第7話

 寒々とした食事が手早く終わり、私は後片付けを手伝う。

 玻璃はさっきから心配そうに私を見つめつつ、私の席の足元に丸くなっている。


「何というか、森崎先輩以外の女性陣は家事全般が壊滅的なのよ」


 そう清水さんが呟くように言うのが聞こえた。


「どうもそういう才能が無いっぽい。他にも出来る事を見つけないと、どうしようもないわね」


 自嘲気味に続けて言われてしまい、返す言葉が無い。



 私には、家事全般が出来ない事が分からないのだ。

 幼い頃から曾祖母に習ってしていた為、苦でもないし、むしろ大好きなので、本当に彼女達の心が分からない状態だから、どう寄り添ったら良いかが分からない……

 私にしても幼い頃は不慣れで色々やらかしたが、時を経て何とかなった感じだ。

 家事をやり始めてそんなに経っていないとも思うから、経験次第で多少は何とかなる様な気もするけれど、どうしても個人差は否めないかなぁ……



 この国では高価なホムンクルスやレプリカントなら料理もある程度作れるという話だが、それを使う位なら料理人を雇った方がホムンクルスより美味しい料理も食べられるし、費用も安いという。

 一般的に家事は自分でするものだという考え方がこの国にはあるのだ。

 人を雇って家事をさせるのは、貴族や士爵、騎士、裕福な一部の人だけである。



 私達は人を雇う位なら自分達でするか、鈴木君のホムンクルスやドールに任せた方が建設的なのは確かだ。

 皆も頑張ってはいるのだが、結果が出ないのが痛恨だと思う。

 まだまだ時間がかかるのかもしれない。



 私も言葉が分からなければろくに何も出来ないと思うのだ。

 あの事件は心底怖かったし未だにふとした瞬間に震えが止まらなくなるが、それでも生きていかなければならないと己を奮い立たせている。

 何より皆の役に立ちたい。

 力に成りたいと踏ん張っている状態だ。

 生きていれば、生きてさえいればまた逢えるかもしれない。

 最悪な目に遭わなかっただけ、私は本当に恵まれているのは自覚している。

 ――――そうなっていたら、逢いたいと果たして思えただろうか……?



 ……それでも、汚れたとしても、それでもやっぱり逢いたいと、思ってしまった。

 一目だけで良い。

 あとは絶対に近づかない。

 だから――――



 ……いつも誰かに助けられてきた。

 それは曾祖母であり、氷川先輩であり、幼馴染の瑞貴だった。



 助けられてばかりで申し訳なく、彼等の力に成りたいと、ずっと思っていたのだ。

 今は仲間の力に成りたいと思うのだが、本当にどうしたら良いのだろう……

 良い考えがまるで浮かばない。



 皆が皆同じではないし、私はどうにか頑張れているが、それすら無理だというのも何となく分かってしまう。

 性能差と言ってしまえばそれまでだが、個人個人で能力も耐えられることも違うのだから、仕方がない面もあるとも思うから。



 こちらの学校に入るのが怖いというのも、分からなくはない。

 つまり何かあった時、自分の身を守れないから、怖いのだ。

 家にいる皆は魔力が無い。

 だからこその不安だろう。 

 銃を皆が皆持っていて、自由に撃てる人達ばかりの中に放り込まれる様なものだから。



 その一方で、働いておらずただ家に居るというのに、料理を始め家事全般や言語や生きて行くのに必要な事等が成長していない様なのが、日向先輩や藤原君達には不満だったのだろうというのも分からなくはない。

