第3話

 この世界の名はウーニウェルスムという。

 私達が暮らす国の名はアルターリアー王国。

 王都の名前はサチェドーズ。

 それらは全て、蛇神様に教わった。


 一緒に暮らしている仲間の中で男性陣の多数と女性陣の幾人かが

「”ステータスオープン”とか言ってみたかった!」

 だとか

「スキル取得のポイント割り振りとか夢だったのに……」

 だったり

「異世界に来たのに聖女じゃないんだ……」

 と言っていたのは知っている。


 どうやら皆、様々に異世界に夢を抱いていたらしい。


 この世界にはゲーム的なレベルアップシステムがある訳ではない。

 いわゆるRPGの様なスキルにレベルという存在もないので、レベルが上がったから新しいスキル取得だとか、スキルやステータスにポイントを割り振るだとかはまったくないのだ。


 ――――魔法はあるのだけれど……



 この国に登録している冒険者や傭兵は有事の際に国の軍に組み込まれる。

 元々冒険者組織という物を立ち上げたのがこの国であり、本部もこの国にあるのだ。

 戦場で手柄を立てれば、この国の騎士や精霊闘士に取り立てて貰える為、皆必死になるらしい。


 精霊闘士は特別な上級学校を卒業して成るのが一般的だ。

 とても優秀なら入学費用を含め全てが免除になり、その上で生活費が支給されるという。

 金銭的にそう余裕が無い場合、初級学校だけで上級学校に通わず、冒険者や傭兵向けの、働きつつ通える学校に行く冒険者や傭兵も多いらしい。


 私達はその士官学校に該当する特別な上級学校を卒業したが、士官すれば自由が制限されるから、まだ不安定な精神状態の皆の為に少しの間士官しないと皆で決めたのだ。

 卒業したらいつでも士官は可能故の判断だった。


 私達が入学した学校は国でも一番の名門で、卒業すれば士官や官僚になれるし出世間違いなしという所だ。

 上位の精霊の力を使える人間で、尚且つ精霊の最低ラインが中級以上の人しか入学出来ないという入学制限があったりする。

 つまり、上位精霊の力が使えても、下位精霊の力が一つでも混じれば入学出来なくなってしまうのだ。

 例外として、特殊な力を持っている場合や神の加護を受けた人間も入学が許可される、とても特別な学校だったらしい。


 幸い、この国の言葉を話したり読んだり書いたりは、蛇神様が出来るようにしてくれた。


 もっとも、八人以外の魔力が無い者は、この国の言葉を一から学ばなければならなかったが。

 それがとても申し訳なかったと思っている。

 ズルした様で、とても心苦しいのが今でもついて回っている状態だ。


 蛇神様は魔力のない人間には力を付与出来ない。

 守ったり、攻撃したりは出来ても、特別に加護を与えるという様な事は出来ないのだという。


 この世界には魔力のない人間は居ない為、蛇神様としてもどうしようもないらしい。

