第26話 追放テイマーと黒髪のお姉さん


 美人のお姉さんが作り出した水の光に包まれて、ゆっくりと心が穏やかになっていく。

 なんだろう。

 何かが抜けていくような、不思議な気分。

 遠い意識の中で……王子とお姉さんの声が聞こえてくる。


「うーん。さすがに勇者だけあるわね。簡単に解除させてくれないわ……」

「そんな……お願いします、お姉さん!」

「うふふ。お姉さんに任せて! 伊達に水の魔性なんて名乗っていないわ!」


 私の周りの光が強くなっていく。 


「くっ、呪われたスキルよ! 恋する乙女の邪魔をするなら、このメルクル様が許さないわよ!」

「メルクルさん、僕にも何か手伝わせてください!」

「強く願いなさい! 本当にこの子が大事なら!」

「……はい!」

「……本当に好きなのね、この子のことが。うふふ、魔力から伝ってくるわ。その力も使わせてもらうわよ!」


 私を包んでいる水の光が眩しくて、目を開けていることが出来ない。

 勇者様の姿が浮かんでは消える。

 胸が……苦しいよ。   


「もう、なんて強力なスキルなの! 人間ごときが生意気な力を!」

「ショコラ! 頑張れ!」


 ……ベリル王子の声が聞こえる。

 ……優しくてあたたかい。


「魔王様! 私に力をお貸しください!!」


 やがて、胸の中で何かが壊れたような音がした。

 突然ぽっかり穴が開いたような、そんな気分。


「……ふぅ、終わったわよ。あ」


 うぁぁ、いきなり、冷たい!

 冷たいんですけど!

 私は、大量の水をかぶって、意識を取り戻した。


「ゴメンね。最後まで制御しきれなかったわ。でもスキルは解けたわよ」

「……そうなんですか? って、お店の中大変! すいません私のせいで濡らしてしまって」


 店内を見ると、床も商品棚もびしゃびしゃになっている。


「うふふ、いいのよ。やったのは私なんだから。それよりこれ!」


 メルクルさんは、大きなタオルを差し出してきた。


「彼には目の毒よね。とりあえず羽織ってて。タオルもっと持ってくるから」


 目の毒って、なんだろう。

 王子を見ると、手を目の前に当てて顔を真っ赤にしている。

 

 え?

 

 私はゆっくり、自分の身体を確認する。

 全身が水で濡れていて、ブラウスから水色の物体が透けて見えている。


 ……。


 …………。 


 きゃーきゃーきゃーーっ!


「王子、今すぐお店から出てて!」

「いや、でも……」

「いいから! はやく!」


 王子は耳まで真っ赤にしながら、店を飛び出していった。

 


**********


「うん、もう大丈夫そうね。服ももうすぐ乾くと思うわ」


 店の奥から戻った黒髪のお姉さん、メルクルさんが魔法で風をおこして髪を乾かしてくれている。


「ありがとうございます。ご迷惑おかけしました」

「いいのよ。あそこで集中力がきれるなんて、私もまだまだよねぇ」


 私は髪をタオルに押し当てながら、水分を取っていく。


「しばらくそのローブで我慢してね。それも由緒正しい魔王軍のローブだから」

「……魔王軍?」

「……いいえ、魔法国よ、魔法国。それにしてもよく似合うわ。スカウトしちゃいたいくらい」


 今私が来ているのは、胸元に大きなリボン、スカートにフリルがたくさんついている赤い服。

 ローブというよりも、前世の甘ロリワンピに似てる気がする。

  

「あの……それで、本当に魅了チャームになんてかかってたんですか?」

「ええ……ウワサには聞いていたけど、ろくでもないわね、人間の勇者は……」

「勇者様が私に、そんなスキルをかける理由がないと思うんですけど?」

「うふふ、貴女自分をわかってないのね。ホントに可愛いわ」


 メルクルさんは私の頬を優しくなでると、嬉しそうに目を細めた。

 その視線に思わずドキッとしていしまう。

 美しい仕草と、美しい表情。なんてきれいな人なんだろう。

   

「ねぇ、人間の勇者ってどんな人なの?」

「勇者様ですか? そうですね……」


 えーと、王都の勇者募集で初めて出会ったんだよね。

 私の番になって、聖剣に手をかざそうとした瞬間に後ろから割り込んできて……。

  

 自慢ばっかりするあの人の事、すごく大嫌いだったのに。

 

 ……あれ?

 ……なんで一緒にパーティーなんて組んだのかな。

 ……なんであんなに……心惹かれたのかな。

 

「あはは、皆さんが知ってる通りの素敵な・・・勇者様、ですよ」


 私はひきつりながら、なんとか問いかけに答える。 


「ふーん? うふふ、正常ね。これでもう平気よ」


 メルクルさんは、嬉しそうに微笑んだ。

 

「あの……?」

「純粋な子ほどかかりやすいのよね。あの勇者……ホントにゆるせない。魔王様に代わって倒してやるわ」

「魔王……ですか?」

「ちがうちがう、魔法国よ。うふふ」

「魔法国……ですか?」


 聞いたことがない国だけど……どんな国なんだろう?


「ねぇ、お姉さんとしては、本当にウチにきてほしいんだけどな? とてもにぎやかで楽しいわよ?」


 メルクルさんは、私の手をにぎって、ニッコリ微笑んできた。

 うわぁ、すごい破壊力。

 おもわずハイって言っちゃいそう。


「あの、お誘い嬉しいんですけど。私、運送ギルドの仕事が好きなので」 


 ううん、ダメよ私。

 せっかく田舎で憧れのスローライフを手にしたんだから。


「そうなの? うーん残念だわ。なにかあったらいつでもお姉さんを頼ってもいいからね?」

「いろいろとありがとうござました」


 私は大きく頭を下げた。

  

「そうそう。外に待たせているステキな王子様を迎えに行かないと」

「ああ、そうですね!」

「彼とっても心配してたのよ? 『大切な人』ですって。妬けちゃうわねぇ」

 

 そういえば、メルクルさんの魔法に包まれていた時に聞こえていたような。

 

 ――大切な人。

 ――好きな人。

 

 うわぁぁぁ。

 ウソウソ。


 私は頬を押さえてその場にうずくまる。

 恥ずかしくて頭が蒸発しちゃいそう。


 まって、落ち着いて考えよう。

 きっと食事が美味しいとか、ご主人様だからとか、そんなオチだから。

 だって……相手はこの国の第一王子なんだよ?


 ……あれ?

 ……今メルクルさん、『王子』って言ったよね? 


 慌てて見上げると、メルクルさんは妖艶な仕草で微笑んでいた。


「うふふ、お姉さんはね、何でも知っているのよ?」

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