第35話 追放テイマーとハートのオムレツ


「いらっしゃいませー。あれ? さっきのカッコイイお兄さんだ!」


 お店に入ると、ウェイトレスのコーディーが話しかけてきた。

 茶色いショートカットの髪がトレードマークの、いつでも元気いっぱいな私の幼馴染だ。


「忘れ物しちゃったの? あっ、それとも私に会いたくなっちゃった? なんてね!」


 コーディーは唇に人差し指を当てて、いたずらっぽく笑う。

 彼女は、このお店の一人娘なんだけど。

 その可愛らしい仕草で、村の同世代の男の子を虜にしてきた。


 ホントに小悪魔……って感じなんだよね。


「ちょっと、そこのウェイトレスさん! しーっ、しーっ!」

「やっぱり私が目的なの? そっか、しかたないなぁ。私ってば可愛いから~」


 コーディーは両手を頬に当てて、上目づかいでマオウデさんを見つめる。


「ちがうから! 偶然またお腹がすいてきだけだから!」

「えー? あんなにたくさん食べたのに、おなか壊してもしらないよー?」

「お腹は壊れないけど、今壊れてるものがあるとすれば、それはオレの心!!」 


 私をちらちらと振り返っては、慌てた表情で手を振っている。

 なんだかわからないけど、マオウデさん困ってるみたい?

  

「ねぇ、コーディー。三人なんだけど、席って空いてる?」

「あら、ショコラの知り合いだったんだね、へー、へー?」


 コーディーはにやにやしながら私に近づいてくる。

 もう。顔! 顔が近いから。


「なんで男って、みんなショコラみたいなタイプが好きなんだろうねぇ?」

「……はぁ?」

「まぁ、でもあれね、さすが私のライバルってかんじ!」


 彼女はくるりと回転すると、私を指さした。


「でも、私負けないから! フォルト村のアイドルは私だからね!!」 

「ハイハイ。そういう冗談はいいから、早く席に案内してよね!」

「あはは、三名様ご案内~。こっちらへどうぞー」


 コーディーは可愛らしく微笑むと、私たちを奥の席へ案内してくれた。



*********


「ごめんなさい、友達が騒がしくしちゃって」

「ははは、キミの友達なら、オレ友達みたいなものだから」

「……え?」

「……え?」


 私たちは目を見合わせた。


 次の瞬間、マオウデさんの顔がみるみる真っ赤になっていく。


「ごめん今の無しで! な、な、なにを食べられますでしょうか!?」


 マオウデさんは、真っ赤な顔をメニュー表で隠しながら話しかけてきた。

 声がなんだか裏返ってる。 


 あれ?

 これって、もしかして。

 

 ……。


 …………。


 私怖がられてる?!

 どうしよう、全然心当たりがないんだけど。


 とりあえず、笑顔!

 笑顔で話しかけてみよう。


「このお店って、オムレツプレートがおススメなんですよ?」

「あ、あ、あの……カワイイ……」


 ちょっとちょっと。

 なんでいきなりメニュー表を両手から落として固まるってるのよ! 


「はぁ、ダリアちゃんは、何たべたい?」

「……どうしよう、お姉さま。胸がいっぱいで何も食べれそうにないの」


 あーあー。

 ダリアちゃん目がハートになって彼を見つめてるよ。

 すごいイケメンだもんね、マオウデさん。


 ちょっと変わった人だけど。


「えーと……マオウデさんは何か食べられます?」

「オ、オレも同じものを!」

「飲み物は何か頼みます?」

「お、同じものを!」


 同じもの……ね?

 ホントに大丈夫なのかなぁ。


「ダリアちゃんは?」

「お兄さまと同じものを……」


「すいませんー!」

「ハイハイ、喜んで―!」


 私はコーディーに注文を伝えると、再びマオウデさんと向き合った。

 

 マオウデさんも。

 ダリアちゃんも。

 頬を真っ赤にしてうつむいている。


 ……。


 …………。


 どうしようテーブルの空気が重い。

 重いよぉ。


 なにこの長い沈黙。

 なにか話題を……。


「え、えーと。マオウデさんは、冒険者なんですか?」

「いえいえ、普段は魔王で……」


 彼は何か言いかけて、慌てて口をふさいだ。 


「マオウデ……?」

「そうそう! 実は冒険者なんですよ、オレ!!」

「そうなんですか! 私もお姉さまも、元冒険者なのよ!」


 ダリアちゃんが嬉しそうに声を上げる。

 うわぁ、目がキラキラ輝いてるよ。


「こう見えてもね、魔法使いなの! お姉さまは調教師テイマー なのよ!」

「……調教師テイマー かぁ。ふわふわな動物とたわむれるヒロイン、うん。ショコラさんに似合いそうだ」

「あの、お兄さまは、どんなスキルを使われるんですか?」

「んー?」


 マオウデさんは、一瞬天井に視線をうつして考える仕草をした。


「……剣を使ったり? 魔法を使ったり?」

「スゴイ! お兄さま、魔法戦士なんですね!」


 ダリアちゃんは興奮して大きな声を上げた。

 へー。これだけカッコよくて、しかも魔法戦士なんだ。


 『魔法戦士』は、魔法を剣にまとわせて戦ったり、自分やメンバーの防御力を上げたり、とにかく強い。

 冒険者の憧れの職業堂々の一位だったりするけど、両方の適正が必要だから、なれる人は本当にわずかなんだって。


 ん? でも、なんで疑問形だったんだろう?


「なになに、盛り上がってるじゃん、私もまぜてよ!」


 コーディーが料理をテーブルに運んできた。

 オムレツの美味しそうな匂いが流れてくる。


「はーい、お兄さんの分!」


 彼の前に置かれたオムレツには、大きなハートマーク。


「うふ。私の愛がいっぱいつまってるから、味わって食べてね?」


 両手を胸の前で組んで、可愛らしく片目を閉じる。

 さすが、コーディー。

 村一番のあざといアイドル様。


「ショコラさん!」

「ハイ!?」


 マオウデさんは、突然大きな声をだして、立ち上がった。


 黒い髪と切れ長な目、整った優し気な顔立ち。

 ふーん、やっぱり。

 見れば見るほど本当にイケメンだよね、この人。


「これ、今のオレの気持ちです! どうかオレの国に来てくれませんか!」


 彼は、運ばれてきたオムレツを私に差し出すと、お店中に響き渡るような声で叫んだ。

 

 

 ……。

 

 ……はい?

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