第40話 追放テイマーは逃げ出したい


「勇者様が国を乗っ取ったって、どういうことなの?」

「そうなのですわ、ショコラちゃぁぁん! あのクソ勇者ついに本性を現しましたわ!」


 ちょっとミルフィナちゃん。

 いくら勇者様でも、王女がクソって……。

 

 彼女は、涙を浮かべて私に抱きついている。

 いつもは、元気を周囲に振りまいているような笑顔いっぱいの子なのに。

 ミルフィナちゃん……。

 おもわずそっと彼女の頭を優しくなでた。

 

「で。なにがあったんです?」


 私は目線を合わせないように、ベリル王子に聞いてみる。

 顔が火照ってるのは、湯上りのせいだから。うん。


「あのさ、さっきのは事故だよね! それに驚いてほとんど見てないし!」


 王子は真っ赤な顔で、両手を大きく振って否定している。


「入る前にノックすればよかったじゃないですか!」

「したよ! ちゃんと前足を使って!」

「普通に人の姿でノックすればよかったと思うの!」


 王子と話している私の手を、突然ダリアちゃんがひっぱった。


「……ねぇ、お姉さま。なんでこの国の王子と王女がこの家に来てるの?」

「……え?」


 はっ、そっか。

 そうだよね。


 王族が田舎の小さな家に来るなんて、普通におかしいよね。

 うわぁぁ、ダメじゃん私。

 すっかり今の暮らしになれちゃってるんだけど!


「……お姉さま?」

「あはは、えーとね?」 


 でもどうやって説明すればいいの?

 うっかりテイムしちゃいました、なんていえないし……。

 

「それは、ショコラちゃんが私のご主人様だからですわ!」


 ミルフィナちゃんは顔をあげると、真っ白な腕を大きく上にかざした。

 キラキラと浮かび上がっているのは、テイマーが使役した証『調教紋』。


「くっ、負けないさ! 僕の調教紋はここに!」

「えええ?!」


 ちょっと、なんで対抗意識を燃やしてるのよ!

 私は、シャツをめくろうとする王子の手を、慌てて止めた。


「なにしてるんですか、王子!」

「いや……つい……」

「うふふ、わたくしの勝ちですわね、お兄様!」


「お姉さま……?」


 うわぁぁぁ。

 ダリアちゃんが遠い目で私たちの事を見てるんですけど!


「こ、これは違うのよ。そんなことより! 今は、王国のピンチな話ですよね?!」

「そ、そうだった! 大変なことになったんだ、ショコラ!」

「わたくしは悪くないですわよ! 全部あの勇者が悪いのですわ!」

「聞いてくれ、ショコラ。実は……」


 王子は大きく深呼吸したあと。お城で起きた出来事を話してくれた。



**********


<<ベリル王子目線>>


 魔王軍が南の国境を越えてから数日してから。

 勇者パーティーは王都ハイビスへ到着した。


「ご苦労だった、勇者よ。まずはゆっくり旅の疲れをいやすがよい」

「そんなのはべつにいいんだよ、国王。使者からオレの提案聞いてくれた?」


 勇者は周囲の声が聞こえないように、父上のいる玉座へ向かっていく。


「な、不敬であろう!」

「とりおさえろ!」


「静まれ!!」


 父上は騒ぎ出す家臣たちにむけて手をかざすと、大きな声で制止した。


「勇者よ、その話は後々するとして、まずは共に魔王軍と戦おうではないか」

「いーや。褒賞が先でしょ。どうするんだよ。オレの話を受けるか、受けないのか?」


 父上は動揺しながら目が泳いでいる。

 勇者は一体何の話をしてるんだ?


「父上、勇者様。失礼します」


 僕も慌てて玉座へ向かう。


「お、イケメンの王子さまじゃないか。悪いな、本来ならお前が次の王だったのに」

「どういことですか?」

「あははは。オレがさ、お前の妹をもらってやるっていってるんだよ。この国の王位と一緒にな」

「なんだと!!」


 勇者のセリフに、玉座の間がざわめきだす。


「な、なにを言ってるんだ!」

「いくら勇者殿でも許せん!」

「早く取り押さえろ!」

  

「それじゃあ、どうするつもりだよ? オレがいなければ結局、この国は魔王に滅ぼされて終わりだろうが!」


 その場に静寂が訪れる。

 確かに今この国を救えるのは勇者だけなのかもしれない。


 しかしこれでは……。


「ミルフィナよ、わかってくれ。この国の為なのだ……」

「父上! それではミルフィナがあまりにも!」


 父上は、目線を落としながらミルフィナに顔を向ける。

 

