第2話
一つ目熊は、立ち上がると七メートルはあろうかという、腕も足も太く、鋭い爪と牙を持っていて、強力で大きな熊型の魔獣だ。
その上、風の魔法も使う、強敵。
……なのだが――――
私以外の皆の敵ではないらしい。
まず、一人一人に藤原君がシールドをあっという間に張る。
それこそ瞬きも終わらぬ間だ。
彼は、ほぼどんなものも防ぐ盾を作れる。
その盾は球体状にも出来て、三百六十度覆う事が可能な上、彼からある程度離れた人や地点にも張れるという優れものだ。
藤原君は一つ目熊を仰向けにし、シールドで押さえつけつつ、心臓を剣で刺し貫いた。
日向先輩はなるべく獲物を傷つけない様に、空に炎を縒り集め、引き絞り、貫通力を高め、放つ。
すると、分厚い一つ目熊の体を貫き、心臓を穿ち絶命させた。
彼は火の高位精霊の力を使えるのである。
それ以外にも複数の上位精霊の力が使えるという凄い人だ。
中村先輩が縒り集めた水は、軽く一つ目熊の心臓だけをピンポイントで潰した様だ。
彼女の腕には青い美しい小さな蛇が巻き付いている。
この蛇は蛇神様で、水と空を飛ぶモノを司り、司るモノに限るが、魔獣だろうともソキウス化し、天馬や鷲獅子、鷲馬等を召喚、使役できる。
召喚したモノには騎乗も可能で、お互いが気にいればずっと一緒にいる事も可能だし、同じ個体を呼び出す事も可能という、さすが神様、といった存在だ。
中村先輩は蛇神様の巫女で、蛇神様の力を借りれる。
蛇神様は色々制限があり、万全に力が使える訳ではないが凄いのだ。
鈴木君はゴーレムを作りだし、一つ目熊を抑え込む。
鈴木君は土の精霊の力を使い、金属で出来たようなゴーレムや人形、こちらではドールというのだが、それ等を作れる。
滑らかで、動きもそう遅くはない優秀なゴーレムやドールだ。
鈴木君はゴーレム系とドール系、ホムンクルス系、レプリカント系の作成と操作しか魔法は使えないのだが、鈴木君の創る物はどれも性能がとても優れているという。
だからあまり役に立たない私より、ずっと凄いのだ。
設楽君が風で風を相殺し、その上で一つ目熊の四肢を拘束し磔にする。
設楽君は緑、闇、光と、氷、風と地の上位精霊と、水の中位精霊の力を使える。
下位の下といった位の風の魔法しか使えない一つ目熊では、相手にならないのも通りだ。
抑え込まれたり、磔状態の一つ目熊を、魁じゃなかった氷川先輩が、目にも留まらぬ速さで止めを刺していく。
磔にされていない一つ目熊の攻撃も悠々と避け、軽い調子で、心臓を串刺しにしていった。
一つ目熊は氷川先輩の動きにまるでついて行けない。
私も目で追えない程のスピードで、いつも驚いている。
氷川先輩の能力からしてみれば、別に心臓を突きさす必要はない。
どこでも良いのだ。
斬りつければ相手は死ぬか破壊される。
それをどちらにするかは氷川先輩の任意なのだ。
そして斬りつけても死なせないように、破壊しないようにも出来るのである。
これは私と氷川先輩しか知らない秘密だ。
氷川先輩が他の人には言うなと言うから、約束を守っている。
玻璃は戦闘中はいつも私の肩に乗って警戒してくれているから、本当に助かるのだ。
尤も藤原君のシールドの中はとても安全なので、玻璃の出番はない場合が多い。
ただ、あの一つ目熊をソキウスに出来たかもしれないと思い私が暗くなっていたら、玻璃曰くアレ等は無理、と教えてくれたのだけれど、それでも命を奪うのはやはり嫌だと思ってしまう。
魔石類を得る事が生活の糧になっているし、ソキウスにしたとても、契約結晶の値段より魔石類の方が高い場合も多い等難しいのが現状なのだが……
