第9話

 氷川先輩が、唐突に話を変えた。


「如月はどうだ、この世界には慣れたか?」


 何処か案じるように氷川先輩が訊いてきたので思わず目を瞬かせる。


「慣れたものと、慣れないものがありますが、なんとかやっています」


 そう、私も足手纏いなのは、何一つ変わらないのだ。


「それも、皆が居てくれるからだと思います」


 皆に助けられて、私は何とか生きているのだ。

 なのに我がままの私は、逢いたいと思ってしまっている。

 どうしても、また逢いたいと。

 だから生きている。

 生きていられる。


「そうか。私は、この世界はとても居心地が良い。力を無理に抑える必要はないし、力を振るう事が許されるからな」


 氷川先輩は過去を思い出しているのか、遠い目をして言う。


「私もその気持ち、分かります。でも、それでも、氷川先輩や藤原君という昔から知っている人がいたから、まだ馴染めたのだと思います。でもやっぱり家族と幼馴染、友人が心配で、逢いたいです」


 氷川先輩とは小学生の頃からの知り合いだし、藤原君は初等部から同じクラスだった。

 全く親しい知り合いがいなかったのなら、それは間違いなく怖くて不安だったろう。



 ただ、氷川先輩も私も、元々特殊な力を持っていた。

 その事で苦労もしてきたから。

 だから人目を気にせず力を揮えるのは、確かに嬉しい一面もある。



 それでも、逢いたい人はいるのだ。

 力を揮えることと、逢いたい人がいる事は、まったくの別だと思ってしまう。

 それに、と息を吐く。


「力を普通に使える事には、未だに慣れません。ずっと人目を気にしてきたから、どうも変な感じです。力を揮う事に、罪悪感もありますし」


 曾祖母に言い聞かされて育ったのだ。

 やはりどうも落ち着かない。


「如月の言う事も分かる。私もずっと力をいかに隠すかに執心していたからな」


 氷川先輩は真面目な顔で肯く。

 それから腕を組みながら思案顔になった。


「話を蒸し返すが、如月は働けない皆が心配だろうが、藤原と鈴木はこれから彼等と一緒に暮らすのは難しいだろうな。藤原は厳しい曾祖父に育てられたのもあるのだろうが、働かざる者、食うべからず、が根幹にある」


 それは分かる。

 藤原君は根が真面目なのも手伝って、一番自分に厳しいが、他人にも厳しい所があるのだ。


「鈴木には何もしない者は落伍者だ、という強迫観念があるしな。藤原の方が弱者に優しさがあるが、鈴木は自らが弱者だという固定観念があるため、自分以下の人を思いやるのは苦手だからな。それでも鈴木は優しさがあるのだが、清水を除いた女性陣が目に余って写ったのだろうな」


 ああ、鈴木君、ちょっと自分が大したことない、って思いこんでる所あるからなぁ。

 その上で何も出来ない事、しない事に凄く嫌悪感があるのだ。


「日向も中村も難しいだろう。二人共根が真面目で正義感が強い。頑張っている如月や清水、まだやる気のある男性陣に比べると、残る女性陣は不愉快だったのだろう」


 日向先輩って言動はぶっきらぼうだけれど、かなり根本が真面目で気遣い屋なのは知っている。

 中村先輩はきつめの容姿と相まって、怖いと感じる人もいるだろう。

 二人共、根っこは優しいのだが。


「設楽は如月同様に優しすぎる性格だ。どちらの気持ちも思いやるあまり、何も言えないだろう」


 うん、設楽君は優しい。

 私と同様かはわからないけれど、とても優しくて、それで身動きできなくなってしまうのだ。


「皆に聞かれなかったか? 家に居る者が言葉や何か教えてくれと言いに来たかどうか」


 氷川先輩の言葉に思い当たる節がある。


「日向先輩にも中村先輩にも、藤原君にも鈴木君にも設楽君にも訊かれました。清水さん以外、来なかったと伝えましたが」


 氷川先輩は溜め息を吐く。


「実際、男性陣は聞きに良く来る。男の私に聞きづらいだろうから、女性陣の頻度が低いのならば分かるがそうでもないしな。如月には清水以外聞きに来なかったのか」


 私、嫌われているのだろうか……

 かなり落ち込んでしまった。


「如月、気にするな。中村にも聞きに行っていなかったというからな」


 中村先輩と私には聞かずに、氷川先輩に聞いていたのか。

 一番忙しい氷川先輩には負担だったのではないかと心配になる。


「大丈夫でしたか? 忙しいのに大変だったでしょう」


 それに氷川先輩は苦笑する。


「問題はない。ただ、清水以外は私か藤原か設楽にしか聞いていなかったらしくてな。日向が怖いのは分かるが、他に行かないのが分からん」


 私も首を傾げてしまう。


「本当に、何故でしょうね。鈴木君、教えるの上手なのに。むしろ藤原君は独自の解釈があるから、教えを乞うのは大変だと思うのになぁ」


 それに氷川先輩が笑みを零す。


「確かにな」


 それから考える様な顔になった氷川先輩。


「まあ、将来の話だが、誰かと誰か、誰かが現地の人間か、仲間かは分からないが、結婚したいと成ったら今の生活では不安だろう。 少なくとも、働けない人間は枷になる。それはどうかと思ってな。誰かが誰かの枷になるのはダメだろう。神殿にいる者は私が面倒を看るつもりだが、他の者には、流石にな」


 その言葉に思わず言葉を零す。


「氷川先輩だけが負担を負う必要なないはずです。皆で負担すれば――――」


「だが、それではいざという時に困るだろう。私は一応リーダーだからな。負担を負うなら、私だけだ」


 私の言葉を遮り、きっぱりとそう言って静かに立ち上がった。


「如月は明日は早くから仕事だろう。もう寝た方が良い」


 確かにそうなのだが、このもどかしい思いをどうしたら良いか分からない。


「氷川先輩は着替えていらっしゃいますが、お出かけですか?」


 何とか搾りだした私の問い。


「そうだ。朝まで帰れんな」


 難しい顔で答える氷川先輩。


「朝食はどうされますか? 一応、作ってから出掛けるつもりです」


 私を心配気に見つめた氷川先輩。


「大変だろう、大丈夫か?」


 その問いには笑顔で肯いたが恐る恐る訊ねる。


「はい、問題ありません。簡単な物にするつもりですし。それで、その……朝食、は……?」


 氷川先輩はちょっとくすぐったそうに笑った。


「店に食べに行く。朝食は何時からだった?」


 それに何とか微笑んで答える事が出来た。


「七時半からです。お待ちしていますね」


 嬉しそうに笑った氷川先輩。


「ああ、楽しみにしている。如月は、話しこんでいた私が言うのもなんだが、早く寝た方が良い」


 そう言って後ろも見ずに颯爽と立ち去ってしまった。

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