第69話 王都ハイビスの長い夜


<<元勇者視点>>


「くそ、なにがどうなってるんだよ!」

「お、落ち着いてください。陛下!!」


 オレは鞘に入ったままの剣を、思い切り振りまわした。

 

 以前持っていた聖剣に形は似ているけど、抜いたところで輝きを放つことはない。

 そもそもさ。

 こんなに人の集まっている謁見の間で抜いてしまったら大変なことになるんだよ。

 偽物だってすぐにバレるからな……。


 刀身にはおかしなメッセージが彫り込まれているからだ。


 『どう? 前のと似てるでしょ。これ秒で作ったのよ、ねぇ、すごいでしょ』


 ……。


 …………。


 これを書いたエリエルとかいうの、転生する前に出会った女神の名前だよな。

 あいつ……。

 人がせっかく魔王を倒して世界を救ってやろうとしてるのにさ。


 ホントに。

 ホントにさぁ。


 どういうセンスなんだよ、コレ!!

 こんなおかしな文字の入った剣、使えるわけないだろ!!


「おそれながら陛下、先の戦で領地の半分を失い、民が動揺しております。なにか手を打たなければ……」

「うるさい、今考えてるところだ!!」

「はっ、出過ぎた真似をいたしました」


 オレの言葉に、大臣が慌てて頭をさげる。


 今のオレに必要なもの、それは……。


 ――本物の『聖剣』だ。


 聖剣さえあれば、民をおちつかせることも出来るはず……。


「はぁ~……」

「へ、陛下?!」

「いいから気にするな……」

 

 聖剣といえばさ。

 シェラは、聖剣の気配がフォルト村にあると言っていたんだよな。

 だからこそ、ショコラと元王女ミルフィナと一緒に回収しようと考えたのに。


 ……負けるんだもんなぁ。

 ……五万もの大軍だったのにさぁ。


 普通、この展開だったら。

 魔王を倒して、嫁候補救い出して。

 そんで。

 あこがれのハーレム生活で嫁たちと幸せに暮らすもんじゃないの?

 お約束だよね?


「陛下……?」

「……ちょっと頭が痛かっただけだから」


 オレは頭を押さえて玉座にもたれかかる。

 こんな話聞いたこと無いんだけど。


 詐欺だよね。

 転生詐欺だよ、ホント。


 それと……気になることがもう一つ。


「それでさ、『魔界の主』とやらの正体はまだつかめないの?」

「はっ! 王国中の密偵を総動員して探らせていますが、今だ……」


 前回の戦いで出会った魔王軍の異様な士気。

 おかしなペンライトのような武器。

 そして、みたことのないハート模様の旗と主様というキーワード。


 魔界で一体何がおこってるんだ?

 まさかオレと同じような転生者が……。


「へ、陛下に申し上げます!!」


 伝令の腕章をつけた兵士が、慌てて部屋に飛び込んできた。


「どうした、何かあったのか?」

「先日失踪した勇者新聞社が、新たに新聞を発行したようです!」


 城内がざわめきだす。

 いやいやいや。

 今さ、新聞とかどうでもいいから。


「後で見るよ。どうせ……負け戦の話だろ……」

「それが……とにかくご覧ください!」

 

 伝令は、興奮した表情で手に持っている新聞を差し出してくる。

 そこには大きな見出しと、見覚えのある可愛らしい笑顔が映っていた。


『カワイイは正義! 新たな魔界の主、ショコラ様大特集』


 ……。


 ……はい?


 どうなってるんだ、これ。



*********


<<戦士ベルガルド目線>> 



 王都ハイビスの中心にある美しい名城。

 一見平和そうな観光名所の下には、巨大な地下牢が作られていた。


 ……ここに来てからどれくらい経ったのだろう。


 わずかな光しか差し込まない部屋の中で、もう時間の感覚も失っている。


 先の魔王軍との戦いは、王国軍の一方的な敗北に終わった。

 数の差も、もちろんあった。

 だが、それ以上に大きかったのは……俺を含めた先発部隊が一瞬で壊滅したからだ。


 何故なら……。


 静かな空間に、靴音が反響して不気味な音が響いてきた。  

 どうやら。

 誰か近づいてきたようだ。


「やぁ、元気そうじゃないか、相棒!」


 俺の追憶をかき消すように、重い扉が大きな音を立てて開いた。

 芝居がかった動きで両手を広げて入ってきた男。


「……お前もな、勇者殿」


 勇者……。


 そう、世界にただ一人、聖剣に選ばれし英雄だ。

 だが……。


「なんだなんだ、元気ないなぁ。戦士ベルガルドともあろうものが、地下牢生活はそんなにこたえたのかい?」

「なぜ王国の為に最前線で戦った俺が、このような仕打ちを受けるだ!」

「安心してよ。お前だけじゃなくて、先発部隊の生き残りはみんな仲良く地下牢にいるからさ」

「貴様!!」


「オレさぁ、お前らの話、正直信じてなかったんだよね。負けた言い訳だとおもってたわけよ」

「……何の話だ?」


「ヘンなデマを広げられて、民が動揺したら困るからね。これもさ、王国の為ってやつさ」


 勇者は、剣の柄に手をあてながらゆっくり近づいてくる。

 その剣は……本当に聖剣……なのか?


