第64話 魔王様は前世を語りたい
<<魔王目線>>
魔王城の応接間へ続く長い廊下。
高鳴る胸を押さえながら急ぎ足で歩いていく。
あの扉の向こうに、彼女がいる。
可愛らしい笑顔。
桃色のふんわりとした髪。
朱色に染まるやわらかそうな頬。
桜の妖精のような……オレのマイヒロイン。
「魔王様が入られます!」
オレの姿を見た兵士達が、うやうやしく一礼すると、大きな扉を開いていく。
さぁ!
今日も始めようじゃないか。
素敵な魔王城での夢のひと時を!!
「あ、魔王様。おはようござますー」
桜色の髪をした少女は、いつもと同じように玉座に座っている。
座っているけど。
よく見ると……目が少し赤いよね?
それに笑顔も……どこか不自然な気がする。
「ねぇ、なにかったあったの? ショコラ……さん」
「え? なにもありませんよ? さぁ、朝のミーティングをはじめましょう」
彼女は可愛らしい声で合図をすると、周囲に笑顔をみせた。
「主様ー!」
「今日もカワイイー!」
「主様最高っす! 一生ついていくっす!」
魔王軍の兵士たち……いや、側近達まで大きな声で歓声をあげている。
いつもの朝の光景だけどさ。
――なめるなよ!
いくら前世で彼女がいなかったからってさ。
いや……この世界でもいないけどさ。
でも。
それでも。
本気で好きになった人の表情の違いくらいはさ、すぐにわかるんだよ!
「今日の会議は中止とする。皆ご苦労だった。下がって良いぞ!」
「え?」
「なにかあったんですかい?」
「……どういうことです?」
オレの発した言葉に、周囲にぽかんとした表情の顔がたくさん生まれた。
隣をみると、マイヒロインまで、不思議そうな顔をしてこっちを見ている。
「ま、魔王様? なにか気に障ることでも?」
側近の一人が、恐る恐るオレに近づいてくる。
「ま、まさか。主様に嫉妬されて……。ご安心ください!」
さっとオレの前に立つと、腕を大きくあげて指揮者のように腕を振り上げた。
「魔王様最高ー!」
「今日もカッコいいっす!」
「魔王様、素敵。抱いてー!」
部下たちから一斉に大声援が送られる。
いや、そんなことを望んだわけじゃないんだけどな!!
「どうです。我らは、主様と魔王様、ご両名に忠誠を誓っております!」
うわぁ。
どんだけドヤ顔なんだよ、側近……いや、この部屋にいる魔王軍全員か。
「わかった。わかったから出ていけ。今から主様と大事な話があるのだ!」
オレは大きな声を上げると、両手をふるって退場を呼び掛けた。
「わかりました。これにて失礼します。主様、魔王様、愛してますぞー!」
「魔王軍サイコー!」
「魔王軍、はっ! 魔王軍はっ!」
彼らは、まるでお祭りのようなテンションで部屋を出ていった。
**********
広い謁見の間には、今オレと……玉座に座っている……マイヒロインだけ。
うわ、まずい。
まずいぞ、これ。
自分で言い出したことなのに、緊張してきた。
「あの……魔王様……?」
「え、あ、ああ。今日はいつもよりなんだか暑いねぇ……」
「そう……ですか?」
彼女は首を傾けて、不思議そうにオレを見ている。
こういうときに、どう話を切り出せばいいんだ?
くそう。
前世でもう少し女の子と話していたら……。
「あ、あのさ。なにか……あった?」
「はい?」
しまった。
そのままストレートに聞いてしまった。
もうちょっとなにかあるだろ、オレ!
