残されたモノは……

第11話

　目覚まし時計に起こされ、真っ暗い夜中と言える時間に起床。

　急いで身支度をして、朝食の準備に取り掛かる。

　玻璃は邪魔にならない場所で丸くなっている様だ。

　夕食の兎もスープもかなり残っているから有効活用しよう。

　兎は細かく切って、同じく細かく切ったタマネギとハーブ類に香辛料、根菜類、ベーコン、キノコ類、レンズ豆数種類と一緒にフライパンで溶かしたバターで炒める。

　自動翻訳だから、タマネギと出るのだが、本当の名前は知らない。

　タマネギみたいに使えるからそう訳されるのだろうと判断している。

　だがこの野菜、本当にタマネギに似ている。

　大きさ以外の見た目も、味も、食感や特性まで同じなのだ。

　ここは別の世界のはずなのに、不思議で仕方がなかったりする。

　元居た世界より、全体的に野菜は大きめだと思う。

　同じ種類に見えるけれど正確には分からないし、同じ野菜だとしたら何故大きいのかも分からない。

　だからある意味考える事を放棄しているのは否めないのだ。

　スープは牛乳をたっぷり継ぎ足して、作り置きしておいたベシャメルソースを加え、炒めた具材も投入してひと煮立ち。

　それから火を弱めコトコトと少し煮込んでから味を確かめる。

　かなり濃かったから牛乳をたっぷり注いで中和させたわけだが、野菜やキノコからも水分が出て良い感じに薄まった。

　まだちょっと気持ち濃い目だが、ハーブ類や香辛料で臭みは消えたし、これにパンを浸して食べれば丁度良いだろう。

　しかし何故にこんなに臭みが出たのか謎である。

　魔獣類の肉はどれも不思議と食べ難いクセや臭みが無くて、それぞれに特色はあるけれど嫌なクセじゃないしとても食べやすい上、コクがあって美味しいはずなのに……

　それは今は置いておこうかな……考えても答えが出なさそうだし……

　さて、最後に追加のバターを入れてコクを出し、出来上りっと。

　今日は具沢山スープとパンな朝食を食べてもらおう。

　昨日買ったのだろうパンも残っているから大丈夫だと思う。

　このスープは具沢山だし豆類も入っているからお腹にもたまるだろうから、パンが最悪なくてもお腹は一杯になるだろう。

　後は作りおきの卵含むピクルス各種と夏野菜のカポナータ風で良いかな。

　ヨーグルトとジャムかハチミツは自分で盛ってもらえた方が良いと思うし、これで大丈夫、だと思う。

　お茶も出来立てが良いだろうから、これも任せよう。

　なんだか秋の献立のようだが、夏なのに秋の様に肌寒いから、問題はない、はず。

　元々宿屋だった事もあり、調理場は大きめだ。

　調理器具や調理道具も揃っていたから、大人数の為に料理もしやすいから助かる。

　今回のスープは結構な量になったから、昼食や夕食もいけるかもしれない。

　同じものばかりの食事じゃ飽きるだろうから、朝食に食べてもらって、余ったらその時はその時だ。

　そう思いながら食堂に置いてある小さな黒板にスープの事とパン、卵含むピクルス各種とカポナータ風の事、ヨーグルトとお茶の事を書いて終了、っと。

「あら、良い匂い。相変わらず手際が良いわね。それに大変でしょう？　私より早く起きて」

　中村先輩はビシッと髪を結って今日も朝からしゃっきりだ。

「大丈夫です。もう時間ですか？」

　夜寝るのが遅かったから、起きる時間を少し遅くしたのだが、不味かったろうか……？

「ええ、時間よ。行ける？」

　それには笑顔で答えられる。

「はい。後片付けも終わりましたから、直ぐに行けます」

　良かった……！　遅すぎなかった様だと一安心。

　昨日の内に朝食の献立を考えておいて良かったと息を吐いた。

　まだ暗い道を二人で歩く。

　玻璃は私の肩に留まって警戒中。

　外灯は煌々としているし、治安も本来なら良い地区なのだが、今は色々多数の人達が暗闇に見え隠れしていて怖い。

　そんな人達も警吏が通ると蜘蛛の子を散らす様に消えてしまうのが、なんとも不気味だ。

　私達がこの王都に来た頃はそうでもなかったが、この頃は本当に不審な人が沢山増えた。

　学術都市時代と比べても顕著だが、昔から住む人に言わせると、数年前から不審者が増えてきて、ここ数か月は特に酷くなったとか。

　外国の裕福な人達も、災禍を逃れる為にアルターリアー王国へと殺到しているとも聞く。

　この国は神々や精霊の加護があるから元々災害は少ないのだが、数年前からは他の国とは比較にならない位災害は無いらしく、皆、逃げてくるらしい。

　私達が来た頃位に大変になってきたと、この国でも実感出来る様になったという。

　この国だと魔物や魔獣の増加が目に見えて増えた頃合いだとか。

　他国の場合、その頃には既に天災は頻発し、魔物や魔獣まで増加していて、逃げ出す人が結構出てきた頃だという。

　私達が来る何年も前から異常な天災は起こり続けていたらしく、以前から逃げ出しこの国に来る人はそれなりに増加傾向でいたが、私達が王都に来た辺りから加速度的に増え、今年の春からはおそろしい事になっているらしい。

