第38話
コンコンとドアを叩く音がし、エリックが許可を出す。
「入っても良いよ」
それを聞いてから、現れたのはオスカーさんだった。
「殿下。そろそろ夕餉の時間です。昼食もお摂りに成られずとも殿下は良いでしょうが、彼女は違うでしょう。気を付けて下さい」
窘める様なオスカーさんの言葉にエリックは目に見えて大いに慌てだした。
「しまった! そうだった、ルナは食事しないとだ! それにマーサの作った物も私は摂らなきゃダメじゃないか……!」
ワタワタしているエリックに思わず笑みが漏れる。
「集中していたからでしょう、お腹が空いたのかどうか分かりませんでした。殿下、マーサさんの作った食事はアルカに収納していますから、明日の朝食に食べてはどうですか……?」
私の答えに、不満そうに頬を膨らませるエリック。
こちらの国でも成人した男性としてはどうなのだろうという姿に、思わず頭が痛くなる。
「オスカーの前だったら普通に話して大丈夫なのに。あれだよ、ルナの敬語は、距離を感じて嫌だ。他の人だと気にならないけど、ルナは嫌だ」
痛む頭を抱えつつ、知らずに漏れる溜め息。
「身分が知られている時は、殿下と私の二人きりの時だけ普通に話すという約束でしょう……? マーサさんと中村先輩は大丈夫だというのは教えてもらいましたし、そうでないと嫌だと言われましたから、その二人の前や私の仲間しか居ない時は話しますが、それ以外は無理だとも言いました」
エリックはプイッとそっぽを向く。
「だって、さっき言ったじゃないか。ここにいるのは、私の信頼している人間ばかりだから、大丈夫だって」
それは聞いていた。
だがそれでも、いつもいつも普通に話していたのでは肝心な時に間違いそうで、そうなったらエリックの権威に傷が付きかねず、それが心配なのだ。
「そうは言っても、線引きは大事です。私はここでお手伝いするのですから、殿下は上司です。学生時ならいざ知らず、ここで敬語抜きはどうかと……」
私の言葉に見事にふて腐れだしたエリック。
「殿下。彼女の心遣いが分かりませんか。彼女は、殿下を慮って、そうおっしゃっておいでなのです」
驚いて目を瞠っている私に、エリックが苦笑した。
「ちょっとオスカーは特別でね。ふーん。私の為、か。なら、まあ、受け入れなくもない様な、でも、嫌な様な……」
オスカーさんが深い溜め息。
「真剣に悩んでいらっしゃるのは分かりますが、お早くお決め下さい。夕餉に遅れますよ」
エリックは拗ねつつ即座に立ち上がった。
「良いよ良いよ。全く。なら、二人っきりじゃない場合はここでは敬語ね。分かった、分かりましたよ。ルナ、食事にしよう。昼食摂らせなくてごめんね」
エリックの言葉に笑みが漏れる。
「とんでもない。お気遣いいただき、ありがとうございます、殿下」
私の言葉に、エリックはやっぱり非常に不満げだ。
「ルナに名前を呼ばれないの、凄く嫌だ」
オスカーさんが呆れ気味。
「駄々っ子ですか。いい加減になさって下さい。それでは、夕餉の場所までご案内致しますね」
不満をタラタラと述べるエリックを引き連れてオスカーさんが歩き出し、私も慌てて後を追った。
玻璃は私の頭の上に移動して睡眠中だったが、まったく起きる気配も無く、そのまま私は歩みを進めることにした。
玻璃が落ちる気配もないのには、聖獣ってそういう性能もあるのかと素直に感心しつつ、夕食へと急ぎ向かう。
神官だから質素かと思えばかなり豪華な夕食を、エリックの隣、玻璃と神官一同で一緒に食べ終え、私専用だというお風呂とトイレ付きの、目を見張るばかりの豪奢な部屋に案内された。
部屋は豪華で、恐縮しつつ色々説明を受ける。
玻璃と二人っきりになってから、改めてに部屋を見回す。
どうも高級ホテルのスイートルーム、といった感じだ。
廊下から直ぐの部屋は応接室の様に、ソファーとテーブルに立派な暖炉。
寝室だろう部屋には、机と椅子と、大きなベッドにこれまた見事な暖炉。
どれも私には勿体ない位、細やかな細工のされた品が良く高価そうな物。
寝室に備え付けの広く大きなウォーキングクローゼットには神官服だろう、白と銀糸で彩られた、豪奢な衣装と装飾品。
どれも溜め息しか出ない程豪華で、どうにも私には分不相応。
だがこれもエリックの好意なのだし後でお礼を言おうと決意し、取りあえずお風呂に玻璃と早速入って、人心地。
湯船から望む三つの月を眺めつつ、今日の怒涛の出来事に息を吐く。
本当に、疲れた。
だが皆が魔力を得られたのはとても良かったと胸を撫で下ろす。
誰一人として魔力が無いという事態に成らず、素直に感謝したい。
最高神であるムンドゥス神に、ありがとうございますと、小声で呟く。
キラキラと光の粒が舞ってきて、驚きつつ見惚れてしまう。
湯船の靄が光の粒を反射して、何とも幻想的だ。
いつまででも視ていたかったが、のぼせない内に上がり、備え付けの冷蔵庫に入っていた桃のジュースを飲みつつ、ゆったり。
玻璃をタオルで拭いてからドライヤーで乾かしていると、机に置いた携帯型の伝達水晶が震えているのが分かる。
ブレスレット型で、中央にある宝石みたいな物が伝達水晶なのだ。
この携帯型の伝達水晶は、今連絡してきた主が勝手に送りつけてきたもので、一応、私専用だ。
返そうとすると不機嫌極まりないので、申し訳ないし分不相応なのだが、取りあえず手元に置いてある。
「はい。ごめんなさい、ジェラルド。いつもの時間より遅れた……?」
伝達水晶に声を掛ける。
すると、厳しめの絶世のとしかいえない、鋼を思わせる硬質な銀髪で琥珀色の瞳の正統派だろう美形な、私と同い年位の男性が伝達水晶から映し出される。
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