私のクロスボウで攻撃をしようと思えば出来る。
攻撃の威力は調整次第で何とかなるのだが、肝心の攻撃しようという意志が、私には乏しいのが問題なのだ。
それに加え、今の状況で私が攻撃するだけ足手纏いになりかねないので、傍観するしかないのも非常に心苦しい。
出来ればクロスボウで攻撃するよりもソキウスにしたいと思ってしまうから、攻撃の手が鈍ってしまうのはいつもの事で、それが本当に申し訳なく思っている。
この思考がいつか仲間を危険に巻き込むのではないかと、それが一番恐ろしい。
この私のクロスボウは、魔石類が組み込まれている、私には勿体ない位の優れものなのだ。
一度射つと、弦を魔石類由来の魔法で自動的に引いてくれるのである。
かなり強い特殊な弦だから、私が自力で引くのは不可能で、この機能は本当にありがたい。
難点は高価な事だろうか。
普通のクロスボウよりも威力が出るし、魔石類が組み込まれている分高くなってしまうのである。
それでも普通の矢の段階でも弦を調節したり魔法を纏わせたりで威力の面で色々調整できるのだが、矢が無くなった際には魔石類によるが、魔法の矢が射てるのだから魔石類さえ予備があれば矢を射ち放題な訳で、高価なのも納得だ。
それ程の凄いクロスボウなのだが、私には宝の持ち腐れになっているのは否めない。
殆ど魔法を使わせる暇を与えず、魔力装甲も使わず、五分さえもかからずにすべて仕留め終わり、いつも通り結界を張って一つ目熊を解体していく。
この魔獣は皮と肉、内臓、牙、爪、骨と全身が売れるのだ。
手間暇はかかるがこの熊は高く売れる。
さすが強い魔獣は違う。
そう思考を一生懸命ずらす。
最高位、高上位、高位、上位、中位、下位、低位、初位、微位という区分が魔獣や魔物にされているのだが、更に細かい区分もある。
上の下とか下の中とかあって難しいので、私達は大雑把に十の区分で判断している。
最高位の上には空位というのが一応あるが、伝説級や神話級の代物らしく、遭遇した例は無いとまで言われている。
何故あるのかも謎だが、もしかしたら存在するかもしれず、ちょっと怖かったり。
それでいくと一つ目熊は上位の魔獣だ。
中位以上の魔獣は全身とても高く売れるから大変助かる。
そう、助かるのだ。
全て無駄には成らない。
それが一つ目熊にとって嬉しいかどうかは別として。
魔力装甲が無いと、魔獣を倒す際普通の人は苦労する場合が多いとか。
魔力装甲というのは、装備品や体全体、魔力操作が巧みな者は部分だけや多重掛けも可能という代物だ。
魔力の装甲を纏う事で、攻撃の威力をはね上げたり、防御力をはね上げたりが可能。
更に魔法で魔力装甲に身体強化を重ね掛けも可能で、身体強化での器の強化で魔力装甲の重ね掛けも何重にも可能になる。
魔力装甲はあまり重ね掛けし過ぎると身体も装備品も耐えきれなくなるが、身体強化により、身体の場合通常の状態よりも重ね掛けが可能になるという。
装備品の場合は、装備品強化という魔法もあるので、それで強化した上で魔力装甲を纏うのである。
装備品強化は、装備品に付与された能力等も強化可能という優れものだ。
身体強化も装備品強化も、魔力が強い、魔力操作に長けた者が使えば、強化率は加速度的に高まるという。
一般的に、身体強化や装備品強化より、魔力装甲の方が強化率は圧倒的に上である。
私と玻璃がそれぞれ分担して一気に肉と内臓、血と骨を浄化していく。
皮、牙、爪、角は浄化しない方が効果が高い場合があるから、しないのが決まりだ。
私と玻璃以外は精霊の力を借りなければ浄化は不可能で、ちょっと時間がかかる為、今回はこの面子で浄化を行っている。
