第18話

 夜の帳が落ちたかの様な沈黙を破り、清水さんが訊ねた。


「どういう事ですか? 改宗が必要になった、そういう事でしょうか?」


 氷川先輩は難しい顔で告げる。


「ああ。改宗しなければ国民には税がかかるのは知っているな。改宗には色々と手間がかかるのもあり、しっかりとした立場を得てから薦めた方が良いかと思っていたのだが、そうも言っていられなくなった。下手をするとこの国の住人から何らかの被害を受けかねない。事態は切迫している。明日直ぐに手配するつもりだ。二、三日中に儀式が行えれば御の字だな」


 酒井君が同意する。


「確かに、街の空気が何だかこの頃特におかしいよな」


 安藤君は思案顔。


「浮浪者の方がおかしな感じじゃないか?」


 村沢君は苦笑しつつ口を開く。


「そんなに急がなくても大丈夫じゃないですか? それより大会に出るなら、身体を鍛えたりする方に労力割いた方が良いと思いますけど」


 笹原君はそんな村沢君を窘める。


「いや、今日ちょっと街に出てみたけど、数日前と比べて街の人も浮浪者連中も空気が違う。本当に何か対策を早急に取った方が良いって」


 長谷部さんは忌々しそうに息を吐いた。


「今日、いつもの店に行ったら客の態度が悪いのよね。こっちをまるでばい菌見るみたいな感じで」


 高橋さんも落ち込んだ風に同調する。


「予備のパンを買いに行ったら、店の人はまだ良かったの。でも客の人達があからさまに嫌そうで、ちょっと、堪えたな……」


 森崎先輩は驚いて目を見開く。


「え、そんなに酷いの?」


 奥村さんも不安そうに氷川先輩に訊ねる。


「この家は大丈夫なんですか? それにどうしてこんな事になってるんです?」


 氷川先輩は眉根を寄せつつ説明した。


「今週に入って、難民達が集団でこの国の人間を襲うという事態が発生した。それ以前にもこの国の国民が難民の単独犯には襲われていたのだが、集団で、という事で、警戒感が跳ね上がったのだろう。そのせいもあり、街の住人達はよそ者に対して敵意が相当増しているのだと思う。難民達は難民達で邪教とでもいえるものが流行っているらしく、生贄を欲している様だな。それでかは知らんが難民同士でも抗争が勃発しているらしい」


 言葉もない家にいる皆に、氷川先輩は安心させる様に表情を緩める。


「皆は要らないと言ったが、この家を購入した時に、一応家の守護と災害避けに『家精霊』を予め召喚し、家の守護を頼んでおいた。この家に難民達が押し入る事はないだろうから安心してくれ。改宗した人間だとこの国の人間はそうそう拒絶しない。この国以外だと災害や戦争に巻き込まれる確率は格段に高くなる。これは他の国へ行った感想だが、この国と他の国を比べると、上下水道を始めとしたインフラ関連も治安も天と地程の差がある。暮らすのならこの国が一番だろう。だからこの国で生きていくのが得策だと思う。それにはやはり改宗しなければ、例えこの国だとしても暮らしにくくなるのは必至だ」


 氷川先輩の話を聴いていて思い付いたので手を上げて発言する。


「あの、氷川先輩。改宗の手配でしたら、エリック殿下に頼むのが良いのではないでしょうか?」


 鈴木君が即座に肯く。


「確かに得策かも。エリック殿下って最高祭祀補佐だよね。明日中に儀式終わる可能性が高くなるよ」


 氷川先輩は悩ましそうな顔だ。


「確かにエリック殿下なら、とは思うが、今お忙しいだろう。話をつけるのが大変じゃないか?」


 氷川先輩に安心して欲しくて、成るべく自然に言う。


「明日、エリック殿下、店にいらっしゃいますよ。その時に頼むのが良いと思います」


 日向先輩は驚いた様に目を瞬かせる。


「エリック殿下、街に出て来たのかよ。秋は収穫祭があるから今から準備のはずじゃね?」


 中村先輩は苦笑しつつ頬に手を当てる。


「いらしていたのは本当よ。息抜きにいらしてたみたいだけど」


 藤原君は呆れ気味にため息を吐いた。


「今年は闘技大会があるのだから余計に忙しいと思うが……」


 鈴木君は溜め息を吐きつつ眉根を寄せる。


「あれですよ。エリック殿下って兄のアレクサンダー殿下より要領良いですもん。だから暇を強引に作ったんですよ」


 設楽君は慌てて鈴木君を窘める。


「不敬罪になったら大変ですよ! 今は大丈夫だろうって慣れが一番怖いんですから、日頃から要、注意です!」


 清水さんが思い出したように上の方に視線を向けながら。


「ああ、エリック殿下って、第二王子だけど王位継承候補筆頭だったよね。それで確か如月さんと仲が良いんじゃなかったっけ。なら、如月さんから頼んでもらえたら安心だね」


「「「へえ」」」


 あれ? 何だが、こう、空気が、ちょっと悪くなった……?