「お父様。わたくしも王族に生まれた身。王国の為に命を捧げる覚悟はできておりますわ」

「おお、それでは……」

「ええ、もちろん……」


 ミルフィナは、少し首を傾けると可愛らしい笑顔を作った。


「うふふ。死んでもゴメンですわ。わたくし好きな方がいますので」


「な、なんだと!」


「「「おおお」」」


 玉座の間に再びざわめきが起こる。


「おいおい、国王様よ。お前の娘がおかしなことを言ってるんだけど?」

「ミルフィナよ、王族の務めを果たすのは今ぞ!」

「うふふ。務めを果たすのでしたら、お父様が勇者さまと結ばれればいいじゃありませんか?」


 ……。


 …………。


 わが妹よ、一体なにを言い出したんだ。


「ば、バカをいうな!」


 父上は慌てて、両手を大きく振りかぶった。


「あら? この国で同性婚は認められてますもの。お母様が亡くなられてからずいぶん経ちましたし、もうよろしいのでは?」

「おいまて! 何をいってるんだ、あの姫様は!」


「勇者様、末永くお父様とお幸せに!」


 ミルフィナは唇に人差し指を当てて、嬉しそうに微笑んだ。


「なるほど、それはいいアイデアですな!」

「さすがミルフィナ様だ!」

「あらたな王妃様に敬礼!」


 城内では大きな拍手が沸き起こる。


「そ、そういうことなら、仕方ないか。のう、勇者よ」

「ふざけるな! どこの世界に王様と結婚する勇者がいるんだよ!」

「あら、お似合いですよわ?」


 ……なんだこのやり取りは。

 ……頭がおかしくなりそうだ。

 

「それに、私の大好きな人は、アナタよりずっと強いのですわ」

「ほう、勇者のオレより強いやつだと? 剣聖クロウのことか?」

「ちがいますわよ、もっと可愛らしくて素敵な方です」

「この世に、オレより強いものなどいない!」


 勇者は伝説の聖剣をさやから抜くと、大きく上にかかげた。

 聖なる光が剣から放たれ……ない。


 なんだ、どうしたんだ?


「聖剣が光を失っているぞ……」

「どういうことだ……」

「まさか……勇者の力を失ったのでは……」


 よく見ると勇者の顔色が悪い。

 

「今はたまたま、充電が切れてるんだよ。そんなことより、オレはミルフィナと結婚して王位を継ぐ! それ以外は認めない!」

「お断りですわ! わたしくはショコラちゃんと結婚するんですから!」


 うぉい?

 何を言ってるんだ、この妹は!


「ショコラ……ショコラって、ウチのパーティーにいた調教師テイマー のショコラか?」

「その通りですわ!」


 ミルフィナは、自慢げに勇者を指さした。


「いやいや、女同士だろ! それに、なんであいつがオレより強いんだよ!」

「あら? 気づいてませんでしたの? ショコラちゃんの魔獣はアナタより強いですわよ?」

「魔獣? あいつの使役していたのは馬や鳥だぞ!」

「やめろ、ミルフィナ! それ以上は……」


 僕は慌ててミルフィナに駆け寄る。

 今、彼女の使役獣の話をするのはまずい気がする!


「ホントにおろかですわね。あの子たちはナイトメアに、雪狼、それとフェニックスですわ!」

 

 うわぁぁ。

 妹よ、なにしゃべってるんだよ!

 この勇者、ただでさえ魅了チャーム の魔法を使ってショコラを狙ってたんだぞ!


「……は? あの馬や鳥がか?」

「はぁ、ホントに見る目がないですわね?」

 

 勇者の顔が怪しげな笑顔を浮かべた。


「そうか……そうだったのか。アイツにそんな力が……知っていれば手放さなかったのに……」

「だから、アナタがいなくなっても王国は安泰ですわ。どうかお引き取りくださいませ」

「あははは、良いことを聞いたよ、ありがとう」


 勇者は満足げにうなずくと、周囲の騎士たちを見渡した。


「おい、さっさとこいつらを捕まえろ。それとショコラをここに連れてくるんだ。魔王からこの国を守ってほしかったらな!」



**********


 ――――。


「うん、まぁ、そういうわけなんだ」

「えーと、今の話本当なんだよね?」

「ああ、残念ながら……王国はもう勇者のものと考えていい」


 私はベリル王子の話を聞いて頭を抱えていた。


 まずい。本気で頭が痛くなってきた。

 なにこの、とんでも展開!

 何故か私まで追われる身になってるし!!


「ショコラちゃん、あんな勇者一緒に倒しましょう!」


 ミルフィナちゃんが瞳を潤ませながら、私の両手を握りしめてきた。


 ノー!

 ノーだよ!


 とりあえず。

 

 憧れの快適な田舎暮らしなスローライフ生活は消え去ったみたい……?

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