浄化は魔石類を取り出すのと同様に、精霊の力を借りる事ができさえすれば使える便利なものだ。
氷川先輩はいざという時の為に浄化の訓練は怠らない方が良いと言い、皆、浄化の訓練は行っているから苦手な訳ではない。
ただ今回は日暮れ前に王都に着きたかったので、私と玻璃が浄化を担当したのだ。
浄化すると、生で肉を食べても食中毒になりにくくなる。
どうも抗菌作用とか色々あるらしく、人畜共通感染症にも罹らなくなるのが良い所だ。
それでも火は通した方が安全だという。
こちらの火は精霊由来の物だから、病原菌に凄く効くのかもしれない。
最悪浄化しなくても、精霊の火で直接焼けば浄化効果もあるとか。
この国の食品は保存する物は大抵浄化してあると聞く。
狩ったり買った場合も、個人で浄化する事も多いらしい。
魔石の上位である上に、大きめの魔晶石と思われる物を八つも得ている。
普通の魔晶石も十個あるのも喜ばしい、と思う事にする。
他に魔石が二十以上。
更に魔晶石の上位である魔水晶も二つ。
大層得した気分だと思う事にした。
どうやら皆上機嫌の様だし、自分だけ暗くなるのは、仲間に悪い。
何せ臨時の高収入である。
嬉しくて当然だ、と自分に言い聞かせる。
そう、それに、澱みに囚われていると苦しいのだという。
だからこの魔獣たちも楽になったのだ、と思い込む。
魔物や魔獣は首を切り離すか、心臓を狙うのが常道だ。
魔石類にもランクがあって、軽く視た感じではこの魔水晶も魔晶石も品質が良い。
つまり魔力にも耐久性にも優れる上質な物だと思う。
この魔獣から採れた魔石も品質が良い様だから、高めに買い取ってもらえるだろう。
魔石類の区分は、魔獣と同じ十に別れているから分かりやすい。
魔晶石は魔晶石で、魔水晶は魔水晶で区分があるが、それも同じ分け方だから簡単だ。
神の加護や精霊の力を借りれる者には見分けが付くし、詳しく調べる装置もあるから助かるのは確かだと思う。
私も何故か見分けることが出来るから、魔石類は区分けが付いて本当にありがたい。
魔石系はいざとなったら貨幣代わりになるし、握る等の様々な処置を施せば魔法が使える人は魔石類の魔力を使用できるから、魔力切れの時の保険にもなる優れものである。
他にも魔道具を動かすのに必要不可欠だったりする。
世界中に満ちるマナから魔力を効率的に取り出し、魔石類に付与できないかという研究もこの国ではされているとか。
魔石類は魔力を保存する性質があるから、空になった魔石類は取り出した魔力の保存先に最適らしい。
現在困っている事は、この頃魔物や魔獣が加速度的に増えていて、魔石類の買取価格が下落している点だろうか。
それでも魔晶石以上なら値段は安定しているのはありがたい。
それより上位の魔水晶は言うに及ばずである。
魔物や魔獣対策にソキウスの需要も増えているらしく、ソキウスの値段が上がっているのは素直に嬉しいと思う。
そう、殺さなくても収入源になるのは、本当に心から喜んでいるのだ。
解体したものを水で冷やしながら、先輩達が持っていたリュックサック型の『アルカ』に入れて幌馬車に積む。
皆も幌馬車に乗るから、思ったより早く王都に着けそうだ。
玻璃も馬車に乗った。
まだ幼いので、馬車の速度に長時間合わせて走るのは難しいからだ。
大体小さい姿の玻璃を馬車と平行させて走らせるのも酷だと思うし、大きな姿では目立つのだから、一緒に乗るのが良いと思う。
この国の馬は我慢強くて利口。
その上大きく頑丈で耐久性に優れ、力も強く足も速いから、軍馬として優秀なのだそう。
そしてこの国の馬は夜目が利いて、肝が座っているとかでとても人気があるが、この大陸以外では産まれないらしい。