 働いている皆が、四年経ったとはいえ未だにとても色々難しい状況でも必死に命をかけて頑張っているのは分かる。

 最初は本当に慣れるのが大変だったのだ。

 ここにいる人達だけではなく、神殿に居る人達の分も面倒を見ているのだから。

 稼ぎがなくては何も守れないと、皆はどうにか自分を奮い立たせて命懸けで働いているのも知っている。



 どちらも言い分があるのは分かるのだ。



 一緒に住み始めて約一年。

 溜まりに溜まった不満が爆発したのかもしれない。

 皆、働いている面々はかなり頑固なのだ。

 氷川先輩の言葉なら必ず聞いてくれるだろうが、私では無理だろう。

 あの空気の中では委縮してしまい、何も言えないのが私の情けない所だ。



 皆の中に亀裂が入ってしまった事が、本当に悲しい。

 それを止める術を持たず、ただオロオロとするしかない自分には自己嫌悪だ。



 また一緒に暮らしていくのは、不可能なのだろうか――――




 片付け終わり、席に着く。

 皆も次々に席に着いた。

 全員が座ったのを確認し、氷川先輩が口を開く。


「一緒に生活して約一年経った。合計でこの国にはもう四年以上いる事になる訳だが、働き始めてから納税はここに居る人数分はしてある。推薦状は私が発行する。これでこの国の国民として認められるだろう」


 この国では、四年以上滞在し、仕事を持ち、一年間一般の人より多めに納税して、ある程度資産があり、尚且つこの国の国民の推薦状が有れば、永住権が認められる。

 納税や一般人の推薦状だけでは国民になるのは無理なはずだが……



 紹介状が有る場合は異なるし、他にも国民に成る手段は有るが、氷川先輩の提案が一番楽な永住権を得る手段だったと記憶している。

 氷川先輩は冒険者ギルドの最高ランクに登録されていたはずだから、滞在許可証が無くても氷川先輩の責任で永住権を得られるのだが、もしかしてそれをする気なのだろうか……



 私達は貴族の紹介状を得ていたので、学校に入学する前には国民に成っていた。

 貴族の紹介状は一番強力で、簡単に国民に成れる手段だ。

 だが貴族の場合、紹介状を書いたら普通の場合よりも書いた人に対する責任が重かったはずだ。

 そう、保護者の様なものだから、貴族が紹介者を厳しく審査する為、国の審査も緩いのである。



 普通は、紹介状も推薦状も無い場合だと、先ずは雇用主にスポンサーになってもらうのが一般的だ。

 スポンサーに成ってもらい、永住権を取得する必要があるのだ。

 永住権を得てから、十年以上この国に滞在しつつ納税を滞らずに続けると国民に成れる。

 この永住権は、過去の学歴、年収、資格、免許、功績、就労年数等、様々な要素をポイント化し優遇措置を受けられるので、優秀な人は得やすいとは思う。

 雇用主が居なくても国に貢献できると国に申請し認められた人材は、一年間は仕事を探す事が出来る滞在許可証が発行されたはずだ。

 それから、安定収入が五年間有ると永住権が得られたと思う。



 永住権と国民になるのはまた別だったと記憶しているが……



 心配なのは、紹介状や推薦状を書いた人は、その人について、色々責任を負わなければいけなかった様な気がする点、だろうか。

 そう、紹介人や推薦人が何かしでかした場合、責任を取らされて弁償しなくてはならなかったり罰を受けたり、大変だったと思う。

 だから紹介状や推薦状を書く人は、紹介相手や推薦相手の身辺調査をしっかり行えるだけの資金力が絶対に要るのである。

 何度も問題を起こすような人を紹介したり推薦した人は投獄される上、紹介状や推薦状も二度と発行できなくなるのだ。


「全員に国民として認められる資産は用意した。国民としての登録が完了すれば、その資金をどう使うかは自由だ。神殿にお布施して、ある程度の生活をしつつ死ぬまで面倒を見てもらうのも良いだろう」


