第85話 追放テイマーと聖剣の力


 ――――。


 夜の病室。

 私は色々な考えが浮かんで、どうしても眠れなかった。

 

 消灯時間はもうとっくにすぎていて。

 月の優しい光が、うっすらとベッドに降り注いでいる。

 

 すぐ隣からは、エリエル様の可愛らしい寝息。


「むふふ。もう食べれないわよ、ショコラちゃん……」


 なんだか幸せそうな寝顔してるし。

 このベッド、一人用だと思うんだけどなぁ。


 もう、仕方ないなぁ。

 パジャマ姿の彼女に毛布をかけなおすと、ゆっくり天井に手を伸ばしてみる。

 

「どっちの世界を選ぶか……かぁ……」


 私は、そのままぼーっと手のひらを眺めてみた。


 もし異世界『転移』だったら。

 こっちの世界の人生のが長いわけだし……。

 別の世界に行ったら帰りたくなるのかもしれない。


「でも。でもさ……」


 『転生』って、転移とは全然違うんだよね。


 新しい世界で人生を最初からやり直していくってことだから。


 家族も。

 親友も。

 私にかかわってくれたすべての人達とも。


 どちらの世界も同じ時間、十六年分過ごしてるんだよ……。



 ……。


 …………。


 もし、もしだけど。

 選択できることが女神の試練だとしたら。


 ……残酷……だよ。


 枕をぎゅっと抱きしめて、顔をうずめた。


 だけど、それでも。

 それでも私は……。


「声がききたいな……」


 あの太陽みたいな明るい声で、名前を呼んで欲しいな。


 そしたら、きっと。



 ――こんなふうに心が揺れたりしないから。



**********


「ショコラちゃん、もう朝なんですけど~」


 うっすら目を開けると、金色に輝く美少女の笑顔が間近にあった。

 陽の光を受けて柔らかそうな髪がキラキラひかってる。


 し、神秘的。

 すごいなぁ。やっぱり女神様って感じだよ。

 

「起きてますよ。おはようございます」


 あはは……。

 起きてるっていうかさ。

 本当は、結局寝れなかったんだけどね。


 はぁ……。

 

「ショコラちゃん。目が真っ赤だよ? 大丈夫?」

「あーうん。ちょっとね」

「わかるわー。私も枕が変わると寝れないタイプだから~」


 エリエル様は腕を組んでウンウンと頷いている。


 ……え。

 ……すごく幸せそうに寝てたような気が……。


「ちょっとちょっと。なに固まってるのよ?」

「え。ううん。なんでもないですよ?」


 私は慌てて両手を振った。

 って。

 今、手に何か当たったんだけど。

 

「……聖剣?」

 

 なんで聖剣が犬みたいに飛びついてくるのよ!

 呪いのアイテムを卒業して、いよいよ呪いの生き物になったわけ?


「あらあら。すっかりなついちゃって~」

「なつくって。これ剣だよね?!」

「生き物のような剣を作り出すなんて! 私ってやっぱり天才ね!」


 聖剣は動物みたいにスリスリと身体をよせてくる。

 あのね。

 鞘が無かったら、私切り刻まれてますけど!!

 いきなりこの世界での人生終わってますけど!!


「聖剣ちゃん、なにかアナタに伝えたいんじゃない?」


 持ち手が曲がって、ウンウンとうなずいている。

 言葉もわかるの? この剣。


「えーと、伝えたいことって?」


 リボンでラッピングされたような鞘が自然に抜けて、刀身が輝きだす。

 

「ご主人様、新しいメッセージがあるピョン」

「え……この聖剣……話せるの?」

「しゃべれるようになったピョン。レベルアップしたピョン!」


 レベルアップって……。

 ゲームじゃないんだから!!


「ねぇ、ちょっと。どうなってるんですか、この剣!」

「私に聞かれても知らないわよ。……ショコラちゃんのテイマーの力……かしらね?」

「テイマーにそんな力ないですよね!?」


「どうかしたピョン?」


 首をかしげてるみたいな可愛らしいポーズ。

 

 あーあれだ。

 この感じどこかで見たことあるなって思ったんだけど。

 魔法少女のマスコット!!!

