第43話

 まだ時間はある様だから、気になっていた事をエリックに訊いてしまってもいいものだろうか……?

 でもやはり迷惑よね……



 グルグルと思考の迷路の私に、エリックは笑いかける。


「気にしなくて良いのに。何か聞きたい事、あるんでしょ?」


 その言葉に勇気をもらい、彼を見る。


「あのね……黒い靄というのは……こちらの世界にも在るのだよね……? けれどあまり見た事が無いなぁと思って……」


 そう、ジェラルドの周囲でしか見た事が無い。

 これはちょっと私の元居た世界の常識的におかしいのだが……


「ああ、それね。あるよ。黒い靄。あれってさ、生き物の負の感情の産物で、世界の澱なんだよ」


 瞳を瞬かせる。

 私の以前いた世界の認識とも合っていると思う。

 世界の澱というのは初耳だったが……


「でもこちらの世界で見た事は……あまりないわよ……?」


 エリックは悪戯っぽい顔で笑いながら答えてくれる。


「そりゃそうさ。


 首を傾げざるを得ない。


「この大陸では……?」


 エリックはとても楽し気にしている。


「そうだよ。何故かって言うと……この大陸が神々の加護の元にあるから……だね。他の大陸だと、まあ、漂って固まってるのを見たりするから」


「神々の加護があれば無くなるものなの……?」


 私の問いにエリックは気楽に肯く。


「そうだね。ある意味積極的に浄化して下さっているから……まあ、無い訳」


 私は先程の言葉で気になっていたことを訊ねる。


「世界の澱というのは……どう言う事なの……?」


 エリックは頬を掻きつつ口を開く。


「そうだねえ。世界が存続し続けているとどうしてもああいうモノが溜まるんだ。人間だって食べたり生きていると垢とか排泄物とかあるだろ? 世界にとっては澱がそれ。浄化したり対処しないと世界にとってマイナスの影響を及ぼすんだよ」


「それなら……この世界には、幽霊は……その、居るの……?」


 私は関連するかもしれないと聞いてみる。


「まあ、居るよ。ただし


「それはやはり神様達の加護があるから……?」


 エリックは楽し気に笑う。


「そう。有り体に言えば……システムのきめ細やかさ、なんだけどね」


 首を傾げてしまう。


「どういう事……?」


 エリックは腕を組みつつ愉し気だった。


「この大陸の人間が死んだら必ず魂を回収出来る様に成っているって事。他の大陸だと、あれだ、雑なんだよ。だから取りこぼしもあるし……良しにつけ悪しきにつけ、強い思いの持ち主は回収出来なかったりするんだ。それでそういう人が悪霊とか、ただ彷徨っている霊とかになっちゃうんだよ。まあ、霊の状態で存在し続けていると……どうしても澱を取り込んで悪いモノになっちゃうんだけどね」


 不思議でもあるし、他の大陸の人達が心配で聞いてみる。


「あの、他の大陸だと……どうしてそうなっちゃうの……?」


 エリックは溜め息を吐きつつ忌々し気だ。


「あいつ等、この世界の神々を信じていないからねえ。信じていない者には加護が薄くなるのは仕方がないでしょ? こればっかりは神々でもどうしようもない訳。信じていない相手に無理矢理信じさせる……っていうのも、どうもねえ」


 なんというか……難しい問題だと私も溜め息を吐いた。


「澱を取り込みすぎたり集まって固まりすぎたりしてさ……危険極まりない存在に成ったりもしてね。そういうのはアルターリアーかアエテルニタ―ティスの神官が他所の大陸に出張して対処してるよ。それ以外の人達じゃ荷が重いしね。まあ、神官経験者なら問題は無いんだけど。この大陸以外の連中はさ……神々の加護がないから、精霊も強力なのの力を借りれる人が圧倒的に少ない上に神々の力も借りれない。だから強力な霊関連や魔獣にはお手上げなんだよ」


 加護が無いというのは……想像以上に大変な事なのだろう。

 だから神官は強いのだろうか……?


