第51話

 氷川先輩の乗る天馬の横に到着。

 キメラを連れて来た皆の全身をキョロキョロとしっかり確認。

 どこも怪我が無いのを確認し、ホッと安堵の息を吐く。



 今思えばエリックは私が皆を心配し過ぎない様に、色々声をかけたり抱き上げたりしたのだと分かる。

 いつもそうだ。

 私は誰かが傷つく事に対してとても恐怖や痛みを感じ、苦しくなってしまう。

 それを学生時代に理解したらしいエリックは、何くれとなく私が苦しまなくても良い様に手を回してくれる。

 とても心苦しいのに……彼は一向に改善してくれる気は無いらしく、困っているし申し訳ない。



 それは氷川先輩や藤原君も同じで、氷川先輩はこの世界に来るずっと前から私を守ってくれていた。

 でも私は……氷川先輩に申し訳なくて仕方がなかったのだ。

 瑞貴にもそう。

 いつも誰かに守られてばかりで何も出来ない自分が、私は何より嫌いだ。


「先輩、お疲れ様です。お怪我が無くて本当に良かったです。皆も無事で心底安堵しました」


 そう、私が役立たずになったとしても、誰も怪我をしないのが一番だ。

 先輩や皆が傷つく位なら私は何も出来なくなっても構わない。


「如月、後は任せた」


 氷川先輩はそう言って温かく笑った。

 冷たい印象の先輩だが、笑顔が優しくて温かなのを知っている。



 その笑顔を見るだけで、安心できる。

 心が落ち着くのを感じた。

 けれど同時に言いようのない不安が沸き上がり困惑するが、不思議と瑞貴が思い出されてどうにか平静を装える。



 ホッと息を吐き、キメラ達に視線を移す。


「頑張って、ルナ」


 アルバートが声を掛けてきてくれるから、肯いて答えに代えた。


「やっちゃえ、ルナ!」


 元気よく声を掛けてくるキャサリンの声に、思わず苦笑が漏れる。



 獅子型のキメラ。

 その名の通り雄獅子の頭が中央にあって、尻尾は蛇という魔獣だ。

 頭の数は最上位種は三つ。

 次に二つで、一つは獅子型キメラの中で最も弱い。

 どれも違う頭の場合もあれば、全て獅子というものもある。

 違う頭の場合は……蝙蝠だったり、山羊だったりしたと習った。

 強力なブレスを吐く危険な存在だとも。

 それ以外にも魔法を使う厄介な相手である。

 上位種であればある程大きくなるという面倒さもあるのだ。



 全て獅子の頭のキメラは最上位種の中でも取り分け力が強いという。



 虎型のキメラは獅子型とはタイプが違う。

 頭は一つで、尻尾が蛇なのだ。

 蛇の尻尾は上位種であればある程多くなる。

 何だか以前いた世界の妖怪である鵺の様だと思う。

 雷を操る所もそっくりだと個人的には思っている。

 強力なブレスも吐く上に雷まで操るのだから、危険極まりない相手だ。

 獅子型キメラと同様の大きさで、同じ様に上位種であればある程巨大になるのだから本当に困る。



 虎型のキメラは、蛇の尻尾の数が十以上は最上位種だと聞いている。

 だが虎型キメラで最上位種の中でも最も力が強いとされるのは、尻尾の蛇の数は関係がなく、首の回りに襟巻の様な毛があるかどうかなのだという。



 焦っては事を仕損じる。

 兎に角、キメラの階級を推察することに注意を向けた。

 それによって力の出力が違うのだからしっかりと行う。



 ジェラルドに言わせると、私はエリックや自分とは違うはずなのに、魔獣や魔物の能力の把握がとても精確だから特殊なのだとか。

 魔獣は単純に一番大きければ一番強いかと言えばそうとも言えず、それをある程度見極める魔法はある。

 あるが、それでも正確に測るのはシビュラ大陸の王族でなければ無理、なのだという。

 それが出来てしまうから……私は特別なのだとも言われた。

 そう言われても私には自覚も無ければ自信も無い。

 それでも任されたのだ。



 これで失敗したら自分だけの責任ではない。

 任せたエリックの責任なるのだろうし、駆り出された皆に申し訳が無くてどうしもようもなくなる。

 何よりも魔獣という状態からソキウスにして解放したいという思いが強い。

 魔獣の状態はとても辛いのだという。

 存在が内側から蝕まれている状態。

 だから殺意と憎しみしかなくなってしまうのだとか。



 色々ごちゃごちゃと考えながら、それでも正確に力を測っていく。

 すると、今まで見たことのない程高位の獅子型キメラと虎型キメラがいる事に気が付いた。



 キメラの最上位種の中でも特に強い……王とでも言えそうな存在。

 それが獅子型、虎型、双方に一体ずつ居るのが分かった。

 双方合わせれば二十頭以上いるだろうキメラ達。

 そのキメラ達の頂く王、だろうか……?



 それ等に視線を移す。

 すると彼等の瞳が苦しそうに歪められているのを確認する。



 結界自体の苦痛ではない、と思う。

 他のキメラ達の瞳は、無感情、無感動と言った感じで、まるで何かに支配されているかのように感情が感じられない。



 これはおかしいと思う。

 本来魔獣とはいえ感情は感じられるものだ。



 大抵は殺意だけ、だとしても、それでも感情は感じられる。

 それが全く無い状態と言うのは普通に考えておかしい。



 それに苦痛に歪められている瞳の獅子型キメラの長と思われる存在と虎型キメラの長らしい存在は、肉体的な苦痛を感じてはいない、気がする。

 そう、魔獣は殺意以外の感情が瞳に乗る場合、憎しみ以外はないのだ。

 苦痛は、無い。

 苦痛の感情は無いのだ。



 だから首を落としたり心臓を止めない限り、強力な魔獣であればある程倒すのは難しい。

 足を切り落とそうが切り刻もうが関係なく襲ってくるのだ。

 痛みを感じないのだから兎に角殺さなければどうしようもないというのが魔獣や魔物である。



 それ以外の方法はソキウスにする事だけ。



 だから苦痛を感じているこのキメラ達の状態は異常事態と言えるだろう。



 じっと苦痛に歪む瞳のキメラ達を見つめた。

 彼等が私に何かを訴えかけて来ているのを感じる。



 私に分かったのは彼等が苦しんでいる事。

 私に助けを求めている事だけ。



 ならば私のする事は一つだ。



 私はキメラ達に安心して欲しくて微笑み、力を解放する為に意識を集中させた。



 ピシり、音がする。



 瞬間、閉じていた結界が崩壊し、苦痛に歪んだ瞳のキメラ二頭は私に向けて突進してきた。

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