 それに長谷部さんが噛み付いた。


「氷川先輩まで、私達に出て行けって言うんですか!?」


 氷川先輩は玲瓏な声を冷静に保ちながら


「我々も、いつまでもその日暮らしという訳にはいかないだろう。出来れば安定収入は確保したいところだ」


 氷川先輩の言葉に鈴木君が肯きながら


「本来なら、学校を卒業した時点で安定収入は得られたんだけどさ、皆がまだ不安定だったからってのが大きいけど、不安で学校は怖いって言うから、言葉とか教えなくちゃとか思って自由度が低いから辞退したんだよね、俺等」


 その言葉に日向先輩、中村先輩、藤原君が間髪入れずに肯く。


「だってのに、真面目に学ばねえとか有り得ないだろ」


 日向先輩の険しい表情と言葉に奥村さんが侵害そうに


「仕様がないじゃない。まだ、色々不安定なんだから」


 奥村さんが言うと、藤原君が


「奥村は分かるが、他の者はどうかと思う」


 安藤君が重々しく口を開く。


「でも、彼女達の気持ちは分かるんだ。俺も言葉や習慣とかも学んではいるが、将来は不安だし、帰りたくなって無性に泣きたくなる。四年経つが未だに悪夢はみるし、手足が震えて真面に動けない事だってある」


 これには笹原君、酒井君、村沢君が神妙な顔で肯く。


「だからこそ、永住権を得る必要があった。永住権を得た後五年間納税しながら何の問題も起こさなければ最低限の生活は保障される。前いた世界と一緒だ。手続きなら手伝う」


 氷川先輩が力強く言った言葉に


「でも、最低限だから、何の楽しみもないじゃない」


 長谷部さんが不満そうに言えば、


「そうよ。それに皆と離れるのは不安だわ。近頃治安も悪いみたいだし」


 奥村さんが氷川先輩を必死に見つめながら長谷部さんの後に続けた。


「アルターリアー王国の国民なら、歳を取り、自力で生活を営むのが困難と判断されれば無料の養老院に入所出来たし、介助を申し込み自宅で暮らす事も出来る。国民なら保険も利く。だから高額な治療も受けやすいな。年金制度もある。ある程度納めればその額により年金を受給出来る。貧窮者は納税しなくても良いし無料で救貧院にも入る事が出来る。国民になるのは悪くないと思うが。その後どうするかは其々次第だろう」


 氷川先輩の言葉に男性陣は下を向いて沈黙。

 女性陣は清水さんと高橋さん以外は不満そうに顔を歪めている。



「私と日向、藤原が闘技大会に出場する事になった」


 突然、突拍子もなく告げられた言葉に、皆が目を見開く。


「どういう事ですか?」


 酒井君が不安そうに訊ねる。


「この闘技大会に優勝すれば、貴族に成れる。六位まで入賞しても騎士だ。誰か一人でも六位まで入れば、その部下の精霊闘士に立候補できるだろう。幸い便宜を図ってもらい、入賞までは当たらない」


 日向先輩と藤原君が肯く。


「確かにこの面子で仕事した方が良いわね。誰か一人でも六位入賞すれば、その部下にと入賞者が推薦できるし」


 中村先輩も納得の様だ。


「つまり、今働いている全員が軍人として固定収入を得るから、我々にも自立する様に、と?」


 酒井君が表情を暗くさせ言う。


「ある程度言葉は形になったろう。買い物はしている訳だから。後は自主学習あるのみだな。現地の人間と友人になるのが言葉を覚えるのに良いと思う。現状少し難しいかもしれないが、やり方しだいだろう。学校に行くのもやはり有効だと思う。自立できるだけの資金も立場も用意した。働きたいと言うのなら、立場を得た後紹介する事も出来るだろう」


 氷川先輩が冷厳に続ける。


「領地に入る等の正式な立場を手に入れる事が出来るようになるのは、闘技大会後約一か月程かかるらしい。我々が貴族となるにしろ、騎士となるにしても、今から三か月強ある。各自身の振り方を考えてくれ」


 そうして氷川先輩はこれで終いだと話を打ち切った。

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