第66話

「うわあ! 氷川先輩と藤原君がそろってて、日向先輩と笹原君と設楽君と酒井君と安藤君と村沢君、中村先輩に如月さん、長谷部さんに清水さんまでいるんだ!! これに丹羽君と南野君と仁礼さんと近藤さん+生徒会メンバーがいたら完璧だったね!」


 第一声がそれである緒方さんに、皆が首を傾げる。


「緒方? どういう事だ?」


 藤原君が不思議そうに訊ねると、緒方さんが破顔する。


「あ、そっか! 皆知らないんだ! 学校で人気だったんですよ!! 氷川先輩と藤原君と丹羽君、如月さんが別格だったんです! 日向先輩達も勿論凄かったんですよ! 学校中で有名だったんですから!! 生徒会メンバーはもう何も言わなくても凄かったので割愛です。芸能人やっていないのが不思議だってのも良く言われてましたからね」


 緒方さんが楽し気に言うのを笹原君や村沢君は納得していた様だが、それ以外の皆は戸惑っているのが感じ取れる。

 私もあまり実感はないし、そう言われると居た堪れなかったりする。

 あまり人の注目は浴びたくないと思っていたから、自分の迂闊さに溜め息が漏れる。


 私は、人が、怖いのだ……


 うん、今はそれは後回し。

 私は大丈夫、だと言い聞かせる。

 緒方さんの話を聞くのが大事なのだから、今は駄目。

 震えてしまう身体を息を吐いてやり過ごし、緒方さんに目を向ける。


「……えっと、緒方さん。まず私達の状況から話した方が良い? それとも緒方さんから話した方が良いかな?」


 私が訊いてみると、緒方さんは深刻そうに悩みだす。


「……うーん……そうだね……ちょっとはさっき聞いたけど、やっぱり知りたいって言うのはあるかな……でも、私から話した方が良いのかなあ……?」


 氷川先輩が安心させる様に表情を緩めた。


「まず我々の方から話した方が良いだろう。緒方、お茶でも飲んだら良い。深呼吸して気を楽にな」


 中村先輩も微笑んで肯く。


「そうね。私達から話した方が良いわね。緒方さん、大丈夫だから」


 日向先輩も頬を掻きながら口を開く。


「だな。そっちは一年前に来たんだっけか。ならまだ混乱も激しいだろ。まあ、俺等も四年経っても混乱はしているけどな。それでもマシな方から話すのが筋だと思うぜ」


 安藤君は懐かしそうに緒方さんを見る。


「緒方、久しぶり。高等部で一緒のクラスだったけど覚えてるか?」


 安藤君を見た緒方さんは何度も肯き嬉しそうだ。


「勿論! 皆には四年前だろうけど私には一年とちょっと前だし! わあ! 高橋さんもいるんだ! 高等部で一緒だったよね! 久しぶり! それにしても隠れ美人さんなのは相変わらずだね! 気になってたんだけども皆女の子は髪延びたよねえ」


 高橋さんはハニカミながら緒方さんを見る。


「久しぶりだね、緒方さん。えっとその、ありがとう」


 清水さんは苦笑しながら自分の髪へと視線を向ける。


「そうしないといけなかったからね。そういう説明は受けているの?」


 緒方さんは納得顔で肯いた。


「うん。私、こっちの常識的に微妙なラインだったから、おばさんが説明してくれたの。だから知っているよ!」


 奥村さんはイライラした様に顔を顰めて急かすような口調。


「説明するなら早くした方が良いと思うの。緒方さんの話も早く聞きたいし!」


 氷川先輩が奥村さんを申し訳なさそうに見た。


「悪かった、奥村。それでは説明するが、簡潔にさせてもらっても良いか、緒方?」


 奥村さんが、どこか嬉しそうに氷川先輩を見詰め続けているのが印象的だった。


「はい。あの、ちょっとは聞きましたから、大変だったのは分かります。ですから言い辛い事もあるんでしょうね。ですけど、簡単に出も良いので聞きたいです。よろしくお願いします」


 緒方さんはペコリと頭を下げ、真摯に皆を見回してから、息を吐く。


「皆を見てるだけでも、込み上げてくるものがあります。えっと、あの、お願いします」


 そんな緒方さんを見てから、村沢君は氷川先輩の方を見る。


「どこから説明しますか? どういう状況で来たのかが分かりませんから、俺達が来た時の説明からですかね……?」


 氷川先輩は腕を組んで重い息を吐く。


「そうだな……では、あの日、何時こちらに来たかから話そうか……」


 日向先輩は氷川先輩の言葉を聞いてから頭を掻き、息を吐く。

 中村先輩は眉根を寄せ瞳を閉じた。

 設楽君は沈痛な表情になりながら溜め息を吐く。

 鈴木君は首を振ってから、目を閉じた。

 藤原君は私をチラリと見てから、眉根を寄せつつ瞳を閉じる。

 笹原君は頬を叩いて息を吐く。

 酒井君はただ静かに瞳を閉じた。

 安藤君は表情を歪めながら腕を組んで静かに氷川先輩を見る。

 村沢君は息を吐いてから手を組んで、瞳を閉じた。

 森崎先輩は激しく首を振った後、ぎゅっと両腕を握りしめる。

 清水さんは大きく息を吐き、沈黙。

 長谷部さんは表情を消し、ただ静かに瞳を閉じた。

 高橋さんは痛まし気な表情になってから、息を吐いて氷川先輩を見る。

 そして奥村さんは、一瞬身体を震わせてから、必死過ぎるほど必死に氷川先輩だけを見詰めた。


 私は、息を大きく吐いて腕を強く掴み、氷川先輩をただ静かに見るのみだ。


 それぞれに思いを馳せながら、私達は全員、あの日の事を氷川先輩が話し始めるのを、ただ待ったのである。

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