第5話

 冒険者ギルドで精算を済ませ、馬車に乗りつつ帰路につきながら考えたのは、玻璃の事だ。

 闘技大会の事は考えるのは止めにしようと思考を逸らした結果で、自然と思い浮かんでしまうとある人物については苦しすぎて蓋をした。



 聖獣が街中にいたら、凄まじい騒ぎになる。

『龍を含む聖獣は侵すべからず』とこの世界の人間なら皆知っているからだそうだ。



 何せ、聖獣には人間の攻撃は通じない。

 精霊の力を使っても無理なのだという。

 絶対に敵わな存在の為、天災扱いで、戦いを挑む者はいない、といわれている。




 玻璃は聖獣と呼ばれる、神々がこの世界の人間が住む場所になかなか干渉出来ない中、神々に変わってこの世界の均衡を保つ、この世界でとても神聖な存在の幼生だ。

 蛇神様は幼生だと言ってきかず、玻璃は大人だと言って譲らない。

 玻璃は子供なのだろうと私達は結論付けているのだが。

 玻璃は幼生だと思うが、その外見は目立つ。

 だから普段は彼等聖獣にしか使えない幻術を使い、見た目を変えている。



 私の仲間以外には、玻璃はこの世界に住む、とても小型で人気の高い、黒い目の体毛が白銀な狐の魔獣の姿に見えるという。

 元のというか、玻璃の小さい姿と、幻術を使った大きさは大差はない姿に見える。

 碧玉の瞳の狐は聖獣しかいないらしく、ばれたら大変なので、瞳の色だけを変えている状態だ。

 ただ、白銀の毛皮も、多少変えていると玻璃は言う。

 どうやら聖獣の白銀の毛皮と魔獣の白銀の毛皮とでは、輝きの眩さと神々しさやら、手触りの極上さとかが違うものであるらしい。



 私は玻璃に頼んで他の人に見える姿を見せてもらい、こんな風に見えているのかと感心してしまった。

 普段見慣れた姿より全体的にくすんでいるし、目立たなくなっているのだから。

 私にもかけてくれないかと頼んだが、まだ幼い玻璃では自分自身には大丈夫だが他の存在には無理らしい。

 かなり残念に思ってしまった。




 この世界には、魔獣や普通の獣を使役する魔法がある。

 魔力があって精霊の力を借りられるのならば誰でも使えるという。

 もちろん、才能の有る無しや熟練度合で成功率も違うし、上位以上の魔獣はそれだけで『ソキウス』にするのは困難らしい。

 人間のみが使える魔法で聖獣には無効だという。

 そう神々が決めた、という話だ。



 その魔法を使って人間側についた魔獣や獣は『ソキウス』という。

『ソキウス』にすると契約結晶という物が発生する。

 これが『ソキウス』になったという証で、契約結晶がある限り『ソキウス』は持ち主に従うのだ。

 通常は『ソキウス』にした人が契約結晶を持っているが、契約結晶は譲渡も出来る。

 譲渡には特別な魔法が必要で、この国だと神官が必須になるのだが、他の国だと『ソキウス』の譲渡は不可能らしい。



 この国の人間が『ソキウス』にした場合は、通常の魔獣の個体よりも段違いの強さになるのだという。

 何故かは分からない。

 ”神の祝福”があるから、という話は聞いた。



 私はどうやら『ソキウス』にする能力が異常に高いらしく、ほぼほぼ無理と言われる三つ目大石化蜥蜴を『ソキウス』に出来た。

 普通の石化大蜥蜴も『ソキウス』に出来たから、あの時敵戦力を大分減らせたと思う。

 殺す数が少しでも減ったのなら嬉しい、と思っているが、魔獣は基本的に人間に対して殺意敵意満点だから殺さなくてはならないケースも多く、心がとても痛い。

 思わず腕を掻き毟りたくなるほど。



 蛇神様曰く、魔獣は澱んだマナが溜まりすぎて人間に対して殺意や敵意を持っているだけで、その方向性を変えて浄化し『ソキウス』になれば、人間に対して好意的になるのだとか。

