第4話

「そういや、一つ目熊で何か装備でも整えるか?」


 ギルド長が話を変えて訊いてきた。

 一つ目熊の装備品も、かなりの高価で上等な品になる。

 これだけの数があれば、全員分賄えた上に余りを結構売れそうだ。

 今装備しているオーガの物とどっちが上かは悩ましい所かな。



 一つ目熊の皮は風の魔法や風属性一般にある程度耐性が付くし、頑丈なのが魅力。

 オーガの皮は耐久力と頑丈さが一つ目熊以上で、かなりの上位の品。

 予備で持っていても良さそうな気がするのだが……


「いえ、この前、三つ目石化大蜥蜴で装備を発注しましたから、必要はないです」


 氷川先輩が答える。

 ギルド長は思い出すように、白いものが混じった顎鬚を撫でながら、


「ああ、そうだったな。しかし、三つ目石化大蜥蜴は出現がすげえ稀な上、将軍閣下や高位の神官でも、一人では群れだと狩るのが面倒っていう化け物だぜ。よくまあ狩れたよな。しかも獲物に殆ど損傷無しで三体もとか。しかも二体はソキウスにしたんだったか。まったく、一体出るのも凄まじく稀なはずが五体も出るだとか、何事だって話だが」


「仲間が優秀なんですよ」


 氷川先輩はそう言うが、私の個人的な感想だが氷川先輩一人で問題なかったと思う。

 突然国境線近くで、二十頭を超える石化大蜥蜴の群れに襲われた時は本当に背筋が凍り付いたし肝も冷やしたが、終わってみればそう困難ではなかった様に見えた。

 勿論私は戦力外だから、端で見ていた勝手な感想ではあるのだが。



 石化大蜥蜴は、その名の通り巨大な蜥蜴のような魔獣だ。

 私の認識では、前居た世界の伝説の獣が羅列されている本に載っていたバジリスクといった所だろう。

 左右に一つずつ、額に一つの合計三つの瞳を持ち、他の個体より大きいのが三つ目大石化蜥蜴。

 普通の石化大蜥蜴は左右に一つづつの眼しかないので分かりやすい。



 普通の石化大蜥蜴でも肉、内臓、皮、牙、爪、骨と全身が売れる上に、魔結晶という、目の玉が飛び出るほどの高値で売れる物が採れる。

 魔結晶は、売ればこの国の庶民が慎ましく生活するのなら、十年は働かずに済む代物だ。

 石化大蜥蜴を一人で一体倒せば、二、三十年位は働かなくても良いかもしれない。

 尤も、昔は石化大蜥蜴も早々お目に掛かれる魔獣じゃなかったらしい上に、倒すのも相当の腕が要るという難敵なのだが、現在は遭遇例が増えていて、嬉しがっていいのか恐怖を感じればいいのか悩み処らしい。



 魔結晶は魔水晶より魔力量が桁違いに多い、魔力を大量に溜めこんだ石だ。

 自力で世界に満ちる魔素を集めるとかで、魔力切れを起こさず、半永久的に使えるため人気だが、入手は大変だ。

 普通は、魔石や魔晶石、魔水晶から土や空の精霊の力を使って魔結晶を創りだすという方法が取られるのだが、天然の魔結晶の方が様々な面で優秀だから、とても富裕層に人気があり、結果的に高価になってしまっている。



