第79話
「贄の――否、"花嫁の一族"の逃げた者の末。これで貴女なら分かるのでは……?」
私は冷然と告げる。
自分の一族を誇った事なぞ一度も無い。
分家にどう顔向けたら良いのだろう。
彼女達がどうしているかも分からない。
知ろうとしたが最期だと本能で理解していた。
それこそ生まれ落ちたその瞬間から。
だから……悍ましい私は何も言えないでここまで来たのだ。
緒方さんの眼差しに身が竦む。
息を飲んで畏怖を抱かれるような存在では決してないのだ。
ただの卑怯者。
現在進行形の恥知らず。
それだけでしかない。
それ以外には絶対になり得ないのだから。
「御無礼を平にご容赦下さい。我が一族は丹羽本家の影。異能の家の更に影にございます。瑞貴様には坂本美紅共々お側に手足として仕えさせて頂いておりました」
片膝をついて深く頭を下げる緒方さん。
「貴女と坂本さんとではどちらが影の長の家系なの?」
訊かなくてはならない事を口にした。
次期当主である瑞貴の側人の人選を、当主夫妻が手を抜く筈も無い。
ならば手足となる影も長候補を付けるだろう。
上下関係の確認は異能一族にとっての重要事項。
把握を怠る訳にはいかない。
瑞貴関連ならば、彼の近くに居る以上間違いは許されないのだ。
幼馴染の私の態度如何で瑞貴の評価が――――
そこまで思考を回してから乾いた笑いが漏れそうになる。
けれど私は……誰に何と言われようと諦めない。
諦め切れない。
捨てられないのだ。
瑞貴との再会という夢物語を。
だから異能の一族の出として落ち度は許されないし、許さない。
異能の家の子と四年以上ぶりに接して改めて思った。
思ってしまったのだ。
私は瑞貴に逢いたい。
もう一度だけで良いから逢いたい。
一瞬、瞬きほどの間で構わない…ただ、一眼だけ。
――――それ以上は、何も望まないから。
「私にございます。坂本美紅は我が異母妹。彼女に継承権はございません」
……異能一族の闇を見た。
つまり、坂本さんは緒方一族の異能を完全には受け継がなかったのだ。
母方の異能が出たと考えられる。
苗字が違うのもそれが理由だろう。
段々この世界に来る前の私に戻っていく気がするのは何故だろう……?
瑞貴の痕跡に接する事が出来たから、なのかもしれない。
「私が貴女の一族と貴女自身の能力を聞くことは許される?」
あえて緒方さんの名前は呼ばない。
彼女は瑞貴の所有物だ。
異能の家ではそう判断する。
彼女が瑞貴の物と知ったのならば、彼からの許可無しに名前を呼ぶのは常識知らずの恥知らず。
瑞貴の敵対者ならばわざと実行するだろうけれど、私は何があっても瑞貴の敵にはならない。
もしなったのなら、それは私ではない何かだ。
瑞貴を貶め足を引っ張る瑕疵など作るものか!
例えこの世界に瑞貴がいなくても、私の誓いは揺るがない。
……私付きだった子達はどうなっただろう……
強い子達ばかりだから、主の私が信じるしかない。
いつもは意識してあえてまったく考えないようにしていた事が…脳内から消えてくれない事に恐怖する。
嫌な想像をしたらソレが最悪の形で実現しそうな予感がして怖いのだ。
私のその手の勘は外れた試しが無いから余計に。
「申し訳ありません。瑞貴様の許可が無い状況では全ての開示が許されてはおりません。至らぬ無礼をお許し下さい」
冷厳な雰囲気を纏う彼女から嬉しそうな感情を感じるのは……私が瑞貴の事を考えていると判断したから、だと思う。
私の中ではとっくに味方認定をしていたが、絶大な信頼を彼女に抱いてしまった。
……単純だな、私。
瑞貴の味方だと分かったら無条件に信じてしまうのだから。
「分かりました。では貴女をこれからなんと呼べば?」
主君筋の御前に呼び出された時代劇の忍びを彷彿とさせる彼女の所作。
片膝をずっとついて頭を下げ続けている。
それを私は毅然と立ちながら、さも当然と言葉をかけていた。
……彼女の正体が分かる前の私には許容出来なかっただろう。
だが――――今の私には何の問題もなく受け入れられる。
「真理と。ただそうお呼び下さい。瑞貴様より、貴女様が私が何か気が付かれた場合の指示を受けておりました」
顔を伏せていても感じるのは彼女の――真理の歓喜。
「分かりました。では真理、私の事は人前では瑠那と。それ以外では敬称を許します」
異能一族でも我が家の格は非常に高い。
……逃げた今でも。
この対処で間違いなかった、筈。
面には出さずとも心臓をバクバクとさせて心配していたのだが……真理の空気が嬉しくてたまらない、様に感じるので正解…なのよね……?
不安があとからあとから湧いて止まらない。
瑞貴の側人に疎まれるのは…どうしても嫌だったから。
二度と瑞貴に近づくなと、そう判断されるのが堪えられなかった。
……欲深さに自分で自分を嗤う。
あまりの浅ましさに反吐が出る。
厚顔無恥にも程があるだろうに。
それらを噯にも出さず、私は私が心底嫌いだと再確認していた。
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