「なぁ、ベルガルド……見たのか、本当に?」

「何度も話しただろ。……いたよ、最前線で剣を携えて待ち構えてた」

「どうして、あいつが……ショコラが……魔王軍の味方をしてるんだ」

「……わからん」


 だがしかし。

 この俺が、彼女を見間違えるはずがない。

 

 ふわりとした美しい桃色の髪。

 透き通るような白い肌、可愛らしく動く唇。

 大きな水色の瞳。


 あれは……確かにショコラだった。


「なんで敵陣に突っ込んでさっさと救出しなかったんだよ、アイツの事だ。脅されてたっていう線もあるだろ」

「助けようとしたさ! だが……」


 先発軍がまさに敵に飛び込もうとした時、信じられないことが起きた。

 彼女が鞘から引き抜いた瞬間、剣がまぶしい輝きを放った。


 神々しく、そしてどこかあたたかく包み込むような優しい光。


 俺だけじゃない。

 誰もが目を疑ってその場に立ち尽くした。


 あれはどう考えても。


 ――伝説の聖剣の光だ。


「なぁ、勇者殿。お前が今持っている剣は本当に聖剣なのか?」


 勇者は返事の代わりに、ニヤリと笑った。

 

「……なるほど、お前のその表情。ホントにショコラが聖剣を振るったんだな?」 

「……聞いてるのは俺だ。なぜ世界に一振りしかない剣をショコラが持っている?!」

「落ち着けよ」


「それに、聖剣は持ち主を選ぶはずだ。選ばれたものが勇者……そう、勇者だよな!」

「まぁ、やっぱさ、そういうことになるよなぁ」


 ……こいつ!

 ……なに他人事のように答えてやがる!!

 

「女神に選ばれし勇者は世界に一人しか存在しない! 貴様が勇者なら今すぐ剣を抜いて証明してみろ!」

「あのさ、自分の立場わかってる?」

「立場……だと?」

「オレ今、鎧も剣も付けてるよね? いくらお前でも丸腰じゃ戦えないでしょ?」


 勇者は剣を抜くと、いきなり切りかかっててきた。


「待て! お前と戦いたいわけじゃない!」

「はぁ。うるさいなぁ、知りたいことはわかったから、もういいや……」


 ――。 


『ねぇ、ベルガルドさん。お願いがあるの』


 ショコラの言葉が頭に浮かんでくる。

 あれはたしか……偶然二人で立ち寄った美しい庭園で休憩しているときだった。

 

『勇者様は世界の希望だよね。だから、どんなことがあっても守っていこうね。あ、もちろん私も頑張るから!』


 二人きりの噴水に映りこむ彼女の姿。

 はにかむような彼女の笑顔。

 まるで妖精のようだ……そう思った。

 

 俺は、打ち明けようとした自分の想いを飲み込んだ。

 

 ――どんなことがあっても勇者を守る。

 ――それが彼女との約束だから。



 しかし……こんなやつに……。


 俺は拳を固めると、ヤツの振り回している剣にぶつけた。

 

 剣はぐにゃりと曲がった後、きしむような大きな音を立てて砕ける散るように割れた。


 やはりこれは……。

 聖剣ではないのか……。


「はっ、武器を壊したくらいでいい気になるなよ!」


 勇者は逃げるように部屋を飛び出していく。


「残念だったな。部屋の外にはオレの親衛隊が待ち構えてるんだ。お前はもう終わりだよ!」


 牢の中に、剣を構えた兵士がなだれ込んできた。


 すまないショコラ。

 俺は勇者を守ることが……。


 ……。


 …………。


 いや、待てよ。待て待て。


 俺は勇者を守ると約束した。

 だが。 

 本物の勇者はショコラだった。


 ――ならば。


 俺は兵士の一人が持っていた武器を奪うと、扉の外へ飛び出した。

 薄暗い地下牢では、目が慣れている俺の方がはるかに有利だ。


「くそう、逃がすな!」

「はっ! 追うぞ! 絶対に逃がすな!!」



 そうだ。

 約束は続いてる。


 俺は、勇者を……ショコラを必ず守ってみせる!

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