第15話 追放テイマーは賢者と再会する


 自称『魔王軍』を名乗る、大きなトカゲの魔物を倒した私たち。

 白狼のアイスちゃんが、嬉しそうに勝利の遠吠えをあげた。


「でも、弱い魔物でよかったね!」

「あはは……弱い……そうだね。無事でよかったよ……」

「さぁてと、村に戻って買い物の続きをしましょうか!」


 私が大きく伸びをすると、使役獣たちが嬉しそうに体をくっつけてきた。

 うわぁ、ご褒美が欲しくて目が輝いているよ。


「これは、おやつを奮発しないとだねぇ~」

「そうだね。その前に……と」


 王子は、まるで憐れむような瞳で、トカゲのいた辺りを見つめている。

 ふーん?

 王族ともなると、魔物にも慈悲の心とかあるのかしら。


 ――あれ?


 魔物のいた場所をよく見ると、銀色に光る巨大な斧と盾がぽつんと落ちている。


「あれ? あんな武器つかってました?」

「ああ、きっと使う前に……倒されたんだと思うよ……」


 んー、そっか。

 それって、運が良かったってことだよね?


 王子はゆっくりとトカゲのいた場所に向かうと、地面から盾を拾い上げた。

  

「よかったら王子持って帰ります? 私盾は使わないし」

「いやショコラ……これ、もしかすると。ちょっとすごいかもしれないよ?」

「すごい?」


 王子は興奮気味に、盾を陽の光に当ててじっくりと観察している。


 ……えーと?

 ……動物に倒される魔物の持ち物なのに?



「その輝き、おそらくミスリルでしょうね」


 ふと。すぐ後ろから聞き覚えのある優しい声が聞こえた。

 

 うそ。

 うそだよ。


 この声って、だって……まさか……。


「……やっと見つけましたよ、ショコラさん」


 おそるおそる振り返ると、緑色の髪にメガネをかけた美青年。

 賢者アレスが微笑んでいた。 



**********


 ――ミスリル金属。


 ファンタジー小説やゲームなんかでもよく聞く名前だけど。

 鉄や鋼なんかよりもずっと固くて軽い。

 大きな鉱山からごく限られた量しか採掘できないから、幻の金属なんて呼ばれている。


 ミスリルは、加工しやすくて、しかも銀みたいにキラキラ輝く美しい特性をもっていて。

 当然。この世界でも、武器や防具に使われてるんだけど。

 

 とにかくすっごく高くて、普通の冒険者ではまず手に入らない。

 ロイヤルガードとか、貴族のお金持ちが持ってるのかな?

 

 この世界に転生してから一回も見たこと無いけど。


「あの、ショコラさん? ボーっとしてますけど、大丈夫ですか?」


 いけない。思わず現実逃避してしまった。

 私は慌てて、大きな帽子を深くかぶる。


「人違いじゃありませんか? 行きましょう、ベール!」

「待って!」


 慌てて走り去ろうとしたら、急に片手を手をつかまれた。

 引き戻された勢いで、帽子がふわっと空に舞い上がる。


「うわぁ」


 バランスを崩したところを、アレス様にそのまま引き寄せられた。


「……あの」 

「ほら。こんなに可愛らしい人が、ほかにいるわけないですよ?」

 

 目の前に、アレス様の優しい微笑が広がっている。

 緑色の長い髪が風にさらさらと揺れ、私の頬をやさしくなでる。 


「お元気そうですね、よかった。ずっと心配していたんですよ?」

「あはは、アレス様もお元気そうですね……」


 表情も、話し方も、なにも変わってない。

 いつものアレス様だ。


「さぁ、みんなアナタの帰りをまっていますよ。もちろん、私も……」

「帰るって?」

「もちろん、みんなのいるパーティーにです」


 アレス様は、泣きそうな表情の私をみて、優しく頭をなでてくれた。

 やっぱり、何も変わってない。

 勇者パーティーにいたときから、ずっと味方してくれて……。 


 でも……。

 ふと勇者様の言葉が頭をよぎる。


 『メンバー全員が、キミをいらないっていってるんだよ?』

 

 ……。

 

 …………。


 ……うん、大丈夫だよ、私。


「……あはは。私ね、この村でゆっくり過ごしていくことに決めたの。だから……」

「そんな! 一体何があったのですか!」

「んー……いろいろと。ごめんね、あえて嬉しかったです」

「そ、そんな!」


 アレス様は私の両手をがっちりつかんで離さない。

 どうしよう、これ。


「あのさ、事情はよくわからないけど、ずいぶん強引だね。気に入らないな」

「なんです、アナタは?」

「僕は、この子の使役獣だよ!」


「使役獣……?」


「ちょっと、王子! いろいろ誤解を招くからやめてよね!」

「えー? なにも間違ってないよね?」

「そうだけど! もう!」


 王子は笑いながら私とアレス様の間に入ると、両手を振りほどいた。


「王子……?」


 しまった。

 思わず口にしちゃった。


「うふふ、王子みたいに素敵で使役獣みたいに優しいのよね。従兄のベールってば」

「いやいや、もう手遅れだろ、それ無理があるし」


 王子が、口元を押さえながら笑いをこらえている。

 もう、誰のせいだと思ってるのよ!


「そうでしたか……王都ハイビスでお会いしましたね、ベリル王子」


 アレス様は片膝をついて頭を下げた。


「うん、久しぶりだね、賢者アレス。そんなにかしこまらないでよ。頭を上げて平気さ」


 王子の言葉に、アレス様はゆっくりと頭をあげる。

 眼鏡が怪しくきらりと光った気がした。


「なるほど。ショコラさんは、この先、故郷の村で暮らしていかれるのですね?」

「う、うん。そのつもりですけど」

「そして、王子がショコラさんの新しいパーティーメンバーなのですね?」

「そのとおりさ!」

「え? うそうそ、全然違いますよ?」

 

 私は王子をにらむと、頬を軽くひっぱった。


「ご主人様、少し痛いんですけど?」

「ご主人様、いうなー!」


「なるほど、わかりました」


 アレス様は、さっきまで王子の持っていた盾と、地面に落ちている斧をちらりと見た。

 

「私もこの村に住むことにします。是非ショコラさんのパーティーにいれてください」

「パーティーって。私今、冒険者してませんよ? ほら、こんな旗をもって荷物を運んでるんです」


 私はカバンの中から、予備の旗を取り出した。

 黄色地にお金のシルエットの入った、遠くからでも目立つ輸送ギルドの旗を、軽くふってみる。


「ね? 全然冒険者っぽくないでしょ?」


「なんて可愛らしい……」

 

 アレス様は口元を押さえて顔を真っ赤にしている。

 ……どうしたんだろ?


「是非わたしを、その可愛らしい……こほん。輸送パーティーに加わらせてください!」


 ええええ!?

 どうしちゃったんですか、アレス様。


 メガネの奥の瞳が、若干こわいんですけど!

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