 三つ目大石化蜥蜴は、石化大蜥蜴を率いる王だと言われていて、本当に滅多に出現しないらしい。

 単体でも恐ろしく強いという。

 何せ、視線だけで相手を石化させる難敵が石化蜥蜴なのだが、この三つ目大石化蜥蜴は石化の範囲もスピードも普通の石化大蜥蜴の三倍なのだ。

 その上、三つ目大石化蜥蜴は毒の息まで吐く。

 普通の石化大蜥蜴が石化だけなのに、さらに毒にも注意しなければならず、危険で手間がかかるのである。

 星結晶という、魔結晶の上位の桁外れに凄まじい魔石が採れるのが救いだろうか。



 星結晶は品質次第で下手をしたら国の国宝クラスの一品だ。

 それはもう値段がつけられないと言われている、恐ろしい代物である。

 詳しくは私は知らないが、聞いただけで怖いと思ってしまうのは根が庶民故だろう。



 ただの石化大蜥蜴も身体はとても固く、通常の刃物では傷一つつかないという。

 そして普通の石化大蜥蜴でも大きい。

 全長十メートル強はあるだろう。

 体高は三メートル以上あるのが普通だとか。



 三つ目の奴は通常の石化大蜥蜴の三倍は固いと言われているらしい。

 身体の大きさは普通の石化大蜥蜴の三倍は優にあるというのにである。

 そして中々素早い、すこぶる厄介な奴なのだ。

 それが五体である。



 本当に怖かった。

 皆を失ってしまうのではないかと、気が気ではなかったのだ。



 実際、普通のよりは固かったそうだが、氷川先輩は軽く心臓を貫いていた。



 私はどうやっているのか良くわからなかったけれど。

 氷川先輩もあまり説明しなかったのもある。

 どうも感覚でやっているから、上手く説明出来ないらしい。

 彼の様に雷の精霊の力を使えるのは希少だと言われている。

 石化大蜥蜴を倒したのは雷の精霊の力によるものだとは氷川先輩に聞いてはいるが、それを抜きにしても凄いと純粋に思う。



 石化や毒は、藤原君のシールドを介せば問題なく無効化出来たのも大きかったのだろう。



 藤原君の特殊能力であるシールドの凄いところは、シールド内にいる人がシールドの外に攻撃可能な点だろう。

 斬撃も矢も魔法も使いたい放題なのだ。

 それも安全なシールドの中から。



 それにシールドは任意の場所に自在に大きさも強さも重ね掛けも調節出来る優れもの。



 手や足だけにシールドを張って、ナックル代わりに藤原君は使ったりもしている。

 当然の事ながら、自在に大きさを変えられるので、細く尖らせて、穿つ事も可能なのだ。



 石化大蜥蜴の石化は生き物にしか効かないのだが、周囲の木や草が石化していたので、私が力を使うとあっという間に元に戻った。

 私の力は石化や毒ガス、酸にも有効で、無害化出来る。



 戦闘力がほとんどない私だが、治癒能力でケガと病を治せる上、解毒能力、浄化能力と、任意の相手の様々持っている力を上げたり下げたり出来る能力があり、後方支援で欠かせないらしい。

 私としては巫女の中村先輩の方がカバー範囲が広い気はしているのだが、蛇神様曰く、攻撃力と防御力に加え、相手の様々な能力を下げたり、こちらの能力を上げたり以外では私の方が上、との事。

 任意の相手の諸々を下げたり上げたりの能力以外は中村先輩の力よりも上、と言われても、実感はあまりなく、過大評価されている様で非常に居た堪れない。



 ソキウスも私は割と簡単に作れるので副業になっている、と思いたい。

 そのため仕事に連れていってもらえるが、藤原君とセットにされて、戦闘は見学しているのが常。



 何の役にも立っていないと、私はいつも落ち込んでいるのだ。

 皆怪我もしないから、本当に役立たずである。



 でも、怪我はしない方が良いし、私は役立たずなのが皆には良い事だとも思ってもいる。

 それでも心苦しいといつも感じてしまうのは止められない。



 玻璃の炎は、石化大蜥蜴の皮膚や肉は損傷させず、心臓だけを焼いていた。

 玻璃の使う光も、石化大蜥蜴の皮膚も肉も傷つけずに心臓だけを黒焦げにしていたのだ。

 氷川先輩も日向先輩も藤原君もそういう風な使い方がしたいと言っていて、どこまで強くなる気だと私は目を瞠ってしまった。



 蛇神様は、大精霊以上の力が使えなければ無理とおっしゃり、とても満足げで楽しそうだったのを思い出す。

 蛇神様はこの皆が大好きらしいのだ。



 大精霊は複数の国々を簡単に滅ぼしてしまう力を持っているという。

 その力を扱える者は滅多にいないらしい。

 高位の精霊の力を使える者もあまりいないのだから、当然だろう。

 とはいえ、この国では他の国に比べて多いのだから凄いと思う。




 私が意識を過去から戻ってきた時、熟考していた氷川先輩が意を決したようにギルド長を見つめて告げる。


「私と、日向、藤原が闘技大会に出ます」


 驚いた顔の日向先輩と藤原君。

 だが、拒絶の意志はないらしい。

 出場予定者に名前を呼ばれなかった私達の方がびっくりしていた。

 何せ突然の事だ。

 闘技大会の話も出場の話も。



 ギルド長はそれは嬉しそうに相好を崩しながら


「そうか、そうか。こりゃ楽しみだな。推薦状は任せておけ。申請しておくから、手続きは気にするな。こちらで全部しておく。当日に、ギルドで参加証を受け取ってくれれば良い」


 そう言って上機嫌に私達を送り出した。

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