第84話

 ガチャリ、音がする。

 枷の音。


 小さく諦めの息を吐き、どうにか口を開こうとした時だ。

 また私に割り当てられた部屋のドアが控えめにノックされた。

 首を傾げた私に、真理が視線で了承を求めてから扉を開く。


 現れたのは、一緒に住んでいた残りの皆。

 言葉さえも一切なく、ただただ一様に思い詰めた表情が、益々強く私を追い詰める。


「真理、ハンナさんを呼んで来て。椅子を頼みましょう」



 ハンナさんが整えてくれた椅子とお茶に感謝しながら、出来得る限り心を整えつつ改めて口を開く。


「もう一度伝えさせて頂きます。これから話す内容は他言無用と肝に命じて下さい。破られた場合は状況に応じて対処致しますので、そのおつもりでお願い致します」


 一つ告げてから、視線を順番に送る。

 何故仲間だと思うのか、それが揺るがないのかが解ってしまった気がして…思わず苦笑。

 初めから資格が無いのに、私は馬鹿だ。

 償いにはならないかもしれないけれど、可能な限り誠実であろうと思う。


「それではお伺い致します。”異能の一族”としての教育をしっかりと受けられた方は?」


 やはり出来る限り感情を込めない声を心掛ける。

 平静であるように努めなければ、私は自分が何を言い出すか分からなかった。

 信義に反する事は真実したくは無い。

 けれど……私の全てを開示する事も出来ない。

 ――――この期に及んでも私は…一族も瑞貴も学校の皆さえ全部を選ぼうとしている。

 それは選択をしていないと同義だと分かっているのに。


 ごちゃごちゃに煮詰まっている思考を逸らす。

 あえて視線をゆっくりと巡らせてから、また穏やかに口を開く。

 何度も落ち着け落ち着けと、自分に呪のように言い聞かせながら。

 グチャグチャになりかかっている頭をどうにか一部起動させつつ、聞き取りやすい速さと声を意識する。


「では、一族の長の方。もしくは次期当主の方は?」


 確認し終わり、改めて信実であることを意識しながら話そうと意識を可能な限り立て直す。

 それに多大な労力を要することに苦笑が漏れそうになった。


「日向先輩、藤原君……氷川先輩の3名が…一族の長、ないし次期当主で間違いありませんね?」


 私の言葉に、三人はただ静かに肯いた。

 それぞれ違うのは表情。

 表情は違うけれど、難しく重い感情がのっているのだけは分かってしまった。

 その事に思わず私が眉根を寄せてしまったからなのだろう、氷川先輩が苦笑する。


「気にしなくて良い。此方の世界に来てから普通がどういうものかの自覚がある程度出来た面もあるからな」


 その言葉に日向先輩も固い表情になりながら肯いた。


「俺も、元の世界じゃ分かんなかったけどよ、自分に対しての扱い、こっちに来てから結構客観的に見れたりしたしな」


 藤原君は、強張った表情ながらも強く同意する。


「確かにそうですね」


 日向先輩、藤原君、氷川先輩に、どういう表情をしたら良いかが分からなかった。

 想像できてしまうから……心が何も感じないようにしたいのに、上手くいかない。

 勿論、私と似た経験をしたとしても、感じ方は人それぞれだと分かっている。

 自分の感じた事を強制するつもりも、私と同じように感じないのはおかしいのだとも思わない。

 だからあくまでもおおよその想像でしかないけれど、それでも痛みを覚えるのだ。


「……私達の通っていた聖東高校は、”学校法人聖東学園”に所属する高校の一つなのを憶えていますか? 俗に”聖東学園高等部”とも称されていましたよね。それが何故なのかは御存知でしょうか?」


 私の問いに、氷川先輩が思わずといった調子で呟いた。


「…確か……他は聖東学園第一高等学校のようにナンバリングされた呼び方だったな」


 中村先輩は表情を強張らせながら口を手で押さえる。


「……そうだったわ……同じ聖東だったけど…中学校も小学校も幼稚園さえ一校を除いて、聖東学園第三中学校や聖東学園第二小学校のようにナンバリングされていたのよ……同じ聖東だったけど…私だけ……幼稚園以外は全部数字が付いていない所に通っていた……一族はみんな聖東ではあったけど、姉妹達と幼稚園以外は同じところに通った事が無い……」


 長谷部さんは動悸を抑えるように、胸を手で血管が浮き上がるほど強く掴んでいた。

 歯を食いしばる音が響く。


「…私、が……"無能"…なの、に…何であそこに入れるんだって言われてたのは……ちゃんと…理由、が……?」


 日向先輩は静かに目を閉じているが、知らずに零れたような声が漏れる。


「…………、ってことか? 他の聖東より俺等が通ってた学校の方が」


 藤原君は、先程から私を見ているようでいて、ここではない何処かへと視線を向けているのを感じていたけれど、初めて目が合った気がした。


「……つまり、何度も断っているにも関わらず、入るまでしつこく生徒会に入れと言い続けるのにも、理由がある、と?」


 鈴木君は重い溜息を吐く。

 嫌な記憶が蘇っているのか、表情が険しい。


「中等部からこっちの聖東に入れって強制されたけど、意味分かんなかったよ。他の一族の連中から、その事で非難を五月蠅く言われた意味も分からなかったな……こっちには選択肢無かったのにさ」


 設楽君は床から視線をピクリとも動かさず、珍しく聞き取り難いボソボソとした声で話し出す。


「異能力持ちの家系は必ず聖東学園のどれかに入るのだとは知っています。ただ……僕は他の一族の者と違ってあまり詳しく知りません。”異能の一族”としての教育は受けてはいても、他の兄弟や従姉弟より知らされていない事の方が多いです。だから…”何故あの聖東にお前が”と言われても、僕には本当に理由が分からなかった。分からなかったんです」


 笹原君、村沢君、安藤君、酒井さん、清水さんと高橋さんは息を詰める様にしながら目を閉じ続け、森崎先輩は空虚な眼差しで壁を凝視し、奥村さんは自分の手に視線が固定したまま。

 真理はただ冷静に観察し続けている。


 それらをすべて見渡した後、改めて私は話し出した。

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残されたモノは…… 卯月白華 @syoubu

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