第81話 追放テイマーは困惑する


「一体何があったの?」

「それにその恰好……」

「水沢、ゆっくりでいいから先生に話せるかい?」


 私は職員室で先生たちに囲まれている。

 話せるかっていわれても……。


 えーと。


 実は異世界で勇者やってて、この格好はコンサートで歌ってました。

 てへ。


 ……なんて。


 無理!

 言えるわけないじゃん!!


 ……どうしよう。

 ……こんなの絶対信じてもらえないよ。


「あのね、水沢さん。あなた半年も行方不明になってたのよ?」


 クラス担任の春ちゃん先生が、優しい笑顔で話しかけてくる。

 なんだろう。

 すごく違和感がある気がする。


 あ。

 瞳……瞳だ。

 私をまっすぐ見つめる目だけが全然笑ってないんだ。


「ね。今までどこにいたのか、先生知りたいんだけどな?」


 張り付いたような表情でゆっくり顔を近づけてくる。


「あの……」

「消えた時のことは覚えてるわよね? その衣装……まさか本当に異世界に……」


 伸ばした手の平が私の頬に触れた。

 心配してくれてるんだと思うんだけど……。

 でも。

 

 少し……怖い。

    

「落ち着いてください。結城先生もマスコミに影響されすぎです」

「校長先生……でも……」


 後ろから可愛らしい女性の声がした。

 

 ふりむくと、ふわふわした金色の髪の少女が腕を組んで大きく足をひらいて立っている。

 美しいというより、少し幼い可愛らしい笑顔。


 まるでアニメや漫画にてくる、天使みたいな女の子。


 ……って!! 


「エリエル……様?」


 天使の羽根も輪もないけど。

 どう見ても、出会った時のエリエル様だよね?


「あはは、校長の私に『様』だなんて。まだ混乱しているかしら」

「え? だって……エリエル様?」


 目の前にいるのは、どうみても同い年くらいにしか見えないエリエル様。


 ……なんで、校長先生なんて呼ばれてるの?!

 ……なんで、みんな自然に受け入れてるの?!


「家の方には連絡したわ。さぁ、お迎えが来るまで、校長先生と二人で話しましょうか」


 彼女に促されて、他の先生方は職員室から退室していく。


「あの……校長先生。私はクラス担任ですし、残った方が……」

「いえいえ。結城先生も退出してください」


 春ちゃん先生、なんだかすごく残念そう。

 何度も振り返りながら、部屋を出ていった。


「さて、水沢さん。行方不明になってから何があったのか覚えてますか?」

「ねぇ、エリエル様。これどうなってるの?!」

「こらこら。エリエル様じゃなくて、校長先生ですよ?」



 ……。


 …………。


 なんなの、これ。

 

 思わず頭を押さえてしゃがみ込んだ。


 ノー。

 ノーだよ!!

 

 私、フォルトの村の特設会場で歌ってただけなのに。

 なんで前世に戻ってきてるの?


 コンサートはどうなったのよ?

  

 異世界の大切な家族も。

 気の許せる大親友も。

 私の使役中にみんなも。

 パーティーの仲間のみんなも。


 それと……。


 金色の髪と青くて優しい瞳が頭に浮かんだ。

 

 ――嫌だ。

 ――嫌だよ。


 戻る気なんて全然なかったし……お別れの挨拶だってしてないのに。


 なんでいきなり前世に戻ってきてるの!!    



**********


 出してもらったのはフルーティーな紅茶。

 これ、すごく……美味しい。


「落ち着きましたか?」

「はい……ありがとうございます。エリエル……校長先生?」

「なぜ疑問形なのか不思議ですが、よかったです」


 まるで女神のようににこやかに笑う。

 どうみても……エリエル様なのに。


「やっぱりおかしいです……私が知ってる校長先生はもっと高齢の女性でした!!」

「うーん。記憶が少し混乱してるのかしら?」


 確かにさ。

 確かにさぁ

 私は転生してるから、向こう世界にいってから十六年の時間が流れてる感覚なんだけど。

 でも、前世のことだってちゃんと覚えてるんだから!!


「あの……!」

「もうすぐお迎えの人が警察と一緒にくるとおもうわ。それまでお話できるかしら?」

「警察?」

「ええ。半年も行方不明でしたから。大丈夫ですよ。みんなアナタを心配してました」


 警察……思わず両腕で身体を抱きしめる。

 考えてみたら、こっちの世界ではそうなるよね。


 でも。聞かれても。

 これってどう説明したらいいんだろう……。

 

 ――不審者?

 ――不審者だよね、私!?


「……水沢さん、思い出したくないことは忘れてもいいんですよ?」

「え?」


 別に思い出したくないわけじゃないんだけど。


「先生の目をみてください。ゆっくりとリラックスして……」


 まるですっと体に溶け込むような声。

 ゆっくりとちかづいてくる瞳から……目がはなせない。


「全部忘れてしまいましょう。すぐに楽になれます」

「……忘れる?」

「ええ。アナタは何も知らない。覚えてないのです」

   

 覚えてない……?

 何を……?


 確か私……教室にいて……それから……。


「授業を受けていたら、突然光に包まれたんですよね。そして気が付いたらまた教室にいたのね?」

「ちがいます! 私はあのあと異世界に……」


 光に包まれた後は……女神エリエル様に会って……。

 別の世界に転生して……。

 

 えーと。

 えーと。


「よく思い出してみて? 今思い出しているのはただの夢よね。水沢さん・・・・?」

「夢……?」

「そうよ、夢。考えてもみて。異世界なんて本当に存在してると思う?」


 え。

 だって……。

 あれ?


 記憶になにかフィルターがかかったような……。

 知ってる、この感覚。

 朝起きてすぐ、夢を思い出しているような……そんな感じ。


「その服装も、コスプレっていうやつですよね。大丈夫ですよ、先生理解がありますから」


 両手を広げてあらためて自分の姿を確認する。


 アニメに出てきそうな、可愛らしい戦士みたいな恰好。

 腰には可愛らしい細い剣。

 スカートなんて、ふわふわなパニエにふりふりなリボン。 


 うわぁぁぁぁ。


 いくらラノベやアニメが好きだからって……。

 恥ずかしすぎる……。


「マスコミや警察の対応は、先生も同行しますので、安心してくださいね」

「ありがとうござます」


 優しい瞳に私が映っている。


 こんなに優しい先生なのに。

 なんで忘れてたんだろう。


 

『ご主人様、だまされないで!』

『妾たちの声が聞こえるかえ?』

『私たちが一緒にいますので!』


 突然。

 心の中に熱い想いがこみあげてきた。


 ――なにこれ。


 誰かの気持ちが直接伝わってくるような……なんだろう。


『ショコラちゃん、私の想い、伝わってますか?! 今、どこにいますか?!』


 鈴のような可愛らしい声と、たくさんの好きと不安で埋め尽くされた感情。

 知ってる。

 知ってるはずなのに……なんだろう。


『ショコラ……平気? 君とまだつながっている感覚がするよ。どこにいるんだい?』

『マイヒロイン、どこだ! 必ず君を探し出す!』


 必死な男の人の声。


 すごい量の感情が、どんどん飛び込んでくる。


 ちょっとストップ!!


 いくら調教師テイマーでも、人の気持ちを除くのはタブーだと思ったから、ずっと見てなかったんだからね。

 それに……すごく怖かった……し……。

 私がどう……王子に思われてるかなって。


 ……。

 

 …………。


 なんだっけ。それ。

 すごくすごく、大切なこの気持ち……。

 


 次の瞬間。

 なにかがはじける音がした。

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