　だから、今の王都には浮浪者が溢れているのだ。

　警吏も夜回りを強化していると言う話通り、良くすれ違うし、若い女の二人連れだから、とても心配される。

　店まで護衛しようかと、警吏でもある店の常連さんが言ってくれるのだが、それは申し訳ない。

　蛇神様が悪い人からは姿を視えなくしてくれているらしいから、大丈夫なのだ、と思う。

「蛇神様の加護があるので大丈夫です」

　中村先輩が言えば蛇神様が薄く蒼く光るから、説得力もあって皆引き下がる。

　しかし、神様とか普通だよね、この国。

　神殿に仕える神官の中には、特に神様や精霊に気に入られて、特別な加護を得ている人もいるという話だし。

　この国は多神教だから、神様を祀った神殿も多く携わる神官もそれなりにいるとはいえ、神官になるにはそれなりの資格がいるから、簡単にはなれないのだが。

　その点、貴族だと資格がある人が多く生まれやすいとか。

　だから神殿の祭祀との併用をするのは貴族にとっては当たり前で、出来ない人はそもそも当主になれないらしい。

　とはいえ、神々以上に精霊はとても身近だし、皆神々や精霊に敬愛や愛着がすこぶるある国でもあるのだ。

　それでも蛇神様みたいに直接人と接する神様は珍しいらしく、あまり公には言えないから、加護という言い方をする。

　それだと神様本体ではなく眷属の蛇だと思われて、波風は立たずに済む。

　多数の神々が存在する国ではあるが、特別に気に入られるのは神官だけで、それも生まれつきの能力に寄るし、その能力がある人は全て神官になるものらしい。

　言い換えれば、その能力がない人は神官になる資格が無いのである。

　他の国だと警吏は数が少ないし給金も薄給だからか、熱心ではない上に強請たかりや賄賂を要求する様な酷い存在だとか。

　国によっても色々違いもあるらしく、きちんとしている国もあるという。

　この国の場合は、給料も悪くないし人数も多く練度も高い上優秀で、以前いた国でいうところの警察官となんら変わらない、と思う。

「蛇神様、ありがとうございます」

　中村先輩がお礼を言えば得意そうな蛇神様。

「治安が悪いのは確かじゃしの。二人はしっかりと守る故、案ずるな」

　その言葉に肩に乗った玻璃が機嫌を悪くする。

「雛鳥よりはワシの方が良いに決まっておろうが」

　悪戯っぽい蛇神様の声に玻璃はますます機嫌が悪化。

「ほれ、子供の証じゃ」

　そう言って揶揄う蛇神様に玻璃は威嚇しだした。

「玻璃、落ち着いて。私はいつも玻璃に感謝しているよ」

　そう言って撫でたら機嫌がある程度回復した。

　やっぱり玻璃は子供だと思うのはこういう時だ。

　思わずクスリと笑ってしまったら、玻璃は首を傾げている。

「玻璃は可愛いな、と思って」

　玻璃はますます機嫌が良くなった。

　尻尾がユラユラと揺れて嬉しそうだ。

　辺りを見回すと、まだ暗い時間だが活動を始めている店も散見される。

　街の通りを変えると、朝まで営業している店もかなりあるのが王都だ。

　いわゆる不夜城とでもいえばいいのか、街から明かりが消える事はないらしい。

　朝食を店や屋台で取る人もそれなりにいるから、朝早くから開いている店も少なくない。

　私達の働いている店もその一つだ。

　割と賑やかな部類に入るが、治安も良いし雰囲気も良い小川沿いに、私達の職場はある。

　焦げ茶色の屋根と黄色い外観の、可愛らしい、定員二十数人程のこじんまりとしたレストランだ。

　名前は『太陽の恵み亭』。

　朝食と昼食、昼休みを挟んで夕食を出す店である。

　レストランというより夜にお酒も出すカフェ、が適切かもしれない。

　この国は、結構朝食をしっかり取って、昼食はサラダ付の軽めの物、夕食が一日で一番たっぷり食べる、というスタイルだ。

　三食食べられる国は珍しいらしく、裕福な証、だという。

　この国以外だと、職業によってはもっと何食も食べるが、どれも安い芋等の一つの食材だけの貧しい食事、はザラらしい。

　その上今はこの国以外は大飢饉でもあるらしく、庶民は何か食べられるだけマシ、という状況だとか。

　それを考えると、何だがこの国が凄く贅沢をしている様に思えてしまうが、この国の人達は普通に生活しているだけだ。

　非難される云われはないと思うのだが、そうもいかないらしい。

　だからそのせいでいらぬ恨みや反感、妬み等色々買っているらしく、大変なのだと聞いて、難しいなと思ってしまう……

　難民も海を越えて大量に渡ってくるから問題は深刻だ。

　海岸線は警備隊が常駐して、送り返しているとは聞いているが。

　あまりに国が広いから、全ては監視できないらしく、頭を痛めているらしい。

　この国にも国の事情があるのだから、仕方がないとは思ってはいるが、悩ましい問題だとも思う。