 魔力を与えるという事は、最高神しかこの世界では出来ないのだから。



 日暮れ前に王都に到着し、そびえ立つ巨大な正門を潜る。

 立派だといつも見惚れてしまう。

 他の村や町と見比べると、簡素な祠と豪奢で立派な神殿とでもいう感じで、いかにこの王都がとてつもなく巨大で作りも見事なのかが分かる。


 遠くには、神秘的な山脈を背景に黄金に光輝く見事で広大な王城と、高くそびえる灯台が見えるのもいつもの事だが、やはり目を奪われるのもいつもの事だ。


 この国のメイン通りの、馬車が引っ切り無しに行きかう凄く騒がしい石畳のとても広い大通りを進み、一際立派な石造りの建物の駐車スペースに馬車を留める。

 この建物がこの国の冒険者ギルド本部にして、世界中の冒険者ギルドの大元締めであり、傭兵斡旋所だ。


 噴水のある広場に面していて、周辺には公共施設が立ち並ぶ一等地である。


 今日の戦利品を容れたリュックサック型のアルカを氷川先輩と日向先輩、藤原君が運び、皆も馬車から降りた。

 玻璃も当然のように付いて来る。

 危ないから私の肩に乗ってもらうのも常通り。


 早く着いたから駐車スペースがあって助かったと息を吐く。

 混んでいても、氷川先輩達や藤原君は顔パスで留まれるので、凄いなとそれを視る度に思ってしまう。

 ただそれでも、何となく顔パスは居心地が悪い気が個人的にして、空いていて良かったと思ってしまうのも常だ。


 冒険者ギルドへと吸い込まれる人達は切れ目がない様に見える。

 相変わらず人が多い。

 賑わっているともいえるが、私は人目を引くのは苦手だ。

 顔を下にして、フードを深くかぶりながら私は建物の中へと足を進めた。


 そんな私を庇うように、氷川先輩と藤原君が私を挟んで歩く。

 背の高い二人に挟まれれば、私は人から見えにくくなった。


 私はさり気なく気遣ってくれる二人に、いつも感謝している。



「これで、曲角兎の角、六本だ」


 藤原君が、冒険者ギルドの沢山ある依頼確認の受付窓口の一つに、依頼書の書き込まれた冒険者証明証の指輪と一緒に、予め分けておいた曲角兎の角を提出する。

 依頼書は冒険者証明証である指輪の中の魔石を加工した魔道具に記載され、指輪をかざすだけで確認できるのが、個人的に魔法も凄いなと思っている所の一つだ。


 依頼書は冒険者ギルドの掲示板に貼ってあるので、それを受付窓口に持っていき、指輪に登録する事で依頼を受領した事になるのだ。

 また、受付窓口に依頼書無しに行って何か希望を言えば、検索して紹介してまらえたりもするので、面倒な人は直接受付窓口に行くのも常だった。

 ランクの高い人は受付窓口に直接行くと、掲示板に載っていない様な高難度だったり高報酬の物を紹介してくれたりするので、ランクの高い人ほど掲示板は見なかったりするのである。