 特に、家にいる女性陣が、清水さんと高橋さん以外、なんだか、怖い、様な……



 ――――普段見ない様に蓋をしているモノが見えた気がして、恐ろしくなる。

 アレは、本当に嫌なものだ。

 知らないでいられたのなら幸せな代物。

 ……でも、見て見ぬ振りも出来ない。

 それが最善だと分かっていても。



 瑞貴にしか教えた事のない、私のもう一つの能力。

 ――――人の悪意が見える。

 もしくは負の感情。

 それが強ければ強いだけ相手が黒く染まって見えるのだ。



 それを見ない様に、常に蓋をしていた。

 隠すのだと教えられてきた。

 その方法も。



 だが、それでも感じ取れてしまう事もある。

 ――――人以外の、ソレさえ分かると知ったのは、いつだったろう……


「そうだな。如月から頼むのが一番か。明日は私も一緒に申し上げるのは不味いだろうか?」


 氷川先輩がおかしな空気を払しょくさせるように、軽めの声で私に問う。


「大丈夫だと思います。エリック殿下、氷川先輩の事気に入っていらっしゃいましたし。おそらく昼過ぎにいらっしゃると思います。今日と同じ位の時間に来るとおっしゃっていましたから」


 私も、気にしていない風を装う。

 それでも何だか、清水さんと高橋さん以外の女性陣が怖かった。

 ――――一生懸命、見えない様に見えない様に、蓋をした。


「なら、昼の混雑が終わった辺りに店に行こう。皆は改宗に否やはないのか?」


 氷川先輩の言葉に、皆は肯く。


「はい。この国で生きていくのがこの世界で一番良さそうですし」


 笹原君は笑顔である。


「だね。よろしくお願いします。如月も頼むな」


 酒井君は私にも頭を下げるので、恐縮してしまう。


「面倒をおかけしますが、よろしくお願いします」


 安藤君は真面目な顔で頭を下げる。


「はぁ。面倒な事になってきたなぁ。先輩も如月も頼むな」


 村沢君は嫌そうに顔を顰めている。


「私も改宗した方が良いのかなぁ。一応精霊の力は使えるけど」


 森崎先輩は小悪魔的な顔を露骨に歪ませる。


「森崎先輩は蛇神様に改宗してもらわなかったんでしたか。どうします、今からしましょうか?」


 中村先輩の言葉に、森崎先輩は呆れた様に溜め息を吐いた。


「嫌よ。皆と一緒にしてもらうわ」


「分かりました。出過ぎた真似をして申し訳ありません」


 中村先輩は無表情に謝るのを見た高橋さんが、取り成す様に笑顔で明るく


「そうですね。皆一緒の方が良いかもです。中村先輩、私は魔力が無いから頼めませんが、ありがとうございます」


 そんな高橋さんに、中村先輩も笑顔を見せる。


「良いのよ。私が先走っただけ」


 奥村さんは何故か軽蔑した様に口を窄めて非難した。


「そうですよ。先走りすぎです。氷川先輩の言う通りに皆と一緒にする方が良いに決まってますよ」


 長谷部さんも力強く同意してしまう。


「ですね。氷川先輩にもエリック殿下にも申し訳ないですよ。折角頼むのなら大人数で良いじゃないですか」


「いや、普通、大人数の方が迷惑じゃないか?」


 鈴木君が即座に突っ込む。


「うるさいわね!」


 これまた直ぐに長谷部さんが鈴木君に言い返す。


「あ、清水さんはどう思う?」


 高橋さんが速攻でまだ答えていない清水さんに訊く。


「私も改宗しますね。氷川先輩も如月さんもよろしくお願いします」


 清水さんが言った言葉を聴いた氷川先輩は肯いて、目に力を込める。


「ああ。なるべく早くに改宗の儀式を執り行ってもらうつもりだ。皆改宗するまでは何があるか分からん。家に居てくれ」


 その言葉に皆肯いたのだが、笹原君が蛇神様に訊いていた。


「あの、改宗したからって、俺等何か魔法とか使えるようになる訳じゃないんですよね?」


 それに蛇神様が答える。


「そうじゃな」


 笹原君は申し訳なさそうに下を向く。


「それじゃ、あの、改宗してからも街に出歩きづらいですね。申し訳ないのですが、ブラウニー的な、何か守護してくれるものとかって、頼めないですかね」


 蛇神様は楽し気に笑う。


「そうじゃな、尤もじゃ。ならばワシの眷属の精霊を既に護衛として付けてあるが、更に強いのにしておくか。安心せよ」


 笹原君は安堵の表情になり、真摯に頭を下げる。


「ありがとうございます!」


 氷川先輩は申し訳なさそうに口を開いた。


「私が気が付くべきでしたね。申し訳ありません蛇神様。助かります。以前から護衛して頂いていたのは知っていましたが、改めまして、お礼を」


「「ありがとうございます」」


 日向先輩と藤原君が言ったのを聞いて、慌てた。


「「「ありがとうございます!」」」


 酒井君、安藤君、村沢君が続く。


 中村先輩も珍しく慌てている。


「蛇神様、よろしいのですか? あの、何か負担とかございますか?」


 それに蛇神様は鷹揚に笑う。


「気にするな、サツキ。皆を護衛するのは巫女の仲間ゆえ当たり前だ。カイも背負い込みすぎだ。ワシは皆を護衛する位難しくもないのだから」


 その言葉に、皆で一斉に頭を下げて、お礼を言う。


「ありがとうございます!」

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