幸せな時間。

 その余韻に浸っていたいところだけど……今はそれどころじゃないよな。


 よし!


 オレは急いで謁見の前に向かうと、近くにいた側近に声をかけた。


「魔王軍幹部を全員招集しろ!」

「……全員でございますか?」

「そうだ!! 四天王以下、重要な幹部全員だ!!」

「はっ!」


 待ってて、ショコラ。

 

 君が望むなら。

 なんとしてもこっちの世界に、君を戻してみせるから。 

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