第29話

 エリック達以外の私達は、全員身を清める事になったので神殿内の浴場に移動。

 つまりは全身、それこそ髪の毛も聖別し清められた石鹸で洗った後、これまた神様の加護がある温泉に浸かるのである。



 当然男女別だが、更に神官用とそれ以外に分かれている為、私は中村先輩と神官用で身を清める事になった。

 お風呂に入って温まったからか幾分落ち着いた様で、震えが出る事は無かった。



 玻璃は一緒のお風呂でとても楽し気で、乾かすのも他の神官さんがやってくれるものだから、私はとても恐縮してしまいとてもオロオロしていたが、玻璃自身は気持ちよさそうに乾かされていた。



 全身を洗い身を清め、服をこれまた聖別し、清められた神官服に着替えて先程の聖堂に移動。

 玻璃は肩の上にぴしりと立ち、可愛いのに凛々しかったり。

 私達より前に男性陣は既に到着していたし、エリック達ももう私達に会う前に身を清めていたのか、そのまま他の神官達に何か指示をしている。



 聖堂に改めて到着して思ったのは、馥郁たる、何か複雑な香りがして何とも心地良い、という事だった。

 エリックに訊いたらこれまた特別製のブレンド香を焚いているのだとか。



 お香は浄化に必須だし、神様に奉げるには一番の贈り物、だという。



 そんな良い香りに包まれながら、森崎先輩達、私と中村先輩以外の女性陣を待つ間、先程渡された紙を二人で目を皿にして覚え込む作業に没頭。

 とにかくそれに集中した為か、緊張どころではなく助かったと言えば助かった。


「紙を見ながらでも大丈夫だから。リラックス、リラックス」


 エリックはそう言って頭をポンポンとしてくれるのだが、私と中村先輩は手渡された紙を必死に熟読。

 間違う訳にはいかないのだから、二人して一心不乱である。



 そうこうしていたら全員そろった様で、エリックが声を上げる。


「さあ、それでは全員赤ワインを飲んで。お酒が飲めない人は舐めるだけでも良いから、兎に角体内に入れて欲しい。本来は飲めない赤ちゃんなんかも含めて、月桂樹の葉に赤ワインを付けて振り掛けるだけでも良いんだけど、今回は特別だから身体に入れて欲しい」


 その言葉に、氷川先輩が首を傾げた。


「我々儀式に参加しない者もですか?」


 それにエリックは肯く。


「そう。本来、儀式にはお酒なら何でも良いんだけどさ、一応、ワインは神の恵みの血って事になってるから、ワインの中でも赤ワインを使うと効果が高いんだ。だから入信の儀式とかは赤ワインを使うんだけど、今回は特別だから、この場にいる人間は全員身を清めさせたし、赤ワインを体内に入れて欲しいんだよ。いつもの通りの入信の儀式だったら、儀式を受ける人だけに赤ワインを振り掛けるだけで済むんだけど、今回は儀式を執り行う方も赤ワインを飲むのが必須って位、別格な訳。だから直前に全員で飲む必要があるんだ。頼むよ」


 その説明とお願いを聞いて、皆神妙な面持ちで差し出されたグラスの赤ワインを口に含む。

 儀式を執り行うだろう他の神官さんと、エリックも赤ワインを飲んでいた。



 私もグラスを手渡され、一口舐めた。

 お酒は苦手なうえ弱いから、少しだけ。



 口に含むと芳醇な香りと味で、しかも渋み苦みの無いフルーティな味わいに、美味しいと素直に思えるような不思議な赤ワインだった。

 しかし、このグラスも赤ワインも聖別されて清められているのだろうし、それ以外でも特別製なのだろうな、等と考えていたら、またエリックの声がかかる。


「それでは、今度はこのパンね。これも本来ならパン粉にして振り掛けるだけで良いんだけどさ、一欠けらで良いから体内に入れてね。順番が赤ワインと逆だろって言いたそうなシュンに言うけど、神の恵みの血の後は、神の恵みの体であるパンって順番なんだよ。それじゃ、これも全員よろしく」


 全員に一口で食べられるパンが手渡されていく。

 口に早速入れると、こちらのパンには珍しく、ふっくらとしていながらモチモチで柔らかい上に旨味があって甘く、元居た世界の、高級ホテルのロールパンさながらだった。

 これもやっぱり特別製だろう。


「全員食べたね。最後に、これ、この水を一口飲んで。これは普通の儀式だとまず使わないし、使ったとしても月桂樹の葉に付けて振り掛けるだけなんだけど、一応、身体に入れるのが良いかな、と思ってね」


 エリックの言葉を合図に、金属製の持ち手の無いカップに入れられて水が手渡される。


「普通の水とは違うのですか?」


 藤原君の言葉に、エリックは眉根を寄せる。


「当然。アニマ山脈は、この地に我々を導いた神々が降り立った場所だ。だからアニマ山脈は特別で、王宮やアニマ神殿がある訳なんだけど。その神々が降り立った場所に湧く泉の水はね、神々の祝福を受けていて、色々効果があるんだよ。その効果の一つに、飲むと神々と繋がりやすくなるっていうのがあるんだ。つまり、願いが通りやすくなる。だから今回は全員に飲んでもらう訳。あ、玻璃は良いよ。神様や聖獣は下手な事をしない方がより良いんだからね。元々聖なる存在なんだからそのままが一番なんだよ。手を加えたら逆に悪くなる」


 鈴木君が不思議そうに訊ねた。


「何故全員なんです? 神官や、願いを叶えてもらう人だけで良い様な気がしますけど?」


 それにエリックは苦笑した。


「あのね、この場にいる全員を同じ状態にしたいんだよ。それが一番、場が安定するんだ。神殿は全て特殊な力場、というか、神々の力や魔力が集まりやすい場所なんだけど、だからこそ安定させないといけないんだよ。そこら辺の難しい話は今回は置いておいて、兎に角、神に願いを届けるなら、その場の安定が必須って覚えておいて。例外は神々や聖獣。これも必須ね。ただ神々や聖獣が居ると居ないとじゃ成功率が本当に違うから、居て下さって感謝感謝」


 その言葉に不承不承ながら肯いた鈴木君。



 確かに不思議ではあるけれど、そういうものなのだと理解すれば難しい話ではないと思う。

 要は、場が安定すれば願いが聞き届けてもらいやすくなるのだ。

 そして蛇神様や玻璃は居ると成功率が高まる、という事も覚えておこう。



 水を一気に飲み干し気合を入れる事に注視したが、やはりり水も、今まで飲んだ事が無い位飲みやすくて美味しかった。

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