第41話

 朝の身支度を整え、玻璃と一緒に朝食へ。

 朝食も昨日の夕食と同じ様にエリックの隣の食堂の特等席で、非常に居心地が悪い。



 何せ出入り口を背にして縦にいくつも並んだ神官達の席とは違って、エリックや私の座る席は、祭壇を背にし、横に並んだテーブルな上に所謂壇上なのである。

 何段か高い如何にもな特等具合に、非常な居た堪れなさを味わいつつの朝食だった。



 玻璃も特等席と言える特別な席を用意してもらい、ミルクを飲んでいる。

 食べなくても良いらしいのだが、玻璃はミルクが好きで蜂蜜入りのミルクだとより一層喜ぶのだが、どうやらその蜂蜜入りミルクを昨日と同様に頂いているらしく、玻璃はご機嫌だ。



 壇上の中心がエリックで、その隣が私。

 それ以外には空席はあるが、何人か座っていたのは救いと言えば救いだろう。



 私が居心地悪く朝食を食べている横で、エリックはエリックでマーサさんに昨日作ってもらった朝食を食べているのだから、彼らしいと言えば彼らしいと思う。



 エリックは一度大切だと思った存在には凄く構う、というか……大切にするし尊重する。

 それ以外はニコニコと笑顔を見せて、気安い態度はしてはいても簡単に切り捨ててしまえるのだ。

 もしかしたら大切な人も……一瞬後には切り捨ててしまえるのかもしれないが、少なくとも私はまだその現場を見た事が無い。



 そこら辺の大切な存在かどうかの見極めは、私には割と簡単だった。

 何というか……気に入っている人や大切な人には、同じ笑顔でも微妙に異なるのである。



 その気に入っている人、というか大切な人は、私の知る限り、ジェラルド、氷川先輩、藤原君、ヒューゴ、アルバート、中村先輩、私に、キャサリン、ソフィア、フローレンス、オクタヴィア、宰相のセドリック様と、冒険者ギルドのゼニスさん。

それから、マーサさんにオスカーさん、兄のアレクサンダー、だったと思う。

 日向先輩と設楽君、鈴木君は、気に入っている部類だった様に感じてはいる。



 どういう訳か……私はその見分けが出来てしまうのだが、他の人にとってはとても無理だというのだから、神官の素質と関係でもあるのだろうかとちょっと思う。




 朝食を食べ終え、昨日と同じ部屋で同じ作業を続行中。

 勿論、エリックと一緒に……である。



 玻璃は相変わらず私の頭の上で爆睡中。

 落ちないのが本当に不思議だ。



 黙々と作業をしていると、唐突にエリックが声を掛けてきた。


「さて、休憩にしますか」


 そうエリックが言ったと同時に、何故かお茶とお菓子のセットを持ってくる神官達。


「え? そういうのもあるの……?」


 そう、てっきり昼食までぶっ続けでやるものだとばかり思っていたので、面食らってしまう。


「休みなしにやる方が効率悪いよ。普通の人間は、偶に体動かして、頭にも栄養送らないと、ダメダメ」


 神官達はソファーのあるテーブルにお茶とお菓子のセットを置いて、颯爽と去ってしまう。


「ほらほら、食べよう。あ、今日はマドレーヌか。うん、お茶のお供に最適だね」


 そんな事を言いながら、早速ソファーに座ってマドレーヌに手を出すエリック。


「そういえば、ルナの作った料理はおいしいけどお菓子も美味しかったよね。マーサの店でもお菓子とか作っていたと思ったけど。お菓子は作るの好き?」


 私も自分だけが作業する訳にもいかず、ソファーに座りつつ答える。


「好きよ。自分で作るのも食べるのも好き。店でもデザートは私が作っている事が多いかな」


 紅茶に手を伸ばし、砂糖とミルクを入れて飲み、人心地。

 どうやら想像以上に疲れていたらしく、紅茶の甘みがとても心地良い。



 マドレーヌを食べ、また紅茶を一口。

 うん、癒される。


「……ねえ、エリック」


 意を決して、長年の疑問を訊いてみる事にする。


「何だい?」


 エリックの気安い言葉に、勇気を出す。


「……うん、あのね……学生時代、エリックに……どうして私に構うの? どうして私に優しいの? って聞いても……いつも笑って答えてくれなかったでしょう。今なら……答えてくれる……?」


 エリックは苦笑して手と手を組んだ後、更に組んだ足の上に手を乗せ、そこに顎を乗せる。


「――――そうだなあ。私も初めての事で戸惑ってね。なんというか……兎に角構おうと、まあ、そんな感じに。悪かったね。変える気はないけど。あれだよ、ルナはさ……初めて会った同類の……異性、だったんだなあ……」


 エリックの言葉に、思わず溜め息が漏れる。

 それならば、いつも通りがこれからも続くのだと思っておこう。

 エリックは大切な人だから、これまで通りで嫌ではないから一向に構わないし。



 ただ、疑問が。

 同類とは一体……?

 意味が分からず、首を傾げる。


「……同類……?」


 エリックは楽しそうに笑いながら断言する。


「そう、同類。神に近くて、異能力もある。だから、同類」


 けれど私には疑問が。


「ジェラルドや、か、氷川先輩や 藤原君は? 同類じゃないの……? それにヒュー達やキャサリン達は……?」


 エリックはちょっと眉根を寄せる。


「うーん、あのね。ジェラルドは……あれだ、双子の兄弟みたいな感じかな。だからまあ同類なんだけど……男だし。カイやトーヤ、神様に気に入られるっていう点ではルナの方が上だけど、それでも気に入ってる大事な友人で、あの二人も男だよね。キャサリン達は異能力無いのもいるし、神様に気に入られるっていう点ではカイやトーヤとどっこいだ。それで……自分と同等クラスの異性としての存在としては、ルナしかいない。だからどうしても気になるし、目に入るって事だね」


 そのエリックの言葉に首を傾げてしまう。


「そういうもの……?」


 エリックはとてもとても楽しそうに笑っている。


「うん、そうだよ。見てたらルナは凄く面白いし、見た事のないタイプだし、ズブズブと底無し沼な感じ」


 ちょっとそれはどうかなぁと苦笑してしまう。


「……それ、あまり良い表現じゃ無い様な……抜け出したくなったら言ってね。出来得る限り協力するから」


 私が心配してそう言ったのだが……エリックは、凄く……何というか、良い笑顔。


「大丈夫。そんな日は、絶対に来ないって断言出来るから」


「……え……?」


 思わず声が出てしまった。



 ニコニコと酷く楽しげなエリック。

 底無し沼にはまったままというのは……大変で苦痛だと思うのだが、違うのだろうか……?


「さ、ルナ。休憩終わり! 仕事、仕事!」


 そう言ってエリックはまた書類に向かい、私もモヤモヤとしつつ、仕事を再開する事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る