 元々魔獣は人間に好意的な存在の筈が変質してしまっていただけなので、『ソキウス』化はある意味元の状態に戻しているだけ、らしい。



 魔獣は澱みを受け、更にマナの過剰摂取によりああなっているのであって、それから救う術は殺すか、『ソキウス』にするしかないというのだ。



 それを知っているからこそ、後悔している事がある。

 今日襲ってきた一つ目熊を『ソキウス』にすれば良かったのではないかという点だ。

 玻璃曰く、通常の魔獣の状態とも違ったらしく、『ソキウス』にするのは無理だと言われても、何か方法は無かったのかと思い悩んでいる。

 今度そういう存在が現れたのなら、何とか、それこそ浄化した後でなら『ソキウス』に成らないものだろうか……



 この国の宗教であるアルターリアー教の信者が『ソキウス』を作ると、この国の人間以外でも極端に強くなるので、色々有用なのは確かだ。

 分からない事の多い『ソキウス』だが、ただ分かっている事はこの国の人間が『ソキウス』にしてしまうとただの獣でも恐ろしく強くなる事だけである。

 魔獣の方が『ソキウス』にすると通常の魔獣の状態よりも強さに磨きがかかっている気はする。



 氷川先輩や中村先輩、藤原君が『ソキウス』にした場合、この国の人間がした場合と同等かそれ以上の力の存在に成るらしく、喜ばれてはいるらしい。



 それに『ソキウス』化すると、とても良い事もあるのだ。

『ソキウス』になった魔獣は、食べ物を必要としなくなる。

 マナの吸収率がより顕著に上がるらしく、勝手に大気に満ちるマナを栄養源として吸収し、食事要らずとなるのだ。



 だからだろう、この国では『ソキウス』は割と一般的だ。

 というより『ソキウス』は、この国の人間にとってどうやらとても特別な存在らしいのだ。

 一人に一体、それが無理なら一家に一体という位、この国の人間は必ず『ソキウス』を所持している。

 その為、『ソキウス』化した魔獣や獣を連れ歩く人も多い。

 だから玻璃を連れて歩いても問題ないのがありがたい。

 白銀の狐で小型の種は非常に人気らしいが、この王都ではそれ程人目に付かない。

 人気で希少だという小型の白銀の狐に見える玻璃を連れ歩いていてもそれ程目立たず大丈夫なのは、私達の装備が良いから、なのもあるだろう。

 元々この国は他の国に比べて裕福だし、ましてや王都には中流以上も多いのに加え、優秀な冒険者の拠点だったりするから。



 元々が強力な魔獣だった『ソキウス』はやはり人気で高価なため、貴族を始めとした資産家が持ち主だ。

 もしくは国所属だったりする。

 軍が連れている元魔獣の『ソキウス』は圧巻で、収穫祭や建国祭の時のパレードとかはとても見応えがあるのだ。




 賑やかな大通りから一本入り、割と静かな通りに差し掛かる。

 そして一軒の大きな屋敷にたどり着く。

 元は宿屋で、改装して家として使っている私達の家だ。

 家は広場と中々広い通りに面した日当たりの良い場所で、大変気に入っている。



 貴族だけが住む地区でも富豪ばかりが住む地区でもないが、治安は良く、住む住人も中間から上の比較的良い地区に私達の家はある。

 交通の便も良いし、私達が行きやすい比較的安全で綺麗な店達が近くにあるとても住みやすい場所で、非常に満足している。



 幌馬車を倉庫に入れ、厩舎で馬の手入れ。

 馬車の整備も馬の世話も皆でやる。

 その間、玻璃は見学なのも常だ。



 なかなか大変だが、馬は生き物だし、馬車も手入れしないと使う時に困る。

 幸いこの国の馬は他国産の馬に比べて世話は楽だというが。

 それに馬車の素材も他国に比べて軽いのに耐久性に優れている金属や木材で出来ているらしい。

 本当にこの国に来て良かったと思うのはこういう時だ。



 それなりに長くやっているから手慣れたもので、程なく馬と馬車の手入れは終了し、外にある水飲み場で私達は手洗いうがいを完了させ、ブーツの泥を落として靴を脱ぎ家に入る。

