第80話
「真理。改めて訊ねたい事がいくつかあるのだけれど、良いかしら?」
表情を改めたのを感じ取ったらしい彼女は、更に深く頭を下げる。
「お伺い致します」
それに勇気をもらって疑問を口にした。
……ある予測をしながら。
彼女が瑞貴の本当の側人であり影であるのならば、間違いなく選択するだろう事。
「何故、演じていたの? わざと殿下のお心を傷つけたのは……不興を買うような真似をしたのは…どうして……?」
真理は言いよどむことも無くしっかりとした口調で教えてくれた。
微塵も揺るがぬ大木を思わせる決意を滲ませながら。
「全ての理由は一つにございます。我が能力がこの世界においても使えるのか、それを確かめるためにございました」
……思った通りの答え。
真理が瑞貴の手足であれば当然そうする。
瑞貴の一族の護衛を務めるのであれば、当然能力が使えるか否かは死活問題だ。
”力”が使えなければ主である瑞貴の役に立てないと、異能の家の者ならば必ずそう考える。
ホッと息を無意識に吐いていた。
どうやら息を止めて彼女の返答を待っていたらしい。
私はますます真理への好感度がうなぎのぼり。
彼女は瑞貴がこの世界に現れた時のことを考えている。
つまり――――真理も瑞貴への再会を諦めてはいないという事。
もし、万一の可能性だとしても、そのいつかの為を考えて動いているのだ。
――――気合が入った。
厚顔無恥であるのは承知だ。
それでも……私も瑞貴に再会できた時、恥ずかしい存在でいたくはないと強く強く再確認。
瑞貴がもし真理の様に、時間がずれて突然この世界に来る可能性も無いとは言えないのだ。
その時に私に立場があれば瑞貴の助けになるはず。
真理の存在でそう思えた。
今までは帰る事ばかりを考えていたのだ。
だから必要最低限の付き合いしかこの世界の人達としてはこなかった。
出来得る限り距離を置いて、深く踏み込んだことも無い。
いずれ別れるのだから…記憶に残らないようにと。
自分の地位を確立しようとも思わなかった。
重要な立場では居なくなった時に迷惑だろうと。
だが――――
この世界に来てから四年経つ。
今更感が否めないけれど……この世界、否、この国で確固たる身分と立場、地位…それを全て手に入れる。
……私に可能な事を実は知っていた。
見て見ぬ振りをしていただけで。
「キュ」
いつの間にか玻璃が宙に浮いて私の鼻を舐めていた。
思えば……先程まで玻璃が気配を微塵も感じさせなかった事に気がついてしまう。
いつもは少しだけでも私の意識の片隅に気配を知覚できていた。
だというのに今の今までまったく存在を感じなかったという異常事態。
そして今まで見せた事が無かった"力"を教えてくれたのも――――まるで私の決意を確かめて現れた様だ。
「玻璃?」
名前を呼べば、白銀の小さな小さな子狐さんは…自分に任せろと一生懸命胸を張る。
その姿は本当に愛らしい。
けれど私は別の意味で胸が詰まって仕方がない。
「……玻璃を利用しても…良い、の……?」
資格も無いのに声が震えた私を…玻璃の優しい綺麗な碧玉の瞳は……泣くに泣けず涙をこらえている少女を写しながら、当然だと断言していた。
息を大きく吐く。
覚悟を決める。
遅いと言われれば確かにそうだ。
けれどそれでも譲らない。
「真理。私は自分の全てを使って揺るぎない足場を築く。四年も何をしていたのだと言われればその通り。どんな誹りも受ける。それでも――――瑞貴の力になると誓う。それはどんな所でも絶対に変わらないのに……馬鹿だわ。帰る事ばかり考えていた。でもそうよね…貴女や私達が此処に来たように、時間差で瑞貴がこの世界に現れない保証は無い。私は誰かに害を与える事が……傷つける事が嫌だった。けれど考えてみれば例え誰を傷つけても……私は結局瑞貴を優先する。ならば今更だけれど動くわ」
そこまでを一気に口にし、言葉を切る。
昔の誓いを思い出す。
助けてもらった時に、出逢った時に誓った事。
私だけが勝手に心で約束したモノだけれど、それでも私には何より強く揺るがない思い。
だから――――
真理から感じる感情は強い強い歓喜。
それに勇気を得てまた言葉を紡ぐ。
「真理。この世界に居る間、否、瑞貴と再会する間までだけ、私に”力”を貸して」
彼女は静謐な……覚悟を決めた声で私に問う。
「顔を上げる事をお許し願えますか? 未熟な身ではありますが、仮契約をさせて
頂きたく」
真理の言葉に深く深く喜んだ。
異能の家の子が、既に主の決まっている子が…仮とはいえ契約を新たに結ぶのは異例の事。
……特に影の家の子は、既に遺伝子や魂に組み込まれた忠誠心だというのに……
ああ、だからこそだ。
そう当たり前に納得した。
瑞貴を主とすればこそ。
ならば私も答えなくてはならない。
「顔を上げなさい。――――ありがとう」
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