第34話

 エリックが説明を始めようとしたら手を挙げたのは……清水さん。


「すみません。ちょっと気になったのですが、『ソキウス』とは確か魔獣を使役出来る様にしたモノの事ですよね。そんなに需要が高まっているというのはどうしてでしょうか?」


 エリックは思案顔になりながら答える。


「うん、これも知っておいた方が良いと思うから説明しようか。『ソキウス』は、別に魔獣とは限らないんだ。普通の動物でも出来るしね。ただ魔獣の方が段違いに強いから、普通ソキウスといったら魔獣になるし、『ソキウス』=魔獣でも問題は無いよ。それで需要が高まっている訳は、まあ、国としては恥ずかしい事に、治安の悪化が原因だね。『ソキウス』にすると魔獣の時よりも格段に強くなる。精霊の力を使わなくても魔法は使えるのが魔獣だけど、『ソキウス』になれば、その力と、精霊の力の両方を重ねがけなんて真似も出来たりして凄く有益なんだ。だからだね、治安の悪化に伴い護衛としての『ソキウス』が凄い人気になっている訳。安価な『ソキウス』でも結構な戦力になるから、一般の人も必要としているんだよ」


 氷川先輩が付け足す。


「『ソキウス』の貸し出し業を行っている業者もいるからな。貸出だとそのまま買うよりは値段も安いしメンテナンス費も要らないから、一般の平民には人気だそうだ」


 エリックも納得顔で肯く。


「そうそう。貸し出し業者も、貸し出す『ソキウス』が中々手に入らないとかで苦労しているらしいよ。だから神官としてはちょっと『ソキウス』を作るのがかなりメインと化している面もあったりする。今年は収穫祭と闘技大会が重なっているから中々『ソキウス』作りが出来なくて、まあ色々迷惑をかけているんだよね。あ、それについて色々話が後であるんだ。聞いてくれると嬉しい」


 エリックが氷川先輩や藤原君を見て、楽しそうに笑っている。

 もしかして、神官のお手伝いの話だろうか……?


「それじゃ説明いきますか。あ、そうだ。モリサキは、下位の水の精霊の力が使えたんだよね?」


 エリックの問いに森崎先輩が控えめに肯く。


「ええ、そうですが……」


 エリックはニコニコとしながら話しかけていた。


「うん。下位の精霊であろうとも、低位や初位、微よりは格段に凄いんだし、何より結構効果範囲とか君が思っているよりたぶん広いと思うよ。だから真剣に学校で学んだ方が良いと思う。何も特別なプネヴマ魔法学校じゃなくてもさ、学校は色々あるし、学校出た後でも職業訓練校とか様々に働くための学ぶ場はあるわけだしさ、考えてみたら?」


 それに森崎先輩は沈黙し、下を向いてしまった。


「でも、プネヴマ魔法学校じゃないと、色々不都合が出るんでしょ?」


 長谷部さんの、何というか批判的な視線と声音に、それでもエリックはニコニコとしたままだ。

 私は失礼ではないかとヒヤヒヤしてしまうのだが、長谷部さんはその、度胸があるなぁと感心してしまう。


「あの、長谷部さん! ここは前居た世界とは違うんですから、色々気を付けないと、本当に大変なことになりますよ!」


 設楽君が心配そうに長谷部さんに注意しているのを聞き終えてから、続けて村沢君が口を開く。


「そうだよ。一応さ、前居た世界でも、首相とかには言葉遣い気を付けるだろ? それよりもこっちは気を付けなくちゃいけない訳。身分差が色々生死を分けるって考えた方が良いと思うけど」


 村沢君がいつもの穏和な表情を曇らせながら告げる言葉にも、不満そうな長谷部さん。


「何よ。だって出た学校が違うと、前の国でも苦労するじゃないの。だから、私は、訊いているの!」


 強い口調で言う長谷部さんに、酒井君は呆れ顔。


「そりゃ学校が違うなら色々あるだろうが、要は自分が何を学んで、何を成すかだろ。それに、設楽と村沢が言っているのは、そういう事じゃない」


 長谷部さんは憤慨してだろう顔が真っ赤になる。


「煩いわね。皆してごちゃごちゃと。何よ! 訳わかんない!!」


 そんな長谷部さんに設楽君達が何かを言おうとしたら、エリックが苦笑しながら答える。


「良いよ。まあ、プネヴマ魔法学校はこの国の最高学府で、世界でもトップな学校だけどね、入るには資格が要る訳。無い人は無理。それに、学ぶ事なら他の学校でも出来るし。折角の力も使い方を知らなければ宝の持ち腐れだよ。下位っていったって出来る範囲は広いし、この国でも一般的なんだからさ、悲観的になりすぎない方が楽だと思ってね。まあ、お節介だったかな」


 奥村さんは呆れた様に口を窄める。


「そう、お節介ですよ。余計なお世話です」


 それに設楽君と村沢君が何かを言おうとし、酒井君が首を振る。

 高橋さんはエリックと奥村さんを交互に見て心配そうだし、清水さんは呆れ気味な表情。

 笹原君と安藤君は困ったなという感じだ。

 日向先輩と中村先輩は厳しい顔をしていて、鈴木君が宥めている。

 氷川先輩と藤原君は渋い顔をしているのだが、それを見てエリックが苦笑していた。

 森崎先輩と長谷部さんはさも当然という感じなのだが、それが、私はとても気になってしまう。

 この世界では、身分が上の人如何によっては罪に問われると言う事は覚えた方が良いと思う。

 その方が絶対にこの世界で生きて行くのが楽でもあるが、何より必須なのだ。

 それに加え、後見人の氷川先輩にまで被害が行きかねないのも非常に不安を煽る。



 だが、それでも何も言えない自分が一番悪いのではないかと思えて、落ち込んでしまうのを止められない。


「でもさ、働かないで、どうやって生きて行く気? 病気や怪我でもなんでもなく、働けるのに働かないのは、一切援助も受けられないよ? 失業手当も期間限定だし、そもそも働いていないと出ないし」


 エリックの言葉に、奥村さんと森崎先輩、長谷部さんは顔を見合わせた。


「でも……」


「だって、色々……」


「出来ればいいけど、私には……」


 それを聞いて、エリックはニコニコしている。


「でもとかだってとか言ったって始まらないよ。取りあえず、能力聞いてから学校へ行ったら? それが一番だと思うけど。働ける様に支援する所は色々有るんだし。学校在学中は卒業後だけど、十八歳で成人だからね。色々責任も発生する訳。大体、出来るのにしない人は要らないよ。それは何処だって一緒だと思うけど」


 エリックの諭すような言葉を聞いても、森崎先輩と長谷部さん、奥村さんは、顔を見合わせて不満そうにしていた。



 それに対して高橋さんはオロオロと心配そうだし、清水さんは溜め息。

 設楽君と村沢君を酒井君が止め、笹原君と安藤君は呆れてものも言えない感じ。

 日向先輩と中村先輩を鈴木君が必死に抑え、更に氷川先輩と藤原君も抑えに回っている。



 何もしないで援助だけもらおうというのは、確かに虫が良すぎる気はする。

 けれど皆大変な目に遭った訳で、そうそう特に心が万全の状態とは言い難いかもしれない。

 それでも生きていかなくてはならないのだから、何か食べていく為の手段は要るのだ。



 私は人に世話になっている状態で、だから偉そうな事は何一つ言えないけれど、思ってしまうのだ。



 言葉は大丈夫になった訳だから、後は気持ちの持ちようだろうか……とか。

 でもそれは人それぞれで、だから何とも難しい問題だと、苦しくてちょっと息を吐いた。

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