第62話 追放テイマーと憧れの調教師


「朝にゃー! 起きるにゃー!」


 広くなった部屋に大きな声が響き渡る。


 窓から差し込む日差しが、温かいぬくもりを届けてくれる。

 甘いミルクのような香りがして、なんだか……気持ちいい。

 

 これなんだっけ。

 ぼーっと手を伸ばすと柔らかい感触が伝わってくる。


「おはようございます。ショコラちゃん」

「えーと……」

「もう朝ですよ。お寝坊さんですわね」


 ゆっくりと目をあけると、大きな瞳と可愛らしい笑顔が隣にあった。

 紫色の髪をした天然美少女が、嬉しそうに私の手を握っている。


「……えーと、ミルフィナちゃんも、まだ横になってるよね?」

「あら。わたくしは、隣でショコラちゃんの寝顔を見ていただけですわ!」

 

 そんな満面の笑みで言われても……。

 

 私は身体をおこすと、逆側にも人がいるの気づいた。

 銀色の髪が陽の光に照らされて、キラキラ輝いている。


 ベッドの足元をみると、金髪の女の子二人組がまるまって寝ている。


 ……。


 …………。


 なにこれ。 

  

「うふふ、おはようございます、旦那様」

「むにゃむにゃ……。お姉さま……もう朝なのね? おはようございます」

「さぁ、朝が来たわね! 今日も女神の私を称えなさいよ!」


 なんでみんな私の部屋にいるのよ!!


 せっかく部屋も家も広くなったのに。


 ――まぁ。

 この家新しい家にも、いろいろ問題はあるけどさぁ。


「 ご主人様・・・・おきるにゃー! 先輩たちがおなかがすいてるにゃー!」

「わかったってば。おきてるから。アイスちゃん達に伝えといてー!」

「わかったにゃー!」


 はぁ。

 私は、大きなため息をつくとキッチンへ続く廊下へ向かった。


「どう? 私のおかげでこんなに大きな家に住めるようになったのよ?」

「……おかげっていうか。元ギルドハウスだからね、これ!」


 後ろからくっついてきたのは金髪の女の子……女神エリエル様。


「ちゃんと中身も外観も作り変えてあげたじゃない。しゃべって動く家なんってそうないわよ。感謝してよね!」

「……前の家を壊したからでしょ」

「そ、そんなこともあったわね。でもおかげでみんな住めるようになったじゃない?!」

「それはそうだけどさぁ……」


 でもでも。

 こんなの望んでなかったから!


 丘の上にある、ねこ型のしゃべる大きな屋敷。

 すぐ隣には、賢者様の塔のような建物。

 空を見上げれば、魔王城が浮かんでいる。


 ……やっぱりさ。

 ……どんどん私の望んでいた田舎のスローライフから遠くなってるよね。 


 ノー!

 ノーだよ!

 

 なんでこんなことになったんだっけ。

 私は先日の悪夢を思い出していた。

 

 

********** 


 ――――。


「なんだあれ……運送ギルドがあった場所……だよな?」

「にげろ、巨大な猫の化け物だ!」


 フォルト村の中心にある広場は、パニックになっていた。


「うごけるにゃん! うにゃーん、自由にゃんー!」


 大きな声で飛び回っているのは、かわいい黒猫マークの看板を付けた………建物のようなもの。


「ショコラ……あれギルドハウスだったよね……」

「ちょっと、これどうするのよ!」

「ふふん。これで私が女神だってわかったでしょ?」


 唖然とする私たちの前で、自慢げに胸を張る女神エリエル様。


「わかったから、早く元に戻して! 大騒ぎになってるから!!」


「あー、それは無理よ」


 え。


 無理って?

 今無理っていったよね?


「私は建物に命を吹き込んだだけだから。あとはこの子の自由よ?」


 さわやかな笑顔で、とんでもないこといってるんですけど、この女神!


「うわ、なんです、あの巨大ネコ!」

「魔王城の下で魔物が暴れるなど!」


 いつの間にか、私のすぐ隣にベリル王子と魔王様が立っていた。


「ショコラが無事でよかった。危ないからここは下がってて?」


 王子は私を引き寄せると、そっと頭に手を当ててくる。

 あわてて見上げると、王子の優しい笑顔が視界いっぱいに広がった。


 ……こんなときなのに。

 ……胸の鼓動がドキドキ騒ぎ出す。


 ちょっと、落ち着いてよ私。


「我が魔法で跡形もなく消し飛ばしてくれる!」

「シャルル様、ダメです! あの中にまだたくさん人がいるんです!」

「ち……。人質を取られてるのか!」

「人質をとってるというかですね。あれ、運送ギルドの建物なんです。女神様が生き物にしちゃって!」


「「……女神?」」


 二人は、私の視線の先にいる小さな女の子……女神エリエル様を見つめた。


「ふふん、そうよ。私こそが、天才女神エリエルよ! さぁ、この奇跡を見て崇めるといいわ!」


 王子様と魔王様は、顔を見合わせると、神妙にうなずいた。


「女神エリエル……この世界に繁栄と破壊をもたらす死の女神……なるほど……」

「オレを転生させた女神ね……言われてみればたしかに……」

 

