第27話

 氷川先輩を見送り、マーサさんにエリックの分は神殿へ持って行く旨を伝え終わった後、私は今日は店には出ずにエリックが迎えに来たら即座に出る様に言われている。

 マーサさんは快く許してくれたから、この店付きのブラウニーにもお願いしておこうと声をかける。


「あのね、私、当分来れないと思うの。だからその分大変だと思うけれど、よろしくお願いします」


 ちょこまかと動き回っている妖精さんに頭を下げる。

 妖精さんは、ぺこんと肯き、またちょこちょこと動き出した。

 たぶん、これで大丈夫、だと思う。


「中村先輩、ブラウニーに毎朝の蜂蜜入りホットミルク、お願いしますね」


 先輩が戻ってきたタイミングでお願いしておく。

 ミルクを忘れたからと言って直ぐにいなくなる訳ではないが、妖精さんのモチベーションは下がるし、折角手伝ってくれているのになにもお礼なしというのは有り得ないと思う。

 私がミルク係だったのだから、いない間の事を頼まなくては。


「了解。カップは、ああ、ここね。ええ、大丈夫よ。任せて」


 中村先輩はトンと自分の胸を叩き、にっこりと笑う。


「それにしても本当に早急に決まったわね。蛇神様、私はここで留守番で大丈夫ですか?」


 蛇神様に中村先輩が訊ねると、蛇神様は思案顔。


「うむ、そうじゃな。神殿に居た方が良い気はするが、店がなあ」


 そんな蛇神様と中村先輩の重い空気に、軽やかに割って入るマーサさん。


「ご心配には及びません。ブラウニーもおりますし、大丈夫でしょう。サツキ、蛇神様とエリック殿下のお手伝い、頼みますよ」


 マーサさんの言葉に、中村先輩は困惑顔。


「あの、本当に大丈夫ですか? 時間的にお昼の営業時間に影響してしまうと思うのですが……」


 マーサさんは笑顔で答える。


「大丈夫、大丈夫。今日一日ぐらいなら私とブラウニーで何とかなるわ。夜は手伝ってもらえたら助かるけれど」


 そんなマーサさんに蛇神様は頭を下げる。


「すまぬな、マーサ。助かる。夜までには終わると思う故、夜にはサツキも手伝えるはず」


 マーサさんは慌てて頭を下げる。


「そんな! 私にそのようなお言葉、勿体のうございます! 私の方は大丈夫ですから、エリック殿下とルナ、サツキをよろしくお願い致します」


 中村先輩と私もマーサさんの言葉に恐縮しきり。


「あの、マーサさん、頑張ってきますから!」


 私が言えば、中村先輩も肯いて口を開く、。


「ええ、頑張ってきます。夜には戻れるそうですし、きちんと店の方も手伝いますから!」


 そんな会話をしていたら、氷川先輩が皆を連れて現れた。


「……取り込み中だったか?」


 心配そうな氷川先輩に、安心してもらえるように微笑みながら言葉を掛ける。


「いえ、大丈夫です。中村先輩にも協力して頂くことになったと話していたところです」


 中村先輩も続く。


「ええ。微力ながら、お手伝いします。ああ、皆来たんですね」


 見渡して肯く中村先輩。

 私も全員を確認。

 店の奥の個室へと家に居る皆が集合していた。


「日向達は何故いるのよ?」


 不思議そうな中村先輩の言葉に、日向先輩が溜め息。


「一応、ついて行こうかって思ってよ。家に居るのも何だしな」


 鈴木君は日向先輩に肯きながら苦笑気味。


「ですね。でも日向先輩、折角だから儀式見てみたいとか言ってたじゃないですか」


 それを聞いた日向先輩の額に怒りマーク。


「本当に、お前は、一言多い! 俺はだな、心配してるってのもあるんだよ! 好奇心だけじゃないからな!!」


 そう言いながら、鈴木君の首を腕で締め上げている。


「ギブですって!! 自分が恥ずかしいから言葉を濁したのをちゃんと言わせてあげたんじゃないですか! ってか背が高いから卑怯です、卑怯!!」


 鈴木君の熱烈な抗議に、氷川先輩が呆れ顔。


「お前たち、落ち着け。要するに、日向も鈴木も、皆が心配で付いてきたという事だろう?」


 藤原君と設楽君はすぐさま肯いた。


「俺達もそうだな」


「そうですね。やっぱり心配ですし」


 そんな言葉を聞いていた笹原君が不安そうに口を開く。


「え、何、危険とか有るのか、改宗に!?」


 その言葉を聞いた蛇神様は落ち着いた声で安心させる様に優しい声を出した。


「案ずるな。危険は無い。ただ神々に奏上し、承認を受けるだけじゃ。それにちょっと付け足すだけ故、問題は無い」


 村沢君は、笹原君の肩を叩きながら笑みを浮かべる。


「心配し過ぎ。最悪の想像をしておくのも大事だけどさ、世の中、それの斜め上とか有るから考えるだけ無駄だって。実際俺等、異世界に跳ばされるなんて訳の分からない事態だろ。それでも覚悟はしておけば、まあ、大抵なんとかなるって」


 村沢君に、安藤君が重く溜め息。


「覚悟は大事だと言うのは分かるが、考えるだけ無駄ってのはどうなんだと思わないでもない」


 酒井君は、安藤君に苦笑しつつ笑みを見せる。


「つまりはさ、何があっても臨機応変にって事じゃないのか?」


 酒井君の言葉に、村沢君は嬉しそうに肯く。


「そう言う事。覚悟が決まれば、頭も回って良い考えも浮かぶしな」


 清水さんは納得顔。


「確かにね。覚悟を決めて臨機応変に対応したら、出来ない事も無さそうね」


 奥村さんは不満そうに口を尖らせた。


「でも、運って大事だと思うけど。それがなくちゃ、どれだけ考えても無駄よ」


 長谷部さんは奥村さんに同意する。


「そうよね。どう準備したって、運が悪ければ全てご破算だもの」


 森崎先輩も肯く。


「まったくだわ。どれだけ望んでも、叶わない事だってあるわよ。運は何より大事だわ」


 高橋さんは宥める様に皆を見渡し、強張った笑みを浮かべる。


「そうだね、運も大事だね。だけど、運が回って来た時に受け止められるように準備も大事だと思うよ」


 藤原君と鈴木君が高橋さんに肯く。


「そうだな。運も大事だろうが、準備をしていなければその運を取り逃がすだけだ」


「だね。突然落ちて来た果実は、準備せずに受け止められる人なんて凄く少数だろし。受け止められなきゃ、果実は地面に落ちてお終いだしね」


 氷川先輩や日向先輩、中村先輩まで肯いているのだが、どこか不満そうな森崎先輩や奥村さんを視ていると、私も賛同しているとは言い難く、思わず下を向いてしまった。

 どうしても居た堪れなくなるのは、気にしすぎと言われてしまえばそれまでだが、やはり気になってしまうから、だろう。

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