 

 そんな感じだよね。

 ハートやリボンがついてるし。

 声もカワイイし。

 語尾もなぜか『ピョン』とか言ってるし。


 ――剣だけど。

 

「ご主人様、メッセージ見ないピョン?」

「あ、ゴメンね。見せてくれる?」

「わかったピョン!」


 聖剣は嬉しそうな声をあげると、壁にメッセージを投影していく。


「ボクに任せるピョン!」

「あ、ありがと」

 

 すごいけど。

 なんだか。

 魔法少女になった気分だよ……。


「ふーん。友達多いのね、ショコラちゃん」

「多いかはわからいけどさ。みんな心配してくれてるんだと思う」


 隣に座って頬をよせてきたエリエル様を両手で押し返しながら、メッセージを確認していく。


 お父さん、お母さん。

 親友のヒナちゃん。

 クラスメイト達。

 あ、春ちゃん先生からもきてる。


 皆の気持ちが伝わってくるみたいで、胸が痛いよぉ。 

 いきなり異世界に転移して転生して……選択肢なんてなかったから……。

 でも私。

 この世界が嫌いになったわけじゃ……。


「ご主人様、どうかしたピョン?」

「ショコラちゃん?」

「ううん、なんでもないの」


 心配そうな表情のエリエル様と、聖剣ちゃん。

 聖剣ちゃんは剣だし、雰囲気だけだけどね。

 

「……向こうの世界からのメッセージは……届くわけないかぁ」


 おもわず、ぽつっとつぶやいた。


 こんなことならさ。

 みんなの感情が勝手に流れてくる能力、消してもらわなければよかったかなぁ……。


 でも。

 でもさぁ。


 あれって、人の心をのぞくみたいで罪悪感バッチリで最悪だったし。

 なにより……ずっと告白されてるみたいで……。


 どうしても耐えられなかったから!!


『国や王位を捨てたとしても……君のそばに……』


 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!


 思わず思い出してしまって、毛布の中にもぐりこんだ。


「ご、ご主人様?」

「なになに、また寝るの? 朝食食べれなくなるわよ?」

「ち、ちがうから。なんでもないったら!」


 顔の温度が上昇しまくってて、このまま蒸発しそうだよぉ。

 

「ご主人様、向こうの方とお話したいピョン?」


 ……。

 

 …………。


 え。


 今なんて言ったの?


「……出来るの?」

「簡単ピョン!!」

「ダメよ!! そんなことしたら、女神長にバレる可能性が高くなるじゃない!!」

「はぁ、そんなのとっくにバレてるって!」


 あれ?

 聖剣ちゃん、今口調が変わったよね?


「ちょっとちょっと、なんでショコラちゃんと私とで対応が違うのよ!!」

「あたりまえだよ。ボクのご主人様はショコラちゃんだけだからね」


 まだ赤い顔を押さえながらベッドから起き上がると、女神様と剣が追いかけっこしてる姿が見えた。


「いっとくけど。ショコラちゃんの周囲には結界を張ってるのよ! 簡単にはバレないんだから!」

「無駄だってば! 女神長はきっとなんでもお見通しだって!」

「アンタ、生みの親の私を何だと思ってるのよ!」


「ちょっと待って。結界ってなに?」


 そんなの聞いてないんだけど?

 両手を広げて周囲をくるくる見回してみた。


 別に何もないけど……。


「見えたりはしないわよ、魔法なんだから」


 私と目が合った女神様が、嬉しそうに抱きついてきた。


「あーやっぱり、可愛いわショコラちゃん。さすが私の後輩よね」

「ちょっとご主人様から離れろピョン!」


 あー、もう。

 結界も気になるけど……今はそんなことより!!


「ねぇ、聖剣ちゃん。向こうの世界ってスマホないんだけど。ホントに話せるの?」

「余裕ピョン。名刺入れがあるピョン」


 そっか。魔道具の『名刺入れ』。

 スマホの簡易版みたいなものだもんね。

 すごい高価で一度しか本物見た事ないけど……。


「名刺入れを持ってる知り合いを教えて欲しいピョン。つないでみるピョン」

「ちょっと。だからやめてってば! 女神命令よ!」


 その一度見た名刺入れの持ち主って。


 ……魔王シャルルさんなんだよね。

 ……どうしよう。


 テイム能力が暴走した時に流れてきたシャルルさんの感情を思い出して、また頬が熱くなった。

 でも、だって。

 シャルルさんが私の事を……。

 ううん、そんなはずないよね……。


「ご主人様、誰かにかけてみます?」


 私は大きく息を吸い込むと、聖剣ちゃんにおもいきりうなずいた。



「お願い。魔王シャルルさんにかけてください!!」

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