第19話

 蛇神様は皆が言ったお礼を聴いてからちょっと悩みだした。


「どうされたのですか?」


 中村先輩が訊ねると、蛇神様はバツが悪そうに苦笑気味に答える。


「うむ。思い出したというか、今思い付いたのだが、エリックとルナが同時に儀式を執り行うのなら、もしやすると、もしやするぞ」


「意味分かんねえんだけど」


 日向先輩が率直な感想を言ってしまう。


「日向先輩! 素直に言いすぎです! もっと言葉を選ばないと……」


 設楽君が慌てている。


「いや、これ、どう言いつくろっても訳が分からないと思うけど」


 鈴木君は相変わらず冷静に突っ込む。


「どういう事でしょうか?」


 氷川先輩が静かに問う。


「うむ。最高神ならば、魔力の無い者に魔力を与える事も可能、とは以前言ったな。アルターリアー教の信徒に成る際に、最高神の神官として稀有な才を持つエリックと、世界に愛されやすいルナが儀式を執り行えば、最高神にも願いが聞き届けやすくなるはず。その時に魔力の付与をエリックとルナが願えば、皆、運が良ければ魔力を得られるかもしれん。今の世界の状況ならば、多少どころではない無理も通るはず」


 蛇神様の嬉し気な声を聴いて、氷川先輩は難しそうな顔をしつつ更に訊いていた。


「元々無いものを与えるのは、それなりの力のある神ではないと不可能だと以前伺いました。そして無いものを与えるには力ある神々といえど、やはり対価もいると。それに神々は人に関わる事はあまりないとも。付け加えて神々といえども元々無いものを与えた場合、世界に何らかの影響が出かねず、ひいては世界を歪ませ破滅へと導きかねない、そうでしたよね。だとするならば、魔力の無い皆に魔力を与えるための対価とは何でしょうか? そして何故今だと願いを叶えてくれやすいのか、世界への影響はどうなのかも教えて頂けますか?」


 蛇神様は声を潜めつつ、難しそうな様子で答える。


「そう。元々無いものを与えるのは、力が無ければ無理じゃ。そこは最高神故問題は無い。対価も同様じゃ。まあ、本来はいるかもしれんが、今は問題ない。神々は人にはあまり関わらんが、それでも現在の状況では叶えてくれやすいのじゃ。特にエリックの声は届きやすい故、思わず叶えると思うぞ。それに加えルナまで願えば、うっかり叶えるじゃろう。本来はそう上手くは行かぬが、神々とて気に入っている血筋の者の中でも特に気に入っている存在と、世界に何故か愛されやすい存在の二つが揃えば、無理を通して道理が引っ込む可能性が高い。勿論、平時ならば無理じゃ。神々の仕事は世界の安定。それを乱す要素はする事なぞ無い。が、今は異常事態なのじゃ。そこに付け入る隙がある」


 鈴木君が思案顔で口を開いた。


「要約すると、今は異常事態だから、何とかなる、って事ですか?」


 蛇神様は胸を張るかの様に答える。


「そうじゃ」


 それを聞いた笹原君と安藤君が喜びの声を上げる。


「やった! それじゃ、魔法、使えるようになるのか!!」


「よっしゃ!」


 氷川先輩が冷静な声で瞬時に窘める。


「まて、まだ世界への影響が分からない。それに異常事態だというのなら、余計に心配だろう」


 氷川先輩の言葉に村沢君が続く。


「そうだよ。それに俺等帰れないんだから、この世界に何かあったらどうするんだ。この世界で生きてかなきゃいけないんだから、本末転倒だろ」


「だね。氷川先輩と村沢の危惧通り、異常事態なんだから、ちょっとでも刺激を与えたらどうにかなってしまう可能性だって高まるはずだし」


 鈴木君も難しい顔で氷川先輩と村沢君に同意する。


「蛇神様、異常事態、とは何ですか? 異常事態であれば願いが叶いやすい、というのも、何故です?」


 氷川先輩が改めて訊ねると、蛇神様は難しい表情なのだろう、溜め息を吐きつつ教えてくれた。


「ふむ。やはり説明せねばならんか。異常事態は、そなたらも実感していよう? 年々世界がおかしくなっている。つまりは世界に歪みが相当蓄積されているのじゃ。それも急速に。理由はわしには分からん。これを解消する術を最高神は持っているのだが、そうそう使える手ではない。故に歪みは貯めるだけ貯めるのじゃ。それこそ世界が壊れる寸前まで、は流石にリスクが高すぎるが、最高神の判断次第じゃな。解消する際、歪みを一度に一気に全て治す故、願いも叶いやすくなる訳じゃ。要するに、ズルしても全て無かった事になる故、問題なし、という訳じゃな」


 藤原君が顔を顰める。


「ズルというのは、如何なものかと思います。それに全て無かった事になるのなら、魔力もその時に無くなるのでは?」


 蛇神様はえへんと胸を張る。


「そこは、わしが何とかする。まあ、外付けではなく、同化してしまえば良い訳じゃが、同化したとしても元々が異物ならば必ず問題が出る上、治した時に全てご破算になる。が、この世界での事であれば、わしが何とかする。今はそれしか言えんが、信じよ。大丈夫じゃ」