 この国は上下水道も整っているのがありがたい。

 水道もあるけれど、一応この家には手押しポンプ付の地下水の井戸はあるので、必要に応じて魔道具で自動的に水を汲み上げる事も可能な様にしてはいるから、いざという時にも大丈夫だろう。



 他国だと上下水道は整っていないところも多いと先輩達は言う。

 私は他の国に行った事が無いから分からない。

 何というか、先輩達も、藤原君たちも、私を他の国に行かせようとしないのだ。

 何故かは分からないので、ちょっと不安になったりするのだが。



 家ではスリッパを履いている。

 どうも靴を履きっぱなしの生活には皆慣れないようで、私がスリッパを作ったのだ。

 だから他のこの世界にあるそれなりに多くの家と違って、私達は玄関で靴を脱ぐことにしている。



 家に入ったらまずは本日の食材である、売らなかった角兎の肉を台所に置いておく。

 『アルカ』から出して、冷蔵庫へ。

 元宿屋だからか台所の隣に広い解体用の部屋があるし、大丈夫だろう。

 皮を剥いたりある程度はしてあるから、多分大丈夫、だと思う。



 この家にはそれぞれに個室があって、重宝している。

 プライベートな空間は必要だと思う。

 水洗式のトイレが各個室にあるのも助かっている所だ。



 浴場も大き目で男女別で、しかも温泉が出るのが本当に嬉しい。

 元宿屋だからだろうが、疲れて帰って来た時、一度に皆入れるしとても癒されるから助かっている。



 帰宅後食材を台所に置いてから直ぐ、私達はまず鎧を脱いだらお風呂に入る事にしているのだ。

 一日の汚れと疲れを洗い流したくなるから。

 どうしても野外で汗まみれになるから、お風呂に入るとスッキリするし、ベッドや部屋を汚したくないのも理由ではある。



 風呂に入りながらぼーっとすると、思い浮かぶ面影は固定化されてしまっているから、見て見ぬ振りとして強引に押し込み、玻璃を構う事で大切な存在を霧散させた。



 風呂から上がってから、夕飯だ。



 食後に洗濯だが、幸い洗濯機の様な物を融通してもらったから楽で助かっている。

 魔道具でそれなりに高価だそうだが、伝手があって複数入手できたのだ。



 普通の魔導具はそうでもないが、高価だったり貴重な魔道具は入手に色々手間暇がかかるから、希少な品を手に入れるのは骨である。

 伝手は大切にしなければならないと痛感する。

 幸いコネはあるから助かっているので、大事にしたい。

 貴族や騎士だと簡単に入手できると言う話で、良いなぁとつい思ってしまう。



 魔物や魔獣の皮製品は空属性魔法で加工した後、浄化で汚れがすべて落ちるし、武器類は魔物や魔獣製でなくても空属性魔法で加工すると浄化で汚れが綺麗に落ちるから、部屋で脱いだら浄化して汚れ落としをするのが日課。



 戦闘で使った武器と鎧等の品は、汚れを落としてから魔石類を媒体として消耗を回復するのも日課である。




 四年前の出来事で生き残った人達は、二十三人の所在がわかっている。

 本当はもっと生き残りはいたのだが、少し魔力があった人達は出て行ってしまった。

 どこにいるのか全く分からない、音信不通の状態だ。

 以前の世界と違ってインターネット等もないから連絡が出来ない。

 電話に類似する物はあるのだが、相手の番号を知らないし、こちらの番号も教える暇は無かった。

 学術都市から王都に移動してしまったせいもあり、手紙を受け取るのも出すのも不可能に近い。

 自殺した人も多かったから、心配は尽きないのだが……



 今ここにいるのは、魔力が全く無い人達と、ある程度魔力のある人達である。

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