 受付窓口に依頼の達成状況を報告し、確認が取れたら依頼達成の報酬がもらえるのだ。


 虚偽の報告をすると厳罰があるし、確認作業もどうやら神様が関係するとかで厳密だし、嘘を言うだけ無駄で損だから、あえて行う人は余りいない。

 罰はかなり怖い物であるのも手伝い、冒険者のルールを破るのはリスクが高すぎるので、普通はまずしないのである。


 冒険者ギルドでは冒険者証明証の指輪をかざせば魔力の補填が出来るから、冒険者ギルドには必然的に足を運ぶことになるのだ。

 そうして魔力を補充しなければ魔力切れを起こしてしまい、そういう指輪は無効になってしまうからというのも理由の一つだ。

 冒険者ギルドに足を運ぶ一番の理由は、勿論依頼を視に、だとは思うが、魔力の補填も大事だろうなとは思っている。


 いざという時に魔道具の魔力を補填出来るように、魔石の予備を持ち歩くのは冒険者なら必須のことだ。

 尤も、冒険者証明証の指輪は魔力の容量が凄いから、滅多に魔力切れには成ったりしないのだが。


 冒険者証明証である指輪は本人の魔力を指輪に登録するから、他人には使えないのも始めは驚いたものだ。

 しかも色によってランク分けされている。

 一応の基準だから、そのランク以上の仕事は受けられない訳ではないが、失敗するとペナルティーが科されるから、自分の実力を良く把握しなくてはならないのだ。


 受付の中年だろうかという年齢の女性が確認し、目を見開いた。


「はい、間違いなく。一日で達成ですか……これが依頼料になります。規定日数より五日早かったので、ボーナスが付きます。ご確認下さい」


 私が手早く確認し、藤原君に頷く。


「確かに」


 藤原君が報酬用の財布に貨幣をいれる。

 曲角兎を狩るのはある意味初心者向けだから簡単だったというのもあるが、規定料金にプラスになったのは喜んでおこう。


 別の受付窓口では、先輩達の持ち込んだ大量のオークの皮やら、一つ目熊の皮等の買い取りで大忙しだ。


 冒険者ギルドは相変わらず賑わっている。

 予定より早かったから、一番混む時間帯は避ける事が出来たのは嬉しい。

 夕方になると戻ってきた冒険者でごった返すのだ。


 依頼達成窓口は、まだ列が短くて助かった。

 私達の場合は、思ったより依頼料の受け渡しが早く終わったのは素直に嬉しい。

 先輩達が中々終わらないのは、獲物が多すぎるからだろう。


 別の買取窓口で色々売り、皆で一息つきながら先輩達を待つ。

 改めてこの建物内を見回すと、この国は本当に冒険者が多いと体感的に思う。


 この国では、冒険者は他国にまで派遣する。

 それだけ優秀な人が多い。


 世界中にある冒険者ギルドの総本部があるのもこの国なのは納得と言える。

 社会保障が優れている上にインフラや治安も申し分ないから、優秀な冒険者が最後に選ぶのはこの国だというのも肯いてしまうくらい。



 通常は上の階の執務室にいるのに受付にわざわざ出てきたのは、年はとっても立派な体格に凄く高い身長の白髪交じりの厳つい顔な、この国のギルド長のゼニスさんで、彼は嬉しそうに目を細めつつ、毒づく。


「流石に仕事が早い。オークは他種族の女を攫って繁殖するからな。早めに潰すのが鉄則だ。調査した限りじゃこの巣はでかかったからな。村の自警団じゃ手を焼きかねなかった。だが予定よりだいぶ多かったんだな。だってぇのに仕事が早いのは流石だ。それにしても一つ目熊なんぞもうこの国にはいなかったはずだがな。どうなってやがる」


 ゼニスさんは顔をしかめつつ続ける。


「オークを始めとした魔物類はもう絶滅って聞いていたが、ここ何年か遭遇した話がひっきりなしだ。一つ目熊といい、オークといい、全く異常続きで頭が痛い、と言えばいいのか、嬉しい悲鳴でも上げりゃいいのか」


「一つ目熊は突然現れましたよ。オークも突然湧いたそうです。誰かが仕組んでいるかもしれませんね」


 氷川先輩が小声でギルド長に話す。


 顔を顰めながら、それだけで事態を察したらしいギルド長は


「上に、報告しておこう」


「お願いします」


 氷川先輩がそう返すと、ギルド長は今度は上機嫌に相好を崩した。


「で、お前ら、闘技大会には出場するのか?」


「闘技大会?」


 日向先輩が不思議そうに訊き返す。


「何だ、知らないのか」


 溜め息交じりにそう言って、ギルド長が説明してくれた。



 何年も前から世界中で天候不順と大規模災害が続いているという。

 この国では天候は精霊の力を使いあまり乱れてはいないが、他国ではそうもいかず、大規模な冷害や干ばつ、地震に津波等に加え、疫病まで流行りで相当深刻で大規模な飢饉が起きているという。