 蛇神様の言葉を聞き、鈴木君はおずおずといった感じで訊ねる。


「あの、何とかなる、というのなら、色々能力を我々に付与したり、魔力の増量とかは願えたりするんですか?」


 蛇神様は顔を顰めた、と思う。


「それは無理じゃ。アルターリアー教徒になる際の特別な儀式の最中だから、という面が大きい。だいたい能力の付与、というのは本来は危険なのじゃ。どういう副作用が出るか分からん。それにこれから儀式をする人間はある意味同条件といえる。つまりは魔力が無い故、魔力を願うという、な。であればこそ、色々やりようがあるのじゃ。複数の事を叶えてもらうのは無理じゃ。それこそ対価がいるぞ。神とは本来世界の安定を第一とするもの。それに抵触しない限りは叶えるかもしれんが、そうでない場合は無理じゃ。そなたらは生まれつき能力があった。それに更に付随させるのはとても危険な行為じゃ。無い者に新たに与えるとは段違いに危険となる。それこそ世界が傾きかねんぞ」


 長谷部さんが、恐々と訊ねる。


「私達に能力の付与するっていうけど、それにも危険が伴うのよね。大丈夫なの?」


 蛇神様は安心させるように優しい声で


「それは大丈夫じゃ。わしがなんとかすると言ったろう。ただし、魔力がどれ程得られるかは本人の魂の強度次第というのは覚えておけ。魔力が少なかったとしても、それは自分の強度不足故じゃ」


 森崎先輩はかなり残念そうに溜め息を吐いた。


「つまり、私はこれ以上の魔力は得られる見込みは無い、って事なのね。それに皆魔力を得られたとしても、強さは個人差があるという認識で良いのかしら?」


 蛇神様は申し訳なさそうにしょんぼりと。


「そうじゃ。すまぬの」


 日向先輩が明るく言う。


「蛇神様が謝る事じゃないですって。魔力を得られたとしても自分の才能次第とか、分かりやすいと思いますよ」


 酒井君が遠慮がちに蛇神様に訊いていた。


「あの、気になったのですが、魔力は個人差がある訳ですよね。なら、魔法の属性とかはどうなるのでしょうか?」


 蛇神様はそれこそ申し訳なさそうにしょんぼり。


「これも個人差があるの。本人との相性次第故、どうしようもないのじゃ」


 酒井君は慌てて口を開いた。


「いえ、教えて頂いて助かります。魔力も個人差があるって聞いた時点で予想はしてましたから、大丈夫です」


 村沢君は昨日は見られなかった、いつもの屈託ない表情になって朗らかだ。


「魔力の量も、属性も楽しみが増えたと思っておきます。この数年間、魔力は絶望的だったのが光明が見えただけ本当に嬉しいです。色々ご迷惑をおかけしますが、蛇神様、よろしくお願いします。あ、思い出したのですが、言葉とかも大丈夫になるのでしょうか?」


 それを聞いた蛇神様は嬉しそうに笑った、と思う。


「ああ、言葉か。それは魔力を得次第何とかしよう。案じるな」


 村沢君は改めてお礼を言う。


「ありがとうございます!」


 村沢君の言葉に、男性陣が一斉に頭を下げた。

 それを蛇神様は満足そうに眺めていた様に思う。


「では改めて訊ねるが、皆、魔力を得られるかどうかは分からないが、入信の儀式の時にエリック殿下と瑠那に最高神へ魔力の贈与を願う、で良いんだな?」


「「「「「「はい!」」」」」」


 氷川先輩の問いに、男性陣は全員と、女性陣では清水さん、高橋さんが力強く答えた。


「長谷部、奥村は、どうするんだ?」


 氷川先輩が改めて訊ねる。


「……確かに、この世界じゃ、魔力が無いと生きていけないと思います。怖いですけど、やってみます」


 長谷部さんは渋々という感じで了承。


「先輩、あの、何かあったら、守ってくれますか? 魔力を得たとしても、直ぐに戦えるようになるとは、とても思えないんです。それに、やっぱり、怖くて……」


 奥村さんは震えながら氷川先輩に訴える。


「出来得る限りは……確かに、直ぐに戦えるようになるとは限らない。職人になるにしても力の使い方は学ばなければ、どうにもならんな――――どうしたものか……」


 氷川先輩に、藤原君が答えていた。


「それなら、確か信徒になった外国人と、外国人の成りたての冒険者用に、初歩の魔法の使い方から基礎をしっかり教える講座だったか学校、があったはずです」


 それに鈴木君が肯く。


「ああ、確かアルターリアー王国以外の人って、魔力の使い方を知らない人も多いんだっけ? 学校へ行けるのなんて、他所だとそれなりの資産や身分が無いと無理だってね。この国みたい義務教育ないんだったっよね。大きな都市だったら教会で暇がある人は無料で教えも受けられるらしいけど、そういう人は少数派らしいし」


 氷川先輩は奥村さんに安心させる様に優しく言う。


「安心しろ、奥村。魔力の使い方は教われる。蛇神様も付いている。危険はそうそう無いだろう……魔力を得るのは、まだ不安か?」


 奥村さんは、はにかみながら氷川先輩に微笑みかける。


「頑張ります」


 氷川先輩はそれに肯き、落ち着いた声で皆に言った。


「魔力を得らえるかどうかは分からん。それでも試す価値はあると思う。どうしたってこの世界で生きていくためには魔力は必須だ。魔力が無いのはつまり、危険地帯で丸腰と同義だと思う。利便性においても、経済的に見ても恩恵は計り知れない――――如月、頼む。私からも申し上げるが、如月の助力は必須だろうからな」


 真剣に私を見つめる氷川先輩。

 いつも、氷川先輩に迷惑を掛けてきた。

 そして氷川先輩は、皆の事も背負ってしまっている。

 少しでも負担が軽くなるのなら、私は……


「出来得る限り、やってみます」


 そう、皆にも何か希望になるかもしれないのだ、精一杯頑張ろう。



 決意して、私なりに力強く肯いた。

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