「ちょっと! なんで私が死の女神なのよ!」

「ショコラ、その女神から離れて!」


 ベリル王子は、警戒するように視線をエリエル様に向けたまま、後ろから私を抱きしめてきた。

 なに。

 どういうこと。


「ずっと昔ね、大陸で一番栄えていた王国が一夜で滅びたことがあったんだ」

「え?」

「それもさ、巨大な神殿が突然動き出して……大暴れしたんだって。女神エリエルの怒りにふれたとかで……」

「ちょっと、それ誤解だから!!」


 エリエル様は慌てて両手をぶんぶん振り上げる。


「神殿が動けば、みんな崇めやすくなるでしょ? 親切でやったのに攻撃なんてするから、あの子怒っちゃったのよ」

「……その神殿ってどうなったんですか?」

「今も、王国の跡地で信者を求めて動いてるらしい……」


 なにそれ。

 軽いホラーなんですけど。


 それじゃあ、これは……。

 私は改めて、飛び跳ねるギルドハウスを見上げた。


 どうするのよ、これ!!

 

「くんくん。向こうから美味しそうな匂いがするにゃん! いってみるにゃん!」


 猫型巨大ハウスは、突然動きをとめると、大きくジャンプした。


 ……うそ。

 ……待って、その方向って。


「まずい、丘にむかってるぞ!」

「え、なんで!」

「しかし……中に人がいるのなら我が魔法を使うわけには!」


 私たちは、慌てて村を駆け抜けると、丘に続く道を登っていく。


「おいしそうにゃー! たべるにゃー!」


 丘から大きな声が響き渡る。

 食べるって。

 建物なのに、何を食べるのよ!


「飛ぶよ。気を付けてね!」


 王子は真っ赤なまんまるドラゴンに変身すると、私を抱えるように飛び上がった。


「え。無理だって。私重いし……」

「平気だよ。ほら、身体に捕まって!」


 捕まるっていっても。

 変身した王子のドラゴンって小さすぎて……。

 

 って。

 うわぁぁぁぁ。

 ホントに空を飛んでるんだけど!!


「見えた。あれだ!」

「え?」


 丘の上では不思議な光景が広がっていた。

 私の作ったご飯のお皿を挟んで、チョコくん、アイスちゃん、イチゴちゃんと、ネコ耳のついた大きな建物がにらみ合っている。


 なんだろう。

 このシュールな光景。


「いいからそれをよこすにゃん!」

「ヒヒーん!」

「ガルルルル」

「ピーーっ!」


 にらみ合っていた魔獣たちと元ギルドハウスは、大きな音をたてて飛び掛かった。


 あ。


 土煙の中の合間から見えたのは……。

 魔獣たちの力で倒されたギルドハウスと、その下敷きになった小さな家。


 まるでスローモーションの再生のように、ゆっくりとぺしゃんこに崩れていく我が家。


「ちょっと、なんてことするのよ!」 

 

 気絶したように倒れているネコ型ハウスの足元に、巨大な魔法陣が浮かび上がる。

 王子に抱えられたまま、とっさに放った魔法が……なぜか調教魔法だった……。 



********** 


「ご主人様ー。先輩たちみんな待ってるにゃー! にゃーもお腹がすいたにゃー!」

「もうすぐだから。我慢して!」


 はぁ。

 なんであのとき、調教魔法なんて使ったのかなぁ、私。


 ……というか。

 ……なんでこの家が調教できちゃうよ!


 私は完成した料理をお皿に盛りつけた。


「お姉さま、手伝います!」

「わたくしも手伝いますわよ」

「うふふ、これをもっていけばいいのよね?」


 ダリアちゃんとミルフィナちゃん、シェラさんが、完成した料理を次々に運んでくれている。

 あと、騒ぎの原因、エリエル様も。

  

「女神の私が運んであげるだから。感謝しなさいよね!」


 私は無言で、女神様の頭をこつんと叩いた。


「いたぁ。ちょっと、私女神なのよ! 女神! 勇者なんだから大切に扱いなさいよね!」


 ……はぁ。

 

 なんだか。

 これって。


 私の知ってる 調教師テイマーと、全然違うんだけど!

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