第60話 追放テイマーと聖剣と勇者


 私は美少女二人に挟まれて、馬車の席に座っている。

 まるで花畑にいるような素敵な香りに包まれてるんだけど。

だけど……。


「旦那様、お疲れですか? 膝枕……してもいいですよ?」

「ちょっと! ショコラちゃんは、わたくしの嫁なんですけど?」


 えーと。

 えーと。


 ……なにこの状況?!


 逆ハー?

 逆ハーレムっていうやつ?

 ハファルル王国の温泉の効能なの?


 ――でも。

 ――それなら。

 

 なんで、相手が女の子なのよ!!


 ちなみに。

 同じ温泉に入ったリサとコーディーは昨日の夜飲み過ぎてダウンしている。

 おかげでさっきの騒ぎも気づいてないんじゃないかな。

 

 シェラさんは熱いまなざしで私を見つめてくる。 


「ちょっと、シェラさん。冷静になってください! 勇者様はどうしたんですか?」

「そうですわ! 第四王妃でしたわよね。ほら!」


 ミルフィナちゃんは座席の下から勇者新聞を取り出した。

 そうそう、みんなが長旅に退屈しないように、全員の席に置いたんだよね。


「えーと……」

「うふふ」


 私とシェラさんは新聞をのぞきこむ。

 勇者新聞トップには、大きな見出しでエルフ領のことが書かれていた。


 『エルフ領グラーセル地方が一夜にして壊滅』

 『魔王軍による卑怯な夜襲か!?』

 『第四王妃シェラ様も行方不明』


 魔王軍が、夜襲……なんて。

 私全然知らなんだけど。


「……シェラさん、これって?」

「旦那様、安心してください。これは自分たちで……焼き払ったんです」


「「え?」」


 焼き払った?

 自分たちの街を?!

  

「私たちの一族の使命は、聖剣の持ち主を守ること。巫女が聖剣の持ち主と結ばれること……」

 

 彼女は私の手をつかむと、自分の胸に押し当てた。

 柔らかい感触とあたたかい体温が伝わってくる。


「……え?……シェ、シェラさん?!」


「ちょっと、なにいきなりショコラちゃんを誘惑してるんですか!」

「ほら、旦那様。私の胸の鼓動が聞こえますか? ああ、こんな日が来るなんて!」


 私は頭が真っ白になって固まってしまった。

 無口で控えめで清楚だったシェラさんのイメージが……。

 ホントにシェラさん本人だよね。


「勇者があんなクソ虫で、私の人生も、一族の命運も終わったと思ってましたけど。こんなに可愛い旦那様なんて夢みたい……」


 シェラさんは嬉しそうに頬をよせてくる。


「ちょっと、ショコラちゃんから手を離してくださいませ!」

 

 ミルフィナちゃんは勢いよく立ち上がると、シェラさんの手を振り払った。


「うふふ。王女様、やきもちですか? でも……旦那様と私は……聖剣に祝福された仲ですので」


 うるんだ瞳で私をみつめてくる。


 赤く染まった頬。

 銀色のシルクのような美しい髪。

 白い花のように美しいたたずまい。

 

 シェラさんは本当に……前世のアニメキャラがそのまま出現したみたいに……美しい。


「聖剣なんて、ただの光る剣じゃない!!」

「勇者の旦那様と私の愛の絆です!」


 ただ光るだけっていうか。

 今ではすっかり呪いのアイテムじゃ……ないかな。


 私は頭を抱えて馬車の床にしゃがみ込んだ。


 ノー!

 ノーだよ!



 ――突然。


 うずくまる私の耳元に、扉を開ける大きな音が聞こえてきた。


 もう、今度はなんなのよ!?


「ショコラ、何があったの?」

「マイヒロイン、無事か!!」


 飛び込んできたのは、黒髪と金髪の二人のイケメン。

 私たちより前に村に戻っていた、魔王シャルル様と……ベリル王子だぁ。


「聖剣の光を見たから慌てて駆けつけたんだけど、なにがあったの?」


 あれ……なんだろう……これ。

 ふわふわする……。


 私は力が抜けたように、床の上に倒れ込んだ。

 安心したから……なのかな。


 ふぅ、しゃがんだ姿勢でよかったぁ。


 でも。なんだか、みんなの声が遠くなっていくような……。


「おい、大丈夫か、マイヒロイン!?」

「あれ? ちょっと、ショコラ?」

「え? ショコラちゃん!?」

「旦那様、大丈夫ですか!?」


「大丈夫じゃない……です……」


 そこで景色が真っ白になって、意識が途切れる感覚がした。



**********



「勇者よぉ……ぎごえますかぁ……」


 誰かが呼んでいる声が聞こえる。

 なんだろう。

 鈴のようにすごく美しい声だけど……これ、泣いてるよね?


「私の声がぎこえますかぁ……ずずず。今、アナタの耳元でぢょくせつ話かけてますぅ……」


 こういうのって、心の直接とかじゃないかな?

 なに、耳元って。


「おぎてくださぁいいいい。ふぅーーーーぅ」

「うわぁぁぁぁぁ」


 耳がくすぐったい!!

 慌てて飛び起きると、すぐ目の前に天使のような美少女の顔があった。

 

「勇者ショコラちゃんぅぅぅ……」


 女神エリエル様は、大きな瞳を真っ赤にして顔を近づけてきた。


 ――なに?

 ――なにがあったの?


「エリエル様、どうしたんですか?」

「うわぁぁぁぁん」


 え、ちょっと。なんで泣いてるんだろ?


「ショコラちゃん……ショコラぢゃんぅぅぅぅ。わたし、わたしぃぃ」

「大丈夫、大丈夫ですから」


 私は彼女をぎゅっと抱きしめる。

  

「あのね、あのね、わたじぃぃ、天界に戻れなくなったみたいでぇぇ」

「……え?」 


 エリエル様は、大きな文字の書かれた紙を差し出してくる。

 

 『アンタもう帰ってこなくていいから。しばらく自分の世界で反省してなさい。 ―女神長より―』 


「えーと……?」

「どうしよう、ねぇ、わたしどうしたらいいのぉぉぉ!」


 これって、つまり。

 天界を追放された……ってことかな。

 

「ちょっとまってね。確か……」


 私は聖剣を手に取ると、神様の情報ツール『神ッター』を立ち上げる。


 『聞いた? エリエル追放されたって』

 『うける。さすがエリエルだよね』

 『ありよりのあり』

 『どうせ、自分の勇者に手をだしたんでしょ……』


 あー……。

 やっぱり……。


「おかしいわよぉぉ。わたしだって、一生懸命やってたのにぃぃ」


 雲の上のような澄んだ青い空間に、エリエル様の声が響きわたる。



 うーん。

 これ……どうしたらいいの?

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