第70話 追放テイマーと素直な気持ち


「あら、ショコラちゃんじゃないの」

「おお、元気そうじゃなぁ」

「こんにちは、お二人でお買い物ですか?」


「うふふ。そうなのよぉ。最近いろんなものが売ってるから一緒に見に行こうって」

「バカ、お前余計な事は言わなくていいじゃろ!」


 フォルト村は今日もいい天気!

 透き通るような青空が広がっている。

 

 私は、運送ギルドに向かう途中で、道具屋の老夫婦に話しかけられた。

 この二人、ホントに仲が良いんだよね。


 よく見たら、ぎゅっと手をつないでいる。

 すごく自然な恋人つなぎ。

 ステキだな……。

 私もいつかこんな風に一緒に時間をすごせたら……。

 

 あはは……まぁ、相手がいないんだけどね。


 よし。頑張れ私。

 まずそこらからだよ!!


「ショコラ様だ……」

「偉大なる魔界の主様!」

「われらが勇者様……美しい」


 ――あれ?


 お二人と話していたら、いつのまにか周囲に人が集まっていた。

 え、ちょっと?!

 なにこれ。


「あらあら。ショコラちゃんたらすっかり人気者ねぇ」

「昔からじゃろ。ほら、この子とおったじゃろ……名前なんといったか……」

「リサとコーディーですか?」

「そうじゃそうじゃ。三人共べっぴんさんじゃらからなぁ」


 まずいよぉ。

 人だかりがどんどん大きくなってる。

 

 頭を下げて動きが止まっていたり、大きな歓声を上げていたり。

 目を押させて泣き出してる人もいるみたい。


「みなさん、主様が困るので落ち着てください!」

「そこ、道をあけて!」

「主様がいるところに我らあり!」


 輪の中から大きな声がして、人影が忍者のように飛び出してきた。

 

 もう!

 今度はなんなの!!


 ハートのハチマキをした彼ら彼女らは、ひとだかりを整理しはじめた。


「主様。ここは我らファンクラブにお任せを!!」

「あの……?」

「さぁ、握手会はこちらです。順番にならんでください」

 

 ……え。

 ……なんでよ?

 

 私は頭を抱えてうずくまった。

 ノーだよ、ノー!

   


「ショコラ、つかまって!!」


 混乱してる私の上空から、突然声が聞こえてくる。


 ――この声。

 ――まさか。


 私は近づいてきた赤くて丸いドラゴンに手を伸ばした。


「ひさしぶりだね、ショコラ。会いたかった……」

「うん、私も……です」


 抱えられた身体から、鼓動の音が大きく響いている。

 ちょっと落ち着いてよ、私の心臓。


 王子に……聞こえちゃうじゃない。



**********


 ベリル王子は私を抱えたまま、ゆっくりと高度を上げていく。


 ふと村の方を振り返ると、道具屋の夫婦が仲良く手を振っているのがみえた。

 ふふ。なんだか。


 やっぱり……いいなぁ。


「どうしたの、ショコラ。

「ううん、なんでもない」


 私は慌てて顔の前で両手を振る。


「あ」

「危ない!!」


 バランスを崩した私を、王子がぎゅっと抱きしめた。


 ふぅ。危なかった。

 そのまま落ちるかと思った……。

 

 あらためて周囲を見渡すと、大きな白い雲が目の前に浮かんでいる。


「しっかりつかまってて。まぁ、僕が君を離したりはしないけどね」

「あ、ありがとう」


 ここ空の上だもんね。

 私、テイマーだから空なんて飛べないし。


 ふと、強い風が吹いて私の髪が王子の頬に触れた。

 赤いドラゴンの大きな瞳に私が映りこんでいる。


 ……。


 …………。


 そうだった!!

 私思い切り抱きしめられてるんですけど。

 

「もう、大丈夫。大丈夫だから!」

「大丈夫って、なにが?」


 ぽんっと小さな音がして、王子の姿が人間に戻った。

 ちょっと、なんでいたずらっぽい表情で私を見つめてるのよ。


 それに、近い。

 吐息が顔にかかるくらい、近いから!


「驚いた? 人型のままでも飛べるんだよ」


 よく見ると、王子の背中から大きな竜の翼が生えている。

 漫画とかアニメでみたことがある気がする。


 だけど。

 実際に見るとなんだか……すごくカッコいい。


「あれ? どうしたの。ビックリして声も出ない?」

「べ、べつに。そういうわけじゃないけど」


 私は慌てて顔をそらす。


 まずい。

 私、今絶対リンゴみたいに真っ赤になってる。


 落ち着いて。

 相手は王族なんだから。

 なんでもない……なんでもないし……選ばれたりしないから。


「……ショコラ?」

「ううん、なんでもない。助けてくれてありがとう」

「どういたしまして」


 もう。

 なんでそんなに嬉しそうに笑うのよ。

 

 ……また意識しちゃうじゃない。


「ショコラはもう有名人なんだからさ。外出するなら気をつけなきゃ」

「有名人ねぇ」

「ほら、勇者新聞の特集号にさ」

「え? あれもう出てるの?!」


 王子は大きくうなずいた。


 この間のインタビューのやつだよね。

 編集長も、あの記者さんも、仕事早すぎだよ。


「ねぇ……王子も……買ったの?」

「んー、気になる?」

「べ、べつに」


 王子はそっと私の耳元に顔を近づけてきた。


「すごく可愛かったよ。さすが僕の主様だ」


 甘い吐息がくすぐったくて、でもすごく気持ちよくて。


 ……困ったな。

 ……この感情をちゃんとコントロールできる……自信がないよ。

 

「……ね。ショコラは転生勇者なんだよね?」

「え、うん。そうだけど」


 突然王子が、真剣な声色になる。

 そういえば、私話しちゃったんだっけ。

 まぁ、信じてもらえないと思うけど。


「あはは、転生っていってもね。前世の記憶を覚えてますってくらいなんだけどね」

「ねぇ、知ってる? 過去の転生勇者ってさ……」

「……え?」

「みんな魔王を倒したらさ、元の世界に帰ってるんだ……」


 王子が悲しそうにつぶやく。


「ショコラも……戻るの?」


 ……。


 …………。


 はい?


「え。全然そんなつもりないけど! 普通にスローライフを楽しむ予定ですよ?」

「ホントに?」

「うん。この世界好きだし。あーでも。前の世界が嫌いってわけじゃ……」


 セリフを言い終わる前に、王子が思い切り抱きしめてきた。


 えええええ。

 ちょっと!!


「……よかった」

「……え、えーと?」

「ショコラ……あのさ」

「うん?」


「ずっとこの世界に……僕の隣にいて欲しいんだ……ショコラ」


 まっすぐにみつめている青い瞳に、意識が吸いこまれそういきそうな。

 そんな不思議な感覚が身体中を包み込んでいく。


 ――うそ。

 ――これって告白なのかな。


 ううん。

 告白でも告白じゃなくても。


 私は……。

 私の気持ちに素直になろう。


「……はい。私も一緒にいたい……です」


 彼の目を見つめなおして。

 そして……ゆっくりとうなずいた。

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