第10話
本当に、どうしたら良いのだ。
氷川先輩だけが犠牲になる必要はないはず。
それなりの地位を得たのなら、皆で少しずつ出し合えば良いのではないのだろうか……?
大体、紹介状を出すつもりだとしたら、皆の中の誰かがもし何か問題を起こした時、氷川先輩が大変なことになるのに……
先輩ばかり、どうしてそれ程背負い込もうとするのだ。
私だって、力に成りたい、成りたいのに……!
いつも負担を掛けているのは私で、だから、何か報いたいと思うのに、何も出来ない自分に自己嫌悪しかない。
それに結婚、なんて、まだ考えられない……
でも、いずれ、したいと思う時が来るのだろうか……?
そうなった時、働けない皆は、負担となるの……?
そんな風に思考はグルグル悶々としていたら、誰かの影がかかる。
「氷川先輩は出掛けたのか?」
耳に心地よいこの声は誰かすぐに判断できた。
「藤原君」
名を呼んだら、藤原君はさっきまで氷川先輩が座っていた場所に腰かける。
「庭を見たら氷川先輩と如月が話しこんでいたのが見えて、気になってな」
苦笑している藤原君。
「ああ、私が、皆が心配で、色々言ってしまって、氷川先輩に教えてもらっていたの。でも、氷川先輩の方が、色々大変そうで、心配で、どうしよう、って今考えていたところ……ごめんね、どうも頭がぐちゃぐちゃで話がまとまらなくて……」
落ち込んでしまう。
本当にうまく説明できない。
氷川先輩が一人で抱え込んでしまう事が、とても心配なのだ。
力に成りたいのに、私には実力も資金力も無いのが痛恨である。
でも確かに、家庭を持ったなら、それ以外の人を無償で面倒を見るのは大変だと思う。
それは分かる。
でも氷川先輩が一人で背負わなくても良いのではないかと思うのだ。
「氷川先輩の事情は良く分からんが、如月が皆を心配するのは分かる。だが、この状態は良くないと俺は思う」
藤原君は難しい顔でため息を吐いた。
「ただ、俺にとってはこの世界に来た事は忌避する事ではないのは確かだ。言葉も分かる。戦う力も備わった。この世界で生きていくのは俺には容易いだろう。だから言葉も分からず、戦う力もない人間の気持ちが分からないと言われれば、その通りだ。だが、いつまでもおんぶに抱っこでは話にならん」
それは、私もそうだ。
完全には言葉が分からない人の気持ちは分からない。
「うん、氷川先輩も、皆甘え過ぎていた、って言っていた。皆が金銭感覚もこの世界に馴染んでいないとは私、思わなかったから。でも、それはきっと皆にとって逃げで、それでは前に進めないのは分かる」
藤原君も真面目な顔で肯いている。
「逃げるのは時に必要だが、逃げてばかりではどうにもならんのは確かだ。氷川先輩は神殿で暮らす選択肢も用意した訳だからな。これ以上は自立した方が良い。買い物はしている様だから、引きこもっていた訳でもないのだろうし」
そう言ってから、一呼吸置いた藤原君は私を見る。
「氷川先輩に負担を掛けているのは知っている。物事には得手不得手があるだろう? 俺は情報収集はある程度出来るが、交渉事は苦手だ。俺達の中で情報収集も交渉も秀でているのは氷川先輩だけだ。だから余計に負担をかけている。俺達も氷川先輩に迷惑をかけているという点では何も変わらんのは分かっている。それでも何か力に成りたいと動いている訳だ。だからだろうな、何もしていないのは、どうにも許せん。自分の事を棚に上げている様だが、そう感じる」
藤原君の言葉には、納得できる。
そう、人一倍氷川先輩に迷惑も負担もかけているのだ。
だから、何かしたいと思う。
何より大切な幼馴染の一人という存在、だとも思っているのだ。
氷川先輩、昔の呼び名だと魁だが、彼には昔から負担や迷惑ばかり掛けて来た。
何か恩返しをしたいのに、機会がまるでないのだ。
だというのに恩は積み上がっていくばかり……
申し訳なくて仕様がない。
「氷川先輩、神殿にいる子達の面倒も自分一人が一生看るつもりみたいで、どうしたら良いのか分からなくて……」
思わず呟いた言葉に、藤原君は差もありなんと言う様な顔になる。
「氷川先輩らしい……だが、その面倒は皆で見るべきだと思う。言葉が分からない者は免除するのも仕様がないかとも思うが」
溜め息を吐きつつ藤原君が言った言葉に肯く。
「私もそう思うのだけれど、氷川先輩、将来皆が結婚したいとなった時の事も考えていて、自分が背負おうとしているの……」
藤原君が目を丸くする。
「結婚!? 確かに、将来どうなるかは、分からない、訳だが……」
藤原君はそう言ってから息を吐いて顔を手で覆った。
「そこまで考えていたのか……だが、皆で一定額を出す、というのが一番だろう。今回の闘技大会で六位まで、否、十六位まで入賞できれば、賞金も含めて家庭を持ったとしてもそう問題はないはずだ」
「私もそう思う。とは言っても私は出られないから、申し訳なくて……」
心苦しくて、本当に申し訳なくて落ち込んでしまう。
「如月は美味しい食事でも作ってくれたら、皆頑張れるんじゃないか」
優しい顔で藤原君が言ってくれる。
「そうかなぁ……」
嬉しいけれど不安で思わず呟いた言葉。
「そうだとも」
力強く藤原君は肯いてくれた。
ちょっとは自信が持てた気がしたから、藤原君に感謝だ。
藤原君は、何か意を決した様に私を見つめる。
「俺は、多分、生まれついての殺人者、という存在だと思う。おそらく、氷川先輩も。常識的な判断は出来る。だが、人を始め、何かを殺す事に抵抗が無い。傷つける事にも、特に忌避意識は無い。だが、俺なりの理由も無く傷つける事も、殺す事もする気は無い。そんな俺にはこの世界は、とても楽、な気がする。如月は、俺をどう思う? 怖いか?」
真剣に、どこか脅えてさえいる様な瞳がそこにあった。
「それはある意味、とてもこの世界で生きやすい性質だと思うよ。それは個性だし、どうも思わない。だいたい私は藤原君を怖いって思った事はないよ。いつも助けてくれる、大事な恩人だもの」
私は精一杯微笑んで続けた。
「どんな性質があったとしても、いつも助けてくれている事に変わりはないじゃない。そもそも藤原君に私が傷つけられるって想像できない。それくらい、いつも助けてもらっている。私にとって藤原君は、大切な仲間だよ」
私の言葉に、藤原君は相好を珍しく崩し微笑んだ。
「ありがとう、如月」
それに答える。
「こちらこそ、いつも守ってくれてありがとう、藤原君」
藤原君は照れくさそうにすると立ち上がった。
「そろそろ寝た方が良いだろ? 確か明日早くから仕事だったな。すまん、話しこんで」
そう言ってそそくさと部屋に戻って行った。
確かに明日の為にも、もう寝ないと。
随分夜更かししてしまった。
懐かしい面影を封じ込めて、玻璃を抱き上げ、部屋に戻る。
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