どうすれば。
どうすればいいんだ。
そ、そうだ。あれを準備してあったんだ。
「ちょっと待ってて。そういえばここに……」
オレは、自分の椅子の裏にまわると、小さな箱についたフタをあける。
「これ、よかったら食べてみて」
取り出したのは、小さなカップに入った白くて冷たいアイス。
上にのせてある三角形のビスケットが、猫のような印象を与えている。
「魔王様……これって……」
「ほら、前に話したでしょ。サーティーニャンアイス。似せて作ってみたんだ」
「すごい……そっくり」
「まだ試作品なんだけどね。どう? 良かったら食べてみて」
驚いた表情が、すごく可愛らしい。
「いいの?」
「ショコラさんの為に作ったんだ。どうぞ」
彼女は差し出した手からアイスを受け取ると、嬉しそうに口に運んだ。
「冷たいくて美味しい! まさかこっちの世界で食べれるなんて……夢みたい……」
「そういってもらえると嬉しいな」
「その小さな箱、ひょっとして冷凍庫なんですか?」
「うん。オレの魔力を利用して作った魔道具だよ」
「そうなんだ。すごいですね!」
なんて可愛らしい笑顔なんだろう。
作ってみてよかったぁ。
「前世あったものをさ、いくつか魔力でつくってみたんだ。電子レンジみたいな魔道具も作ったんだよ」
「前世……」
彼女は急に暗い表情になる。
「ねぇ、やっぱりなにかあったんだよね? よかったら話してみてよ」
彼女は目を潤ませると、泣きそうな表情でオレを見つめてきた。
「だ、大丈夫? 話したくなかったら別にいいからね?」
「どうしよう、私、ベリル王子に前世の話をしちゃったみたいなんです!」
ん?
んんん?
「えーと、ゴメン。あの金髪に前世の話をしたらダメなの?」
「ダメっていうか。絶対変な人だと思われますよね?」
「それは……まぁ……」
オレも、前世の話を周囲にしたことがあったけど、誰も信じてくれなかったな。
「別にしてもいいんじゃない? 信じる信じないかは相手次第だしさ」
「でも……」
「でも?」
彼女は思いつめたようにうつむいて、ぼそっとつぶやいた。
「嫌われたく……ないから……」
ちょっとまって。
なにその表情。
頬なんか完全に真っ赤じゃないか。
くそぉ。あの金髪王子め! オレのヒロインなんだぞ!
さっさと話題を変えよう。
そうだなぁ。
「そういえばさ、お互い前世の話をしたことなかったね」
「言われてみればそうかも……。アイスの話くらい?」
「そうだね」
お互い転生者ってわかってから、いろいろあってあんまり話せなかったんだよな。
「ショコラさんは、向こうでどんな生活してたの? あー。話せる範囲でいいから!」
「んー。学生やってましたよ」
「学生かぁ。大学生とか?」
「ううん、高校いってたの。ごくごく普通の女子高生だったかなぁ」
ショコラさんが普通の女子高生?
想像つかないなぁ。
「シャルル様は?」
「シャルル……でいいよ。お、同じ転生者だしさ。オレは会社員やってたんだよ」
「そうなんですか?」
「敬語じゃなくて平気だから」
「えー、だって『魔王様』だし」
「そんなこと言ったら、『勇者様』なんだけどな」
顔を見合わせて、どちらからともなくクスクスと笑い出す。
「あはは、おかしい~。向こうでは普通の人だったのに、勇者とか魔王とか」
「だなぁ。ホントに漫画や小説みたいな世界だよ、ここは」
「シャルルさま……シャルルさん、でいいのかな?」
「いいよ、それで。じゃあ、オレもショコラ……ちゃんって呼んでいい?」
「うん、それで」
彼女は目を細めると、まるで太陽のような笑顔をみせる。
これだよこれ。
この笑顔が見たかったんだ。
「シャルルさんも、いきなり地面が光ってこの世界に来たの?」
「……え?」
「え?」
どういうことだ?
オレは前世で事故にあって……。
「事故や病気でこっちの世界にきたんじゃなくて?」
「ううん、教室で授業うけてたら、いきなり足元が光出して。気が付いたら女神様の前にいたんだけど……シャルルさんは違うの?」
「ねぇ、ショコラちゃんの学校って、私立桜が丘高校じゃないよね」
「え、なんで……私の学校を知ってるの?」
知ってる。知ってるさ、その事件、その名前。
オレが転生する少し前にワイドショーでさんざん話題になった話じゃないか!
ある日、突然高校生数名が失踪した。
それも、クラスメイトの目の前で。
まるで転生物のラノベのようだって、ネットでも話題になってたんだよな。
――まさか。
――本当に異世界転生してるなんて。
「……シャルルさん?」
彼女は不思議そうな表情をうかべるマイヒロイン。
その表情に、テレビでみた画像が重なる。
世間で話題になったのは、もう一つ理由があって。
一人、とんでもない美少女がいたんだった。
連日取り上げられたテレビでも、彼女の写真がメインで放送されていた。
なんて名前だったかな。たしか……。
「……
「……え? なんで私の名前知ってるの?」
彼女は驚いた表情で、両手で口を押さえている。
ああ、なるほどね。
オレは思わず納得してしまった。
この世界は……。
彼女の物語の為にある……舞台なんだ。
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