第14話 追放テイマーは変装したい


 次の日の朝。

 えーと、つまり。

 ギルドで賢者アレスの話を聞いた翌日。


 私は両手で頬づえをついて、じっとテーブルの新聞を眺めていた。


「んー……」

「どうしたの、悩み事?」

「うわぁぁ」


 びっくりした。

 いつに間にかテーブル越しに、王子のさわやかな笑顔があるんだけど!


「おはよう、ショコラ」

「おはようございます、王子」

「今日も素敵な笑顔だね」

「あはは……」


 ……あれ?

 ……私扉に鍵かけてなかったっけ?


「ああ、女の子の一人暮らしなんて危ないからさ。ちょっと前から扉に魔法をかけておいたのさ」


 私の表情に気づいた王子が、嬉しそうにほほ笑む。


「魔法って?」

「指定した人以外は、絶対開かないようにしてあるんだ」


 えーと?

 私は柱に掛けてある家のカギを見つめた。


「あの、何も変わってないように見えるんだけど?」

「もうそのカギは飾りなんだ。なにせ扉が自動で認識してくれるからね!」

「……つまり、私と王子だけは、自由に扉を開け閉めできるってことです?」

「うんうん、そういうこと!」


 私の頭にはハテナがたくさん飛んでいた。

 つまりあれかな?

 前世でいうオートロックみたいな感じ?

 

「あと周囲にも魔法の結界を張っておいたんだ。この丘に悪意を持った生き物は入れないよ!」

「そうですか……」

「どう、安心した?」


 王子は、まるでご褒美がほしい子犬のような表情をしている。

 なんだか……。

 しっぽをブンブンふってるような幻覚がみえるんだけど。


 あれ。でも待って?


 ……。

 

 …………。


「ちょっと! なんで勝手に家の扉に魔法かけてるのよ!」

「いや、だって。あまりにも不用心だったかさ!」

「そうかもしれないけど! でも!」

「でも?」


「……王子は入ってこれるんでしょ?」

「う、うん?」


 いつでも王子が入ってこれるとか……。

 少しだけ安心できる気もするけど……。


 って、ダメでしょ!

 何考えてるのよ、私!


「心配してくれたのは嬉しいけど、今すぐ戻してください!」

「ええええ?!」

「えええ、じゃありません!!」


 ――もう。

 


 私は赤くなった頬を両手で隠しながら、テーブルに置いてある新聞記事の続きを読みなおす。


 『勇者パーティー、北の大森林に生息する魔物を一掃!』

 『勇者パーティー、古代ダンジョンを攻略成功! 魔王討伐アイテムを入手か?』


 この勇者新聞っていうのは、王国が国民に向けて発行している無料の新聞なんだけど。

 勇者様の活躍を伝えることで、国民に安心感を与えるためなんだって。


 なんどか取材風景をみたことあるけど、基本的には勇者さまがインタビューに答える形式だった。

 

 で!

 

 気になって調べてみたんだけど。

 賢者アレス様がパーティーを抜けた話なんて書いてない。


 ふぅ、そうだよね。

 こんな田舎にアレス様が来る用事がないもん。

 きっと、誰かそっくりな人が偶然訪ねてきたのかな?


「よし!」


 私は、クローゼットから大きな帽子とぶかぶかのコートを取り出した。


「あれ? どこかに行くの、ショコラ?」

「ちょっと村の広場まで」

「んー、荷物の輸送は昨日やったよね?」

「うん。今日のは食料の買いだしだから。使役獣の子達のおやつも買ってあげたいし」


「おやつ!」


 私の言葉を聞いたベリル王子の目がキラキラと輝きだす。


「あの、王子様? 私、使役獣のおやつを買いに行くんですよ?」

「うん。僕もキミの使役獣だよね?」

「……えーと、あれ?」

  

 そういえば、そうだった。

 

「ちゃんと僕の分もよろしくね、ご主人様!」



**********

 

 私は、ベリル王子とチョコくんたち……使役獣をつれて、村の広場に来ていた。


「ねぇ、ショコラ、その服装のセンスはどうかと思うんだけどな?」

「あのね、一応変装してるの。まぁ、念の為なんだけどね」


 私は、大きな帽子を深くかぶってコートで体を隠している。

 賢者アレス様の話は、人違いだと思うけどね。


 もし、本当に彼だったら……どう接していいか、わからないから。

 勇者様の最後の言葉を思い出す。


『アレスも含めてさ、パーティーのメンバー全員が、キミをいらないっていってるんだよ?』


 勇者様も……アレス様も……。

 あんなに優しくしてくれたのにな。


 私がお役に立てなかったから……。

 情けないな……。


「……ショコラ?」 

「な、なんでもないの。平気平気!」


 私は心配そうにのぞき込む王子に、なんとか笑顔を作った。


「買い物が終わったら少し休んでいこうか?」

「えー、なんで? こんなに元気なのに?」

「その表情、全然平気じゃ……ないだろ」


 王子は、私の手を握ってひきよせると、ぎゅっと抱きしめてきた。

 なんだか、優しい匂いがする。

 あたたかい……。


「ホントになんでもないのに……変な王子……」

「人前では、従兄のベールなんだろ?」

「うん……そうだったね。ありがと……ベール……」


 私もゆっくりと、彼の背中に手をまわして……。


 ……あれ、でも。 

 ……この後どうすればいいの?

