第71話 追放テイマーと夢と現実


「ショコラちゃん、どうしたんですか?」

「ううん、なんでも。なんでもないから」


 私は慌てて両手をぶんぶん振った。


 パジャマ姿のミルフィナちゃんが、頬をふくらませながら近づいてくる。

 ラベンダーのような髪の毛がふわりと揺れて……本当に妖精みたい。

 

 もしこの世界がアニメだったら、絶対彼女がヒロインだと思う。

 こんな美少女が目の前にいて、可愛らしく動いてる。

 

 ……ホントに不思議だよね、この世界って。


「……ショコラちゃん?」

「ううん。ちょっと考え事してただけだから。なんでもないの!」 

「ウソですー。絶対何かありましたわ!」

「そんなことないよ。今日は疲れたからもう寝るね」


 私はベッドにもぐると、また今日の出来事を思い出していた。


 顔が火照っているのが自分でもわかる。

 単純だなぁ……私って。


 でも。

 でも。


 ベリル王子とは……最近ずっと会えなかったから。

 嬉しい感情が抑えきれなくて。


 自分の唇をそっと抑える。

 抱きしめられた横顔が、あまりに近かったから。

 おもわず……自分から……。

 なんて!


 ……よく我慢したよね、私。


 絶対変な人だと思われるところだったよ!?


「今日お兄様と一緒に帰ってきましたわよね?」

「え? あ、うん。偶然村で会ったから」

「ふーん?」


 ミルフィナちゃんが毛布の中に入ってきた。

 いつものことなんだけど。

 今日は……顔見られたくないのにぃ。


「それで、お兄様は元気そうでした?」

「うん。元気だったふょ……」


 隣で横になったミルフィナちゃんが手を伸ばして、私の頬をぎゅっとひぱった。


「ふぇ? ミルフィナふゃん?」

「わたくしの事も……見てくださいませ……」

「え? うん、見てるよ?」


 どうしたんだろ。

 今だって、目の前にいるし。 


「もう、そういうことじゃありませんの!」

「え? え?」

「わたくし絶対に負けませんから……」


 ……えーと。

 ……何と勝負をしてるんだろう。


 彼女は頬から手をはなすと、そっと抱きついてきた。

 紫色の髪がゆれて、花畑にいるような幸せな香りがする。

 

 ――なんだかすごく心地いい。


 

「ふぅ、良いお風呂だったわ。えいっ!」

「お姉さま、もう寝たんですか?」


 部屋の扉が開く音がして、ダリアちゃんと女神様のちびっこ金髪二人組がベッドに飛び込んできた。

 

「まだ寝てないわよ。そのまま寝たら髪を痛めちゃうから、ちゃんと乾かしてから!」

「えー? 私女神だからきっと平気よ?」


「もう。ダメに決まってるでしょ。ほら、おいで」


 私はベッドから起き上がると、ブラシを片手に生活魔法を唱え始める。


 家も広くなったし。

 みんな個人のへやがあるし。

 もちろんベッドもちゃんとあるんだけどな。


 なんでいつも、この部屋に集まってくるんだろう。


「ねぇ、ショコラ。アンタさ、最近変わったこと起きてない?」

「変わったこと?」


 女神エリエル様が、ブラッシングをしている私に振り返った。


「別に、なんにもないと思うけど」

「おかしいわね……そろそろ……」

「そろそろ?」


「まぁ、何も起きてないなら別にいいのよ」

「え、ちょっと気になるんだけど!」


「お姉さま、私にもブラッシングしてくださいー!」

「あ、うん。待ってね。ミルフィナちゃん交代してくれる?」


 私は、ダリアちゃんの髪を乾かしていたミルフィナちゃんに声をかける。 


「わかりましたわ。エリエルちゃん、こっちに来てくださいませ」

「ちょっと、私仮にも女神だから! ちゃんづけはやめてよね!」


 部屋の中があたたかい空気で包まれていく。


 平和でゆっくりとした素敵な時間。

 ずっとこれが続くと……いいのにな。


 

**********


 チャイムの大きな音が響いている。

 なんだろう。

 目覚ましの音とは違うような……。


「ちょっと、リコぉどしたのよ?」

「……え?」


 目の前で制服姿の女の子が心配そうに頬杖をついてる。

 彼女、小学校のころからずっと一緒だった……友達だ。


「あれ? ヒナちゃんだよね。ヒナちゃんもこっちに転生してたの?」

「はぁ?」


 彼女は手を伸ばすと私のおでこに手をあててくる。


「熱があるわけじゃ……ないわよね?」

「熱って、そんなわけないけど」

「はぁ、それか藤原の影響? だからさ、あいつと話すのやめたほうがいいよ」


 藤原って、同級生にいた藤原君?

