第78話
私はどうにかヒートアップしている皆に落ち着いて欲しくて、パンと一度手を叩いて注目を引いてから口を開いた。
「緒方さんを責めても仕方がないわ。既に起こってしまっている。だから兎に角、何があったのかを確認して対処するしかないと思う」
そこで一旦言葉を切ってから、怯えて小さくなってしまっている緒方さんになるべく優しい表情と声で語りかけようとして、今度は明確な違和感を感じた。
彼女は、緒方さんは…今さっき私にだけ分かるよう、一瞬無邪気とは到底思えない観察する瞳を向けてきたのだ。
「緒方さん、貴女の家…一族の能力は……?」
静かに訊いてみると、彼女は目を白黒とさせている、ような演技をしている。
一度気がつけば彼女の全てが仮面だと分かってしまう。
今は全て演じているのだと私に理解できるようにしているのも。
――――ワザと、だったのだ。
トリスタン殿下への態度や質問も。
だとしたら……
私の言葉で周囲が混乱しているのは感じている。
けれどこれは確認しなければならないと…そう思う。
特殊な力を持って生まれる一族の出身である私は、確かに強く思うから。
本能が強固に囁いているのが分かってしまう。
「どうしたの……? 私、何か嫌な事を訊いたかな……?」
表情を緩めての私の言葉に、緒方さんは冷厳な声音で返答する。
「質問に質問を返すのは恐縮致しますが…貴女の一族、家はどうなのでしょうか?」
今までの明るい無邪気な様子は影も形も無い。
冷静を通り越して冷徹な瞳がこちらを見定めていた。
「ごめんなさい、二人だけにして頂けますか?」
間髪入れずに氷川先輩へと言葉を告げる。
質問の形を取ってはいたが、実質宣言をしただけ。
……この手の話題について、曽祖母から叩き込まれたからだろう。
いつもの様に相手を慮る事が出来ない。
できる訳がないのだ。
皆の困惑は最もだと分かっている。
けれどコレが最善だと骨身に染みているからこそ、決して譲らない。
譲る気も無い。
「……――――分かった」
長い長い沈黙の後、氷川先輩の許可を出してくれた。
緒方さんと私以外が部屋を出ていく。
「…………」
二人共に何から切り出そうかと悩んでいるのが分かる。
意を決した表情で緒方さんが先ず口を開いた。
「無礼を承知でお伺い致します。貴女の一族について教えては頂けませんか?」
彼女の…緒方さんの態度を見ていると、どうやら彼女は私から一族の話をさせるのは礼儀に反する、むしろ非難される事だと認識しているらしい。
――――つまり…私の一族について知っていると判断するべきだろうか……?
「私の一族については…どこまで知っているのか訊いても?」
平身低頭な緒方さんの態度から、私もそれ相応の返答をする。
そこら辺のさじ加減は慣れていた。
慣れさせられたと言っても良い。
…曾祖母の教えはこういう時大変助かるのが常だった。
今回もどうやらそうらしい。
「詳しい事は何も。ただ……瑞貴様が親しくしていらっしゃるのを存じ上げているだけでございます」
緒方さんが更に謙る。
お蔭で彼女の立場がとても良く分かった。
――――瑞貴を瑞貴様と呼ぶのは彼の派閥に属する存在。
緒方さんの私に対する全てから余計に確信を得られる。
差し当たって緒方さんの家は、瑞貴の家に仕える眷族と言ったところだろう。
おそらく同族ではないはずだ。
その上で瑞貴にとても近しいのだと判断する。
……瑞貴の一族の人間は…御当主夫妻以外誰も瑞貴を名前で呼んだりはしない。
その人達に仕える者も同様だった。
何の躊躇いもなく瑞貴様と口にした時点で私は警戒を解いてしまうのだから…自分でも苦笑しか漏れない。
私を騙そうという演技の可能性は無いだろう。
例え嘘であろうとも、瑞貴の一族もそれに仕える一族も須らく…本当に当主夫妻以外は瑞貴様とは呼ばないのだから。
それをどう取ったのか、冷静そうな表情の中、瞳の奥の奥が不安そうに揺れいている。
無理もないと思う。
”異能の家”に生まれた場合、生まれついてのランクというモノが家には在るのだと…骨の髄まで叩き込まれるのだから。
そしてどの家に仕えるかも非常に重要なのだ。
やはり派閥というモノはどうしてもある。
具体的に言えば頭となる存在が決まっているのだ。
家の順位も微塵も変わった事が無い。
つまりは力関係は気の遠くなるような昔から同じという強固なモノ。
加えて…王族と貴族の様な家に仕える家も…不動のように変わらない。
有力な家に仕えられたらやはり有利な点が多いのだが……変化が無いからこその澱みもある。
力の無い家に仕える一族もまた辛酸をなめ続けているという地獄があった。
それらをすべて踏まえてもなお揺るがぬ絶対的な力の差というモノがあるからこそ、上下関係が異常に厳しいのが異能の家。
取り分け瑞貴の一族は――――
「ありがとう。貴女が瑞貴の味方なのは分かったわ。それなら私も正直に答える」
安心して欲しくて微笑んで…一旦言葉を切った。
――――誰かに話す日が来るとは思わなかったというのが正直な感想だ。
私の一族は……遥か昔に役目から逃げて…未だに逃げて逃げて逃げ続けているのだから。
分家の全てを生贄に捧げ……自分達だけの安寧を求めた外道。
それが私の一族だった。
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