第64話

「あ、あの? どうしたんですか……?」


 不安そうな緒方さんの言葉に、藤原君は重い息を吐いてから口を開いた。


「実は、な……この世界に来た時、皆は森の中に居たんだが、そこを魔物に襲撃された。一緒だった先生方は全員その時に亡くなられた。生き残った中に坂本は居ない。だが森に一緒に来たかどうかは分からない。点呼を取りはしたが、何せ混乱の中だった。だから坂本があの森に居たのかどうかも分からない。もしかしたら別の場所で無事かも知れないが、三分の二の皆が何処にいるのか、どうなったのかも我々には分からないんだ」


 藤原君の沈痛な表情と声に、緒方さんは言葉も無いらしく、目を見開いていた。


「――――……そう、なんですね……そっか……」


 長く沈黙してから、搾りだす様に零した緒方さんの声は、震えていた。


「私達も、何が何だか分からなくて……今も手探りの状態なの……」


 そう、暗中模索の真っ最中なのだ、私達も。

 実際何が出来ているかと言われれば、夢中で生きて来たというのが正しい。

 生き残る術を必死に学んで、皆を養っていたというのが現状だ。


 だからこそ、しっかりとした立場が得られるかもしれない今回の闘技大会はとても重要だと思う。

 冒険者をしていた訳だが、危険な仕事を沢山する事で卒業後すぐの精霊闘士よりは稼げただろう。

 だが、安定を求めるのであれば冒険者よりも軍に入るのが良いのは分かっているのだ。

 幸い私達は士官すれば直ぐに、兵士階級では無くその上官である精霊闘士階級になるのだから、氷川先輩も皆が慣れた頃だろう今年の新学期からとは考えていた様にも思っている。


「緒方の方はどうだったんだ? 今何をしているんだ? 生活は出来ているのか? 言葉は?」


 藤原君が心配そうに矢継ぎ早に訊ねると、緒方さんは息を吐いてから苦笑した。


「大丈夫だよ、藤原君。幸い来て直ぐに良い人に世話になってね、学校も通わせてもらってる。言葉も何かその良い人に話せる様にしてもらったから、全然問題なし! 今は学校は新学期前の長期休暇だから、ロバートさんの実家でお世話になってる所」


 今まで沈黙を守っていたロバートは、緒方さんの頭に手を置く。


「そう。父がこいつの世話を頼まれたんだよ。割と優秀だったから、一年前からプネヴマ魔法学校に通わせてる。それでどうやら家の家業に興味があるらしくて、依頼を受けて人手も欲しかったから今回連れて来たんだ。シビュラ大神殿の『ソキウス』なら色々後学の為に良いだろうと思ってな」


 ロバートの言葉に、記憶を刺激されて遠くになっていた緒方さんが来た時期を思い出す。


「ああ、一年とちょっと前だったよね、緒方さんがこの世界に来たの。でも良かった……! 無事で……!」


 藤原君も感慨深そうにしている。


「そうだな……何はともあれ、元気そうで何よりだ、緒方」


 緒方さんも嬉しそうに笑っている。


「藤原君も如月さんも美しさに磨きがかかりまくってて何よりです! あ! でも二人共私より三つ年上になっちゃったのか!!!」


 ロバートは呆れた様に緒方さんのおでこにデコピン。


「だから煩い。ちなみにルナもトーヤもプネヴマ魔法学校の卒業生だからな。お前より確実に先輩だ」


 緒方さんはどうやら何か強い衝撃を受けたらしい。


「そんな!! 先輩という事は、私は藤原君や如月さんに顎で使われてしまう訳ですね!!!」


 ロバートはスパンと緒方さんの頭を叩いた。


「アホか。先輩は敬うものだが顎で使われるってお前の学校生活が不安になるな……」


 緒方さんは頭を押さえて不服そうにしつつ、何かに気が付いたらしい。


「別に大丈夫ですぅ。いじめられたりしてませんしぃ。あぁ! そうだ! もしかして一年前の卒業生って言ったら、あれだ、伝説の王子が二人もいた学年じゃ!!!!」


 緒方さんに圧倒されて言葉も無い藤原君と私。

 ロバートは緒方さんの眉間にデコピンしてから溜め息。


「お前、本当に煩い。確かにその学年は王子殿下がお二人居らっしゃった。それで雑談は終わりにしろ。仕事にならん。何の為にお前を連れて来たと思ってるんだ。仕事だぞ。給料出さんからな」


 緒方さんは悲痛な声を出しつつ、ジタバタ。


「そんな! あの、しっかりお仕事致します!! だからお給料は下さい! 休みのたびに帰って来てお仕事手伝ってお給料を貯めてるんですから!」


 そんな緒方さんにロバートは苦笑した。


「学生割引で交通費は安くなるからな。帰ってきた方が確かに儲かるか。地道に貯めてるのは偉い偉い。あ、あのだな、ル、ルナ、トーヤ。積もる話もあるだろうけど、仕事を終わらせてからで良いか?」


 ロバートの言葉に尤もだと思い肯く。


「ごめんなさい、ロバート。お仕事の邪魔をして。終わったら緒方さんとお話させてくれる……?」


「ロバート、悪かった。つい話しこみ過ぎた。後で緒方と話をさせてくれ」


 私と藤原君の言葉に笑顔になったロバート。


「勿論だ。好きなだけ話したら良い」


 そう言ってロバートは快諾してくれたのだった。

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