 

「ちょっとちょっと、大ニュースなんだけど!」

「おー、ちょうどリコもいるじゃん。ちょうどよかったよ!」


 大きな音が響いて。

 また制服姿の女の子が入ってきた。


 この子達も知ってる。

 高校生になって出来た仲良しグループの友達。

 

「リコ! サッカー部の先輩フッたって本当? 今すごいウワサになってるよ!」

「どうなの、リコ!」


 いやどうって。

 私は周囲を見渡す。


 黒板と見覚えのある掲示物。

 並べられた机とイス。

 どうみても……。


「バカね。リコがあんなボールだけ追っかけてるような人好きになるわけないじゃない」

「えー? だってさ、全国大会出場したエースだよ? 県外にもファンがいるって」

「はぁ、あの先輩でもダメなのかぁ。まさか藤原みたいのが好きとか……ないよね?」


 三人がぐいぐい私にせまってくる。


 ――これは夢?


 待って待って。

 えーと、夢っていってもさ。

 

 異世界にいってた私と、今の私。

 どっちが夢なの!?


「ほら、藤原と話してるとさ、そんな風にいわれちゃうわけよ?」


 ヒナちゃんが心配そうに私の顔をのぞき込む。


「待って待って。あのね、藤原君とは、ゲームとかアニメの話をしてるだけで……」

「リコあんたさぁ……」

「あはは。リコらしいけどねぇ」


 周囲から大きなため息がもれる。


 この世界がなんなのかよくわからないけど。

 でも。

 ホントに藤原君とは普通に友達だったんだから!


「リコちゃんは、もうちょっと自分の立場とか考えた方がいいかなぁ」

「そうよ。あんたはさ。か、可愛いんだから」


「だって、ゲームとかアニメの話してくれないじゃん」


 流行ってるのだと盛り上がるときもあるけど、あんまり詳しく熱中して話すとひかれちゃうし。

 他の男子なんて、うつむいて話してくれない。


「そ、そんなの。私がいくらでも聞いてあげるわよ」


 ヒナちゃんは、少し頬を赤くして目を伏せた。


「……はぁ、ホント、リコって鈍いよね」

「普通気づくっしょ」

「はぁ? 私はただ、藤原なんかとリコが噂になったら可哀そうっておもっただけよ!」


 藤原君、面白い人なんだけどなぁ。

 もっとみんなと話せばいいのに。


 というか。

 あれ?

 もしかして私……元の世界に帰ってきてるの?


「まぁ、考えてみたらないでしょ。だって藤原だよ?」

「ナイナイ。リコにはもっと素敵な人と付き合ってほしいもん」

「ちょっと、リコにはまだそういうの早いのよ!」


 あはは……。

 何で周りが盛り上がるかなぁ。

 まぁ、でも素敵な人っていったら……。


 金髪に碧眼の、ちょっと子供みたいな表情をした王子が頭に浮かぶ。


「ねぇ……ヒナちゃん。もしもなんだけどさ」

「うん、なになに?」


 そんなに嬉しそうに身を乗り出してこなくていいのに。

 昔からヒナちゃん変わらないなぁ。


「もしもさ、勇者が魔王を仲間にして、世界が平和になったとして」

「なにそれ……。ゲームの話?」

「うん、そう。ゲームでもいいんだけど。その後って勇者とか世界ってどうなるのかな?」


「どうって……」


 ヒナちゃんを含めた三人がぽかんとしている。


「幸せになって、めでたしめでたしなんじゃない?」

「あーそれかさ。いっそ魔王を世界を二人で半分づつ支配するとか」

「それ、ありそう!」


「もっと強い敵でてくるとかは、どう?」


 急にヒナちゃんの声色が変わる。

 

「選ぶのは勇者よ。さぁ、試練をうける? 受けない?」


 正面にいたはずのヒナちゃんの姿が、いつのまにか知らない女性になっている。


 ウェーブのかかった長い金色の髪。

 緑色の美しい瞳。

 背中には大きな白い羽。


 慈愛にみちたような瞳で私を見つめている。


「え、ヒナちゃん?」


 近くにいた友達の姿も消えていて、周囲も空の上のような景色に変わっている。

 目の前には、『はい』と『いいえ』の文字。 


 ……なにこれ。


「もちろん受けるわよね。ほらぁ、さっさと押すわよ」

「え? ちょっと!?」


 突然、私の手がにぎられて、『はい』の方に向けられた。

 隣にいるのは満面の笑顔をした女神エリエル様。


「承りました。それでは勇者様。無事試練を乗り越えられることを祈っております」

「待ってください。私選んでないんですけど?!」 


 試練?

 試練ていったいなんなの?

 


**********


 パッとまぶたをひらくと、いつもの天井が目に飛び込んできた。


 ……夢?

 ……今の夢だったんだ?


 まだ心臓がドキドキしてる。

 すごくリアルで……変な夢だったぁ……。

 久しぶりに友達に会えて嬉しかったけど。

 

 ――最後のなんだったんだろう。


「えへへ。ショコラちゃんたら。ほら、あーん……」


 横で幸せそうに寝ていたエリエル様の頬を軽くひっぱる。


「ふふぁ、ショコラちゃんたら積極的なんだからぁ……」


 はぁ。

 まぁ……夢だしね。


 ふと窓をみると、まだ外は暗いみたい。

 私は再び毛布にくるまると、まくらに顔をうずめた。


 次こそ、良い夢が見られますように。

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