 

 顔が沸騰して真っ赤なのが自分でわかる。

 胸のドキドキが王子に聞こえそうで……どうしよう。



 ――次の瞬間。


 赤い鳥のイチゴちゃんが急に大きな鳴き声をあげた。


「え? なに?」

「どうしたんだ?」


 イチゴちゃんは上空をくるくる旋回しながら、外れまで飛んでいった。

 黒馬のチョコくんと白狼のアイスちゃんも、イチゴちゃんを追いかけて走っていく。


 な、なんだろう。

 よくわからないけど、イチゴちゃんナイス!


「わ、私、追いかけるね!」

「よし。僕もいくよ!」


 私たちは、ぱっと手を離すと、動物たちを追いかけた。

  

 もう……。

 なんなんだろう、この気持ち……。


 ……顔が真っ赤だったの……バレてないよね?

 

 私は、帽子を深くかぶりなおした。



**********


 チョコくんたちは、村の外れの森で、羊に似た動物『フォルト』をとりかこんでいた。

 ふかふかした毛皮、まるい角。

 普通のフォルトにみえるんだけど、どうしたんだろう?


「ねぇ、みんなどうしたの? フォルトが怖がってるよ?」


 チョコくんもアイスちゃんも、フォルトに向けて大きな声で吠えている。

 イチゴちゃんは、上空から急降下してくると、フォルトの毛を思い切りむしった。


「ええええ!? ちょっと、イチゴちゃん、ダメだってば!」


 毛をむしられたフォルトは、突然立ち上がると急に大きな声を上げた。


「よくぞ見破ったな!」


 ……うそ、フォルトが立ち上がって、しゃべった!?


「われこそは、魔王軍先遣隊長グラッフェル様だ!」

 

 フォルトの姿が黒く輝きはじめて、巨大なトカゲのような姿に変わっていく。

 今、魔王軍っていったよね?

 

 ……もしかして、これって。

 ……変身していた魔物なの?


「ははは、まずはこの平和そうな村から、全員血祭りにしてやる!」


 かぶっ。


「……え? なにこの生き物? おじさん、まだ変身中なんだよ?」

「……アイスちゃん?!」


 変身中の魔物に、アイスちゃんがかじりついた。

 足元がじわじわと氷に包まれていく。


「ちょっとなにこの狼……いたい……ものすごくいたいんだけど! おまけに足が凍っていくんだけど!」


 二本足の巨大なトカゲは、泣きそうな顔で助けを求めてきた。

 アイスちゃんが振りまわした手の攻撃をよけてジャンプすると、今度はチョコくんがトカゲに向かっていく。 

 

「え、ちょっとこの馬おかしいって。なんで火を吐いてるの? ねぇ、ちょっと!」


 チョコくんの口から強い炎が吹きかけられて、今度は体が炎に包まれている。

 足元の氷は溶けないみたいで、トカゲはその場所から動くことが出来ない。


 イチゴちゃんは、上空で大きく羽ばたくと、炎の渦を作り出している。


「うぉ、この鳥、オレを燃やそうとしてるぞ、ちょっと待て、助けてくれ!」


 巨大な炎がトカゲを飲み込んでいく。


「まさか、こんなところで……魔王様ー!」


 魔王軍を名乗っていた巨大なトカゲは、その場に崩れ落ちると、煙のように消えていった。



「え……なんだったの、今の?」

「魔王軍なんじゃないかな? 本人が名乗ってたし」


 んー……。


「あはは、まさかぁ。魔王軍の魔物が、普通の動物に負けるわけないでしょ!」

「ちょっとまって、ショコラ。今の普通だと思ってるの?」

「今のって?」

「だからさ、うわぁぁ……」


 何かをしゃべろうとした王子に、チョコくんたちがじゃれついてきた。

 ホントになつかれてるなぁ。


 確かにこの世界の動物って、前世の動物と比べると、ちょっと変わっててたくましいよね。

 火とか氷とか出すし。

 弱い魔物なら、今日みたいに倒してくれるし。

 

 うんうん、さすがファンタジー世界の生き物だよね!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る