第83話
神殿内で自室に割り当てられている所に戻り、ようやく詰めていた息を吐く。
学校内での真理の言動から起こる不都合は皆には無い、という説明に全員が納得するよう出来た事にホッとする。
エリックにも蛇神様の話と心遣いへの感謝を伝えられて本当に良かった。
迷惑ばかりをエリックにもかけている事が心苦しくてたまらない。
これからより一層かけてしまうだろうと、心は激しく痛みを訴えてくる。
それを無理矢理振り払う為、玻璃が部屋の中でプカプカと楽しそうに宙に浮いているのをほっこりと眺め、様々に去来する全てをどうにかしようと藻掻いていると、廊下に通じるドアがノックされたので驚いた。
……だがすぐに待っていた相手だと予想が出来たので、部屋へ招き入れようと何の頓着も無しに扉を開く。
「お待ちしていました、日向先ぱ――――」
思わず停止した。
私の固めたはずの何かが崩れて砂のように飛んでいく。
ただでさえ揺らいでいるのが分かっていたから、どうにか瞬間凍結しなければと思っていたのに解けていく。
「わりい、如月。なんか皆で押し掛けた」
日向先輩はただ頭を下げている。
目にした事が無いほどの痛ましい雰囲気で、見ていられない。
「ごめんなさいね、瑠那。もう遅いけれど入れてくれるかしら?」
横で中村先輩が申し訳なさそうに佇む。
その身体が小刻みに絶え間なく震えていた。
「如月、すまん。俺も話を聞きたい」
藤原君は見事な直角の礼。
極度の緊張感をまとったまま、いつまでも頭を上げようとしない。
「如月さん、お願いします」
設楽君の表情が珍しく固まっている。
柔和な顔が別人のようだ。
「如月、俺も良いかな」
鈴木君の目はこれ以上は無い程真剣。
握りしめた拳から血の匂いがした。
「……瑠那、俺にも…教えてくれるか……?」
今まで見た事の無い絶望を背負い、ただ悄然と佇む魁を最後に目にして、私は――――大きく息を吐いて色々を諦めた。
決めたのに。
決意したのに。
決断もしたし躊躇もせずに実行できた、はずなのに。
心があげる悲鳴は、泣いていると感じるのは勘違い。
それ以外は認めてはいけない。
迷わないはずだ。
これからも迷ってはいけないはずだ。
後悔なんて今更。
既に行動を起こしたのに本当に今更だ。
信頼を利用すれば良いだけ。
信用を踏み躙れば良いだけ。
それだけなのに。
……自分が心底恨めしいと弱音を、最後に心の中で小さく、本当に小さく吐き出した。
一族の落ちこぼれなのも納得だと内心嗤って。
真理にも話さなければと観念してしまった。
認めてしまったのだ、あらゆる意味で自分自身の弱さを。
馬鹿だ。
愚かだ。
舌の根も乾かぬうちに。
自分自身にこれ以上は無い失望と嘲笑が止まらない。
私がどの一族出身か知られるリスクをまた犯そうとしている。
異世界だろうと危険極まりないのだと、確かに知っているにも関わらず。
真理の場合とは段違いの不味さだと心底分かっているのに。
――――私は間違いなく後悔する。
そう確信できているというのに、それでもなお私は。
私は――――
「お入りください」
それだけを感情一切を含まずに告げて、皆を部屋にただ招き入れた。
「………………」
沈黙が痛い。
皆立ち尽くしている。
空間の緊張感は苦しい程。
玻璃は私の肩で沈黙中。
「椅子を用意して頂きましたから、おかけください」
割り当てられた自室の応接室へと、ハンナさんに頼んで人数分用意してもらった。
……真理の分も合わせて。
元々大きなソファーも備え付けてあるけれど、部屋を狭く感じるのは心理的なものだろう。
「これから話す事は他言無用でお願い致します。先ずお伺いしたいのですが、この中でご自分が異能の一族出身だと御存知の方は?」
おずおずといった調子で全員が着席したのを見計らい、何かを振り払うために大きく息を吐いてから問いかけた。
極力感情を抑えた声を心掛けながら。
心を凍らせなければ、私は身動きはおろか話す事さえできないと知っていた。
「俺んとこだな」
苦笑しながら日向先輩が真っ先に手を挙げる。
貼り付けた笑みが余計に痛々しかった。
「俺もだ」
藤原君は諦めた様な笑みを浮かべながら軽く手を挙げた。
彼らしくはない表情に心が苦しくなる。
「……僕も、です」
設楽君が小さく、本当に小さく声をあげた。
まるで消え入りそうな様子にどうして良いかが分からなくなる。
「………俺もだよ」
鈴木君が床の一点をただ見つめながら声を絞り出す。
見た事が無い感情が抜け落ちた彼に、何をしたら良いかも分からない。
「…………私も」
中村先輩はここではないどこか遠くを見詰めていた。
まるで泣いているような姿に心が痛い。
「………………私も、だな」
最後に魁が…凍り付きそうな歪な笑みを浮かべながら吐き捨てた。
常とは全くの別人のような様子に、私の何かが――――そこまで思ってから、考えるのを強制的に停止させた。
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