第50話

 神殿内の広大な広場に到着。

 前居た世界の学校のグラウンドよりも広いかもしれない。

 ここに皆がキメラを誘導してくるのだろう。



 それにこの広場には神官だろう人達が大勢集まっていて、その人達の視線が全てエリックに集中しているので私は非常に居心地が悪く……居た堪れない。


「殿下。降ろして頂けませんか……? これでは満足に力が使えません」


 何とか降ろしてもらおうとエリックに頼んだ。


「えー。私はこのままが良いなあ。何かあったら大変だよ。このままで良いよ」


 不満そうなエリックに……私を降ろす気が微塵もなさそうなことで頭痛を呼び起こされるが、頑張る。


「お願いします。降ろして下さい」


 恥ずかしさやら申し訳なさやらで押しつぶされそうなのだ。

 兎に角、一刻も早く降ろしてもらいたい。


「それじゃ降ろす代わりに何してくれる?」


 唐突な要求に、目は白黒。

 何がどうしてそうなるの……


「……私に出来る事とは……何でしょうか……?」


 そう。

 それがまるで分からない。

 王子である彼に、私が出来る事とは一体何だろう……?


「なら、ジェラルドともう連絡取り合ったりしないで」


 きっぱりはっきりと綺麗な笑顔で言うエリックに、私は決然と言葉を発する。


「それはできません。他の事でお願いします」


 図々しいのは百も承知だ。

 だが私にその選択肢は無い。

 全く無いのである。



 絶対に、ジェラルドとの縁は切ったりしない。

 それは初めて会った時から決めていた事だ。

 ――――彼を見捨てるという事は……瑞貴との縁を切る事のように感じてしまうから。

 勿論、ジェラルド自身を放っておけないからでもある。


「それじゃ、カイにもう抱き付かないで」


 楽し気に言うエリックに、これまたきっぱりと答える。


「それは無理です。確実にお約束できませんから、他の事でお願い致します」


 氷川先輩は……私の恩人だ。

 小さい時から色々助けてくれた。

 瑞貴が居ない時にいつも。



 ……小さい時は、助けてもらうたびに嬉しくて抱きついていた。

 その癖が唐突に出ないとは限らない。



 氷川先輩だって今の私に抱き付かれたら迷惑だと思う。

 だが……氷川先輩の温もりは大好きなのだ。

 不思議と懐かしい気がするから。

 いつかのどこかで大切な誰かだったかのような……



 ――――小さい頃、酷い目に遭いそうになった。

 それ以来大人の男性は苦手だ。

 実の父親でさえ……一時期は無理だった。



 そんな中でも氷川先輩と瑞貴だけは……不思議と平気だったのだ。

 大人でなかったから、かもしれないけれど。



 それでもその時の記憶があるからかもしれないが、私にとって氷川先輩の温もりは……特別なのだ。

 ――――瑞貴には氷川先輩に出逢う前までは無邪気に抱き着いていたと思う。

 けれど……氷川先輩と出逢った後にはどうしてか抱き着く事に躊躇するようになった。

 その理由が分からなくて困惑したまま現在に至っている。

 比較対象が出来たからなのかもしれないと今は思う。



 ――――瑞貴の温もりを感じると……私の動悸がおかしくなるのだ。



 不思議と恥ずかしくなったり挙動不審になってしまうようになった。

 だからといって抱き着くのが嫌かと言われれば全く嫌ではない。

 むしろ大好きだし誰より安心するのだが……他の誰かにこうなった事が無いので困っていた。



 ……こちらの世界に来てからエリックを始め気持ちが悪いと思った事は無いのは救いと言えば救いだが、いつ何時再発するかは分からないのだ。

 けれど分かる事は……男性に対する嫌悪感が発症しても、仲間や友人をその対象にする事は無いと思う事、だろうか。


「分かった、分かった。それなら、何か料理作って」


 エリックの言葉に思わず目を見開く。


「それで良いのでしたら、分かりました」


 エリックは嬉しそうに笑いながらクルクルと回る。


「良いんだね? 私の部屋に調理場を作ったから、そこで作ってね。約束だよ」


「あの、いつも作る訳にはいきませんけれど、それでもよろしいですか? お菓子でも構わないでしょうか……?」


 仕事もあるのだ。

 いつも作れるとは限らないと思う。

 料理とはいうが……お菓子があるとお茶の時間に食べられて良いかなぁとも思ったのだ。


「それは良いし構わない。偶にでいいから、絶対に作ってね」


 エリックのその言葉に笑顔で肯く。


「わかりました」


 私の言葉を聞いてから、ようやくエリックは私を降ろしてくれたのだった。

 それを確認し次第、玻璃は私の肩に着陸した。


「ごめんね、玻璃。大丈夫?」


 私が訊ねると、玻璃は平気だと言わんばかりに胸を張る。

 ……相変わらず、可愛くてホッコリする。



 そんなやり取りをしている間に、周囲が緊張に包まれているのが分かった。


「ほら、キメラを連れて戻ってきたよ」


 エリックの声に上空へを視線を移せば、数十匹のキメラを従えた七頭の見事な天馬がこの広場に舞い降りようとしているのが分かった。



 先ず降りて来たのはアルバート。

 青い天馬が格好良いし綺麗だしで見惚れてしまう。

 それに今は仕事モードになっているらしく、綺麗な青緑色の瞳にはやる気の無さは微塵もない様子。

 本当に彼はやる時はやる男なのだが……何というか、普段は昼行燈よろしくぼやっとしているのがなんとも勿体ない存在だと思う。



 アルバートはきりりとした眼差しで上空を見上げて肯き、それを合図に魁、じゃなかった氷川先輩の乗った天馬が降りてくる。

 氷川先輩の天馬は漆黒で、今の先輩の髪の色と同じな感じが統一感もあって格好良いと素直に思う。

 艶々と光を放ち、燐光さえ纏っている様でとても綺麗だ。



 そして次に降りて来たのはキャサリン。

 彼女の天馬は緑色で不思議と安らぐ印象の、アルバートや氷川先輩の天馬よりも優し気な風貌。



 そして天馬達は額に一本の角がある。

 体毛と同じ色の気高く立派な角だ。



 確か天馬の中でも額に一本の角があるタイプは上位の存在だったと思う。

 天馬の中には翼の無いタイプもいて、これよりは翼のあるタイプが上位で、額に角が一本あるのが天馬の最上位ではなかっただろうか……?



 流石は蛇神様だ。

 純粋に思う。

 凄いしどの天馬も神々しささえ感じる見事さだった。



 地上に三人、空中に四人。

 どうやら台形の形の結界を張っているらしく、その結界の中にキメラ達が閉じ込められている様で台形の体制を維持している様子に見える。


「さあ、ルナ。頼むよ」


 エリックの声に私は頬を叩いて気合を注入し、広場に足を踏み入れて氷川先輩の元へと歩を進めるのだった。

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