「この国やアエテルニターティスの神官は、普通のこの国の人より強いと聞くけれど、それはどうして……?」


 エリックは楽し気に微笑みながら私を見詰めている。


我が国ウチやアエテルニターティスはさ、国教がアルターリアー教でしょ? で、アルターリアー教っていうのは……自分達は神々の代理人で、神々の尖兵だと教えてる」


「神々の代理人で……尖兵?」


 私が首を傾げつつ答えると、エリックは楽し気なまま口を開く。


「そう。神々は細々とした力を使ったりは可能なんだけど、世界がもう駄目だって位じゃないと大規模な力は使えないんだ。まあ、細々がどの程度か、ってのは色々あるからおいておく。で、例えば、魔獣、魔物、とか。あれ等はさ、マナの過剰摂取だけじゃ成らない訳。根本的に、世界にある澱、つまり世界にとっては良くないモノを過剰摂取したから成るんだってのは習ったでしょ? 霊関連についてはさっき説明したから分かると思うけど」


 エリックの言葉に肯く。


「ええ。それで魔獣と魔物を殺す事で魂が解放されて……その時に溜め込んだ澱みが浄化されると習ったわ」


 エリックは楽し気に肯きつつ私を見詰め続ける。


「うん、そう。魂が汚染されてたのは殺す事で解決。ただ器も汚染されちゃっているから浄化してから食べるんだけど。霊の場合も澱を溜め込んじゃって、それを外装にして強化してたりするから……力が弱いと効かないんだよね。ぶっちゃけ魔獣も魔物も殺した方が楽だし。霊関係は除霊して消滅させちゃった方が楽。まあ、霊関係は力が強ければ外装ごとマルっと浄化しちゃえば良いんだけどね」


 私は驚きつつ授業内容を思い出していた。


「ソキウスにするのも浄化する事だと習ったわ」


 エリックは眉根を寄せつつため息を吐いた、


「そうなんだけど……魔石類の関係でどうしても殺しちゃうんだよねえ。最大の理由は別だけど。それでも最近はソキウス需要も高まったり研究もされてきてるから違ってきてるんだ。まあ、あれだよ。神々の代理人で、尖兵だから、神々に代わって世界を汚染する存在と戦うというのが第一義な訳。一応……本来はさ、戦いだけじゃなくて浄化も。となってるんだけど、まあ、色々難しくてね。この大陸にある我が国と双子国家なアエテルニタ―ティス王国はさ、総じて何よりも強くなければ、という意識が強いんだ。他の宗教の連中をこれっぽっちも、それこそ微塵も信用してないから、が理由。あっちの大陸は実際人数が多い。だから負けない為にはより強い力がいるんだ。その為、といったらなんだけど、な、冒険者組合の世界展開だしね」


 目を瞬きつつ首を傾げる。


「どういう事……?」


 エリックは楽し気に笑っている。


「冒険者組合は、アルターリアー王国と双子国家であるアエテルニタ―ティス王国の、傀儡、って事。だから冒険者という隠れ蓑で、正規の兵や神官が他国に堂々と出入り出来る訳だね」


「ああ……正規の兵隊さんは普通の冒険者より強いのだよね」


 創作物の中では、冒険者の方が強い様な印象を受けるのだけれど……


「当然でしょ。訓練必須。魔獣、魔物を討伐。国の敵とは戦闘……なんだよ? しっかり練習して訓練を経て実戦もこなしているんだから普通に強いよ。冒険者が稼ぐ為の時間を訓練に当てられるし、給料は保証されてるし、だからね。勿論、冒険者にだって最低限の訓練はするけど。大体、この国も双子国家であるアエテルニタ―ティス王国も超戦闘重視だから、学校の入学した五歳から戦闘訓練はずっとやってるからねえ。だからこの国と双子国家であるアエテルニタ―ティス王国の場合はさ、冒険者のレベルがそもそも違うし、正規兵は更に凄い訳。神官は言うに及ばす。他国だとこの国出身の冒険者は強いから……これは例外かな。普通は冒険者より圧倒的に正規兵だよ、強いのは。まあ、稀に……安定性より束縛のなさから強いのに冒険者やってるのもいるからねえ。そういう人でもアルターリアー教徒なら国に従うし、問題はそう無いんだけど」


 当然と言えば当然の答えに納得するしかなかった。

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