第30話

 エリックを始めとした神官の人達と中村先輩と私以外の皆は椅子に座り、手を組合わせながら目を閉じている。

 玻璃は私の肩に乗って真面目にしている、様な気がする。



 エリックが祭壇の鏡の前に立ち、中村先輩と私はその後ろ、更に私達の後ろに神官の人達が綺麗に整列し、その時を待つ。

 心は先程とは打って変わってさざ波一つない静かな状況になっていて、自分で自分に驚く。



 針が一つ落ちても聞こえそうな静寂の中、大きな銅鑼が燦然と鳴り響き、それを合図にエリックと神官の人達と一緒に声を合わせ綺麗に唱和しながら言葉を紡ぐ。



 その言葉は、不思議な抑揚と音程で綴られていく。

 何故だろう、中村先輩も私もその音律を知らない筈なのに、見事に合わせる事が出来てしまう。



 まるで伴奏の無い合唱の様な、不思議な言葉達が流れていく。

 そして私は周囲が眩い光に包まれているのを感じた。

 光が眩くなってくると、自分が心地良い暖かさに包まれているのも分かる。



 光が一際眩くなり七色に光ったかと思ったら唐突に光は無くなってしまう。

 それと同時に暖かさも消え、眩く無くなった直後にまた銅鑼が鳴り、神々にお礼を告げて儀式は終了した。



 何とも得難い経験をしたと思う。

 身体が不思議と活力に満ちているという感覚と、とても清々しい気持ちにも包まれている。

 体の中も外も浄化された様な、生き生きとして世界が違って見える様な気さえする。



 感慨に浸っていたが、自分が何の為に儀式を行ったのかを思い出し、慌てて後ろを振り返る。


「皆、どうしたの!?」


 椅子に座っていた皆が気を失っていて、驚きながらも心配で皆の所へ行こうとしたら、突然手を掴まれる。


「はい。落ち着く。大丈夫だから」


 私の手を掴んでいるのはエリックで、彼は仕様が無いなとでも言いたそうな顔である。


「大丈夫って、どういう事? どうして椅子に座っている全員が意識が無いの?」


 矢継ぎ早に、エリックには申し訳ないが皆が心配で訊ねる。


「今、魂を作り変えている最中なんだよ。それ以外はその衝撃の余波で昏倒中」


 まだ皆が心配で冷静に成り切れない。

 深呼吸一つして、どうにかこうにか落ち着かせる。


「つまり、儀式は成功したっていう事で良いの?」


 エリックの言葉を咀嚼すると、つまりはそういうことだろう。


「その様だ。ありがとう、エリック」


 蛇神様の言葉にそちらの方に視線を送ると、中村先輩の腕に巻き付きながら蛇神様がエリックにお礼を言っていたのが分かった。



 しかし蛇神様の口調がいつもと違うのが、何故だろう、気になってしまう。



 だが今はその事は置いておこうと思考を切り替える。


「ありがとうございます、エリック殿下。神官の皆様もありがとうございました」


 私がお礼を言った後に中村先輩も続く。


「本当にありがとうございました。無事成功したとの事で、本当に安堵しております」


 私達の言葉を聞いた神官の人達は軽く会釈しているのに、エリックは何故か眉根を寄せる。


「ルナ。敬語は今更だと思う。ここにいるのは私の信頼している人間ばかりだから、普通に話しても問題ないよ」


 今度は私が眉根を寄せる。


「エリックの立場が悪くならないのなら私は普通に話します。というよりも、ある程度気を付けておかないと肝心な時に間違いそうで怖いし、お手伝い中は敬語で話しちゃダメ?」


 エリックは腰に手を当て嘆息した。


「まあ、口うるさい連中もいるからね。二人だけの時は普通に話してくれたら別に良いよ」


「ありがとう、エリック。それで疑問なのだけれど、魂を作り変えている、ってどういう事なの? そういう事もエリックは分かるの?」


 先程聴いた言葉が冷静になったおかげで咀嚼し出て来た疑問だ。


「ああ。元々さ、魔力とか異能力とかは魂由来な訳。だから魂にそれが無い人は力が使えないんだよ。だから魂を作り変えて、新たな能力を付与してるんだ。ま、皆、魂が強靭な人達が多かったから、面白い事になるな」


 エリックの言う事に、また疑問。


「魂が強靭だと、どうして面白いの?」


 何度も聞いてばかりで申し訳ないが、気になるのだ。


「魂が強靭ならさ、能力の付与幅が広いんだよ。要するに、大幅に作り変えるのに耐えられるって事だから。新たに能力を付与しようと思ったら、その能力が強力であればある程、作り変える部分の容量が大きくなるんだよ。だから魂が強靭じゃないと耐えられない。面白いって言うのは、純粋に、アルターリアー教の人間に強力な魔力の持ち主が増えるのは嬉しいな、って事」


 エリックの説明に驚愕しながらも納得して肯いていた。


「エリック殿下は、魂が強靭であるとか作り変えている事だとか分かるのは、どうしてなのですか?」


 中村先輩が不思議そうに訊ねるので、私もそれを訊こうとしていたのを思い出す。

 あまりにも驚きすぎてちょっとまた思考が麻痺していたのかも。


「私の一族はさ、代々神々に仕え、神と人との橋渡し役をやって来た訳。だから、色々能力があるんだよ。これでも一応、人類最古の歴史がある一族なんだ」


 エリックの言葉にまたビックリしていたのだが、ちょっとまた疑問。


「アレクサンダー殿下も、そういう能力がお有りなの?」


 エリックの兄のアレクサンダー殿下は、特に自分の能力について話しているのを聞いた事がない気がする。

 彼とはお茶のみ友達だから、色々一緒にお茶しながら雑談しているが、自分の能力については彼は話さないかった。

 能力をみだりに話したりするものでもないと私は考えているから納得していたのだが、そう言えば彼は神官に成らず軍の方に進んだから、どうなのだろうという単純な疑問だ。

 ……エリックの弟のトリスタンについてはそれ系の話題は禁句でもありアレクサンダー殿下についても口にしにくい印象。


「……ああ、うん。これは難しい話だから、却下」


 エリックが苦笑しながら私の頭をわしゃわしゃと掻き回す。


「――――もう、髪がめちゃくちゃになるでしょう。ごめんなさい。もう訊かない」


 私の言葉にエリックは悪戯っぽく笑った。


「そうしてあげて。ルナにそれ言われたら、あの人は間違いなく立ち直れないから」


 不思議で首を傾げる。


「私に、なの? 他の人に訊かれても嫌だと思う話題なら嫌だと思うけれど」


 私の頭をまたわしゃわしゃしつつ口を開くエリック。


「まあ、誰だって言われたくない人っていると思うんだ。で、兄の場合、それはルナだと、そういう事」


「良く分からないけれど、兎に角私が言わなければ良いのね?」


 頭を掻きまわしているエリックの手については無視し、確認する。


「そう。お願いね」


 エリックの、どこか困った顔をしつつの言葉に力強く肯く。


「了解。絶対に言わなない」


 私の言葉にエリックは苦笑しつつ静かに肯いた。

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