 そのせいで小競り合いが多数発生し、戦争にまで発展する事もあり、飢饉と合わさって難民が沢山出ているらしい。


 この国も大量に難民が流れ込んで来て治安が悪化していて困っているのだとか。

 難民は疫病を持ち込みかねないから大変迷惑してもいるという。


 幸いこの国は神の加護も精霊の加護も厚いらしく、天災や疫病は発生しないというが、治安の悪化は深刻で、頭を痛めているという話は私も聞いていた。


 その上、この頃魔物や魔獣が凄まじく増えているという。

 だから害獣駆除の依頼が多いのだ。

 そして魔物や魔獣が加速度的に増えた影響で、普通の獣の数がかなり減っているとか。


 つまりここ数年、世界中で天候不順と大規模な天災による大飢饉、戦争や強力な魔物や魔獣が激増し、世情が大層不安定らしい。

 そこで戦意高揚と戦力確認と戦力増強、国民の憂さ晴らしも兼ねて、闘技大会を開く事になったという。

 約五年に一度闘技大会は開かれていたから、丁度良い時期だったとか。


 この国の闘技大会は有名で、他国の猛者も出場するという。

 なるべく殺さずに勝つのがルールらしい。

 わざと殺すようなら失格もあり得るとか。

 だから、殺さずに勝つのが重要らしい。


 戦力の確認と補強でもあるので、殺すのは嫌われるからだそうだ。


 優勝すれば貴族に取り立てられ、莫大な優勝賞金と副賞として領地も与えられる。

 その上この国でしか採掘されず、加工技術もこの国しかないという特別な金属で武器を作ってもらえるという。


 六位まで入賞しても騎士に取り立てられ、領地ももらえるそうだ。

 騎士とは言っても、准男爵家、士爵家があって、士爵家には最高位、上位、中位、下位の区分があると言うし、階級とは別に職業名だったりもする。

 彼等も特別な金属で武器を作成してもらえるが、優勝者には最高の鍛冶師が作るという。


 十六位までなら入賞で精霊闘士に取り立てられるという話だ。

 それ以外も、戦い方や技術、強さ次第では国に取り立てられるらしい。


 この国で貴族に成る機会は戦場で凄まじいい武勲を立てるか、何らかの誰も文句の言えない功績を上げるか、闘技大会しかないらしい。

 国は優秀ならとりたてはするが、貴族に成るのは容易ではないという。

 身分の区分けもしっかりしているから、それを超えての結婚は難しいとも聞いた。


 だから貴族に成れるこの武闘大会は、出場者の熱意自体が段違いなのだとか。 


 国の推薦や、貴族の推薦、冒険者ギルドの推薦があったり有名だと、早く対戦しないよう配慮されるし、予選も免除される。

 本選に出場できれば報奨金が出るという。


 大規模な市や祭りも行い、そのメインが闘技大会。

 闘技大会では賭けが行われ、優勝者から十六位入賞までを当てるか、それぞれ単勝でも当たれば賞金が出るという。

 連番で全部当てると一生遊べる財産を築けると、楽しそうにゼニスさんに説明された。


 闘技大会は約二ヶ月後だと言う話だ。

 収穫祭の一環でもあり、建国祭のある春と併せて大規模な祭だという。

 大規模で約五年に一度の闘技大会以外の、武技大会というものは収穫祭に合わせて毎年開かれているというのだが、優勝者への扱いは闘技大会とは違うらしい。

 規模も違うし、勝負の方法も違うというのだから、そうなるのだろう。

 あえて武技大会に出る人もいるらしいので、それは人それぞれなのかな。


 闘技大会の開催は九月の終わり頃か。

 こちらの国は、それ程夏はジメジメせず気持ちが良い季節なのだ。

 ジメジメっという程ではないが適度に雨も沢山降るから、農作物には良い環境らしい。

 秋も心地良いばかりだから観戦にもいいだろうと、私はのほほんと思っていた。


 だが、ハタと気が付く。

 今年の夏は去年とは段違いに涼しいのだ。

 夏だと言うのに夜は上着が要るほどに。

 この温暖な国は秋はすごしやすいのだが、今年はどうなのだろうと、ふと不安になる。

 蛇神様に言わせると、かなり遠方の火山が複数大規模噴火したからだという。


 色々思考がそれたが、私には闘技大会については出場する気はまるでない。

 何せ、自分の弱さは自覚しているのだ。


「出場しろ。推薦状は書いてやるから、お前ら同士じゃ入賞するまで当たらねえよ」


 そう言って、ギルド長は頻りに出場を進める。

 氷川先輩達なら、相当良いところまでいけそうだが……

 そう思って私が氷川先輩を見ると、先輩と目が合った。

 どうしたのだろう?


 氷川先輩は何か考え込んでいるようで、私は話しかけるの躊躇してしまう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る