第28話
私が下を向いている内に、マーサさんが現れた。
「……どうしたんですか?」
気分を変える為に、極力明るくマーサさんに声をかける。
肩の上の玻璃は頭の上に移動して、帽子の様にクテンと伏せの体制になっているらしいのは感じられる。
「エリック殿下の使者の方がいらっしゃったわ。裏口の方にいらっしゃるから、ルナ、皆を案内してくれる?」
マーサさんの穏やかな声に、ざわついていた私の心も幾分落ち着く。
どうにか微笑んで告げられることに安堵する。
「分かりました。ありがとうございます――――皆、こっちだよ」
私が裏口の方へと案内すると、裏口のドアの前に神官風の衣装の男性が一人。
「オスカー・チェンバレンと申します。オスカーとお呼び下さい。殿下のご意向により、皆様の案内をさせて頂きます」
日向先輩より背が高くて、氷川先輩と同じくらいの身長、かな。
穏やかそうな、優し気な感じの人だ。
ゆったりしたローブを着ているから体型は詳しくは分からないけれど、神官という存在は身体鍛えてる人ばかりらしいから、頑強そうな気がする。
「カイ・ヒカワと申します。よろしくお願いします」
氷川先輩の言葉で、皆でお辞儀した。
「はい、伺っております。皆様のお名前は把握しておりますから、大丈夫ですよ。それでは私に付いてきて下さい」
そう言って踵を返すチェンバレンさん、じゃなかったオスカーさん、で良いのだよね?
彼に氷川先輩を先頭に皆で付いていったら、大型で箱型の、高級そうな馬車が用意されていた。
「こちらの馬車にお乗り下さい」
オスカーさんの言葉に肯き、全員が恐る恐る乗り込んだ。
これだけの人数が一台で済むなんて本当に大きな馬車だと思う。
私達十六人と、オスカーさんを入れて十七人が乗っても余裕がある位だから素直に驚きだ。
勿論、大きな馬車は何度も見た事があるし、乗った事もある。
だが高級そうで大きな箱馬車には乗った事もないし、見た事も無い気がするのだ。
場違いだろう感想を思い描き、思考をそらしているのは否めない。
これからの儀式が、不安で不安でたまらない証拠だろう。
私は自分に自信がまるでないから、私の力は必要だと言われても素直に信じられないのが本音だ。
だというのに私の所為で失敗したら、申し訳なくて堪らない。
けれど皆の為に成るし、成功した場合これで少しでも氷川先輩の負担が軽くなれば……
しかし、と、また逸れていく思考。
そう、九人としか伝えていなかったのに、馬車はそれより収容人数の多い物だった。
エリックは私達全員が行くのを予想していたのだろうか……?
そんな事を考えている内に神殿に到着。
裏口の様だが、それでも巨大で見事な外装に戸惑う。
もしかしてここはこの国で一番大きい大神殿ではなかろうか……?
最も格式があるのは、王の戴冠式をする、王宮にある神殿として最古のアニマ神殿だが、次いで格式高いのは王都にあるシビュラ大神殿なのだ。
最高神であるムンドゥス神を主に、それ以外の様々な神々を祀るのが基本的にこの国の神殿で、アニマ神殿もシビュラ大神殿もその他の神殿も一緒であるらしい。
神殿は地域の名前が付けられていたりが大半だが、大きな神殿や格式のある神殿には、何らかの意味のある名前が付けられるそうだ。
大神殿は確かエリックの管轄だったよねと思い返し、ここで儀式をするのは納得なのだが、ちょっと場所が場所だけに豪華すぎて焦っているのも確かだ。
益々ミスが怖くなってきてちょっと手足が震えだした。
エリックや他の人達に迷惑を掛けている事も本当に申し訳なく、思わず全身が震えそうになるのを懸命に堪える。
オスカーさんに案内され、皆で裏口から神殿内部に入っていく。
思わずキョロキョロと内装を見渡しながら進んでしまう。
柱や壁の彫刻が見事で、見惚れてしまうのだ。
そのおかげでちょっと怖さが軽減されたからだろう、震えは収まる。
一際広く、目を見開くほどの圧巻の豪奢な空間に到着。
「ああ、来たね。待っていたよ」
天上から光の差し込む場所に立ち、背後に三人を控えさせ、豪勢な神官服に身を包んだエリックが声をかけると、オスカーさんは一礼し、そのエリックの脇に控えた。
「エリック殿下、わざわざありがとうございます。よろしくお願い致します」
氷川先輩が声を掛けると、エリックは楽し気に笑っている。
「良いんだよ、気にしなくても。こちらとしても神たる方の願いだから、当然なんだって」
そう声を掛けてから、こちらを見渡すエリック。
「ああ、しかし、やっぱり皆で来たね。何となくそんな気がして、大き目の馬車を用意させて正解だった」
氷川先輩は申し訳なさそうに頭を下げる。
「お気遣いありがとうございます。やはり皆心配だとかで大人数になってしまいました」
エリックは手を振り微笑を浮かべている。
「気にしなくて良いって。皆で動くだろうってのは分かってたから。普通、やっぱり仲間は心配だろうからね」
氷川先輩はより深く頭を下げる。
「本当に、色々とありがとうございます」
エリックはニコッと笑うと中村先輩と私へと視線を移す。
「うん。それじゃ早速始めようか。ルナとサツキはこっちに来て」
その言葉に、私は恐る恐るエリックへと近づく。
震えは何とか止まったが、それでも今にも震えが再発しそうなくらいにはガチガチだった。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だって。ただ、この文を声に出して読むだけ」
エリックはそう言って恐々としている私の頭を撫でてから、紙を優しい手つきで手渡した。
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