街中だと、一頭で四、五十人乗りの馬車等を余裕で軽く引いているくらい力が強く頑強だ。
御者台には日向先輩と設楽君が座るのもいつもの事。
喧嘩っ早い日向先輩を抑えるため、設楽君が隣に乗る。
これが藤原君だと、目立ち過ぎる上に火に油で収集がつかず、中村先輩では同じく火に油。
鈴木君では日向先輩を抑えるのは不可能。
私でも日向先輩は抑えきれない上に、要らぬ注意を引く。
氷川先輩も同じく面倒な事態になる。
何せ、鈴木君以外は全員造作がとてつもなく整っているのだ。
内、二人は異常なレベル。
どうしても人目を引く。
私も人目を惹きやすい容姿ではあると思う。
嫌な事に遭った比重が多すぎる覚えしかなく、全く嬉しくはないが。
交渉事も出来て、フードを被れば何とか人目もある程度許容の範囲、という事で日向先輩と設楽君が御者台に座るのは私達の中で決定事項なのだ。
玻璃は私の膝の上に丸くなる。
いつもの光景だった。
それを微笑ましそうに皆が眺めるのもいつもの光景。
四頭立ての幌馬車に揺られながら、玻璃を撫でつつ、今日は高額の臨時収入があって良かったと私が思いこもうとしていると、
「気配を感じなかった。突然現れた感じだな」
そう、氷川先輩がポツリと呟く。
「転送されて来たようじゃな」
中村先輩の腕に巻き付いいる蛇神様が、冷静にそう返答した。
「転送って、どういう事だよ」
日向先輩が不思議そうに尋ねる。
「言葉通りの意味じゃ。転送させる魔法など、神々と神々の加護を受けた者にしか使えなんだが、誰ぞ使えるようになったようじゃの」
「転送魔法を使える人が魔獣を送り込んだ、という事ですか?」
中村先輩が疑問を呈すると、
「人とは限らぬし。さても異常はこの十年起き続けておるしの。何が起こっても不思議ではないの」
自分達がこの世界に来たのだって異常には違いない。
そう胸の内で呟く。
「そう言えば、オーガもオークもこの辺には数年前までいないと言われていたんだったか。まあ、被害が余り出ていないのは良い事だし、俺たちの仕事があって助かる」
藤原君が感慨深げに言っている。
この国の王都近郊は、治安も良く、危険な魔物や魔獣は私達がこの世界に来るまでは存在しなかったという。
それがこうも頻繁に現れるようになったのは、私達からすれば稼ぎになるが、住民にしてみれば脅威だろう。
それに、まるで自分達が魔物や魔獣を呼びこんだように感じて、私は心配している。
とはいえこの国に住む住人達は揃いも揃って身体能力はおろか魔力も強い、他の国にしてみれば異常な連中、という認識なのだそう。
牛類の魔獣多数や猪類の魔獣多数なら問題もなく簡単に狩れるが、面倒なので冒険者ギルドに依頼するのだという。
オークの巣は、村の自警団が一切被害を出さずに、全く問題なく討伐した、等という話には事欠かない。
主に傭兵の派遣、彼等の様な戦闘職の使う武具の作成。
それから魔石の加工、魔道具の制作で成り立つ国である。
勿論、広大で豊かな国土だから、農産物や、特殊な物を含め鉱物も豊富だ。
王族の血筋と貴族の血筋、個人の強さに著しい執着と価値を見出す国であり、強く優秀であれば人格の審査は行われるが経歴不問で取り立てて貰える上、社会保障もしっかりしているから常に優秀な人材の集まる国でもある。
人格の審査には神々や精霊も関わるとかで、しっかりされるから安心なのだとか。
この国に落とされたのは私達にとって幸運だったといえるだろう。
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