第13話
開店直後から忙しい。
ひっきりなしに注文が入って目が回りそうだ。
この店は結構な人気店である。
それなりの値段はするのだが、使っている食材にこだわっているのと季節感もありボリュームがあって、その上味も良いと人気なのだ。
食材の割に安くて美味いと言って、貴族も常連客にいるのが凄い所である。
マーサさんが宰相閣下の乳母だというのは知られていないので、純粋に気に入られている様だ。
朝食を出す時間帯の、いわゆる空白期間とでもいうのか、ちょっと空いた頃合に、氷川先輩と藤原君が来店した。
丁度ひと段落したからテーブルの片づけをしていた時、カランコロンとドアに付いているベルが鳴り、そちらを見たら二人だったのだ。
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
小川沿いの窓際の席へ案内する。
向こう岸は遊歩道になっていて、木々も植わっているので目に楽しい席である。
「如月、昼食をテイクアウト出来るか?」
氷川先輩の言葉に肯く。
「サンドイッチかハンバーガーなら大丈夫ですよ。これから仕事ですか?」
氷川先輩と藤原君が目配せする。
「なら、それを二セットずつ頼む。今日はこれから教授の手伝いだ。それで朝食は今日は何がある?」
氷川先輩の問いかけに答えつつ、メモを取る。
二人共結構食べる方なのだ。
もしかして私の作ったスープは昼に汁物として食べる気かな……?
しかし、教授の手伝いか……
氷川先輩、藤原君は、学園時代の教授とも同じで空属性という珍しい属性の精霊の力を借りれるのだが、この精霊の力で特別な空間に収納できる『アルカ』を生成出来るのだ。
私達がアルカを沢山持てるのも教授と先輩達のおかけである。
それ以外にも魔結晶の生成に結界作成等、珍しいのに空属性はかなりの有用な属性らしく、出世間違いなしの上引っ張りだこになるのだとか。
「いつものセットメニューですが、何にします?」
私の答えに氷川先輩は思案顔。
「それなら、厚切りハムとオムレツ、ボロニアソーセージのセットで頼む」
藤原君はメニューを見ながら口開く。
「ベーコンと目玉焼き、ブラッドソーセージのセット」
それを伝票に記入してから訊いた。
「分かりました。飲み物はどうしますか?」
氷川先輩は即答。
「紅茶。ストレート」
藤原君も即答。
「季節の果物のジュース」
「分かりました。今、水を持ってきますね」
そう言って厨房に戻る。
この大陸では店で出す飲み水はタダなのだが、他国では飲める水は貴重で高価なので無料はあり得ないのだとか。
それで安全な飲み物としてアルコール度はとても低いけれどお酒が庶民には一般的に飲まれるのだそう。
私はお酒に本当に弱いから、この国に来て良かったと心底思う。
朝食のセットは卵のメニューがスクランブルエッグ、目玉焼き、オムレツから選べて、肉類は厚切りハム、ベーコンから選べ、それ以外にソーセージ各種も選べる。
ソーセージは大きさで三種類あって、その他にブラッドソーセージという血を詰めた物や、レバーソーセージと言うレバーを詰めたソーセージの種類がある。
これにソテーした季節の野菜かキノコ類、そして季節の魚。
ベイクドビーンズ、簡単なサラダに、丸鶏と香味野菜でとったチキンストックを使ったたっぷりのチキンスープ、パン、季節のジャム、ヨーグルトという物である。
チキンスープには新たに細かく刻んだ主に根菜か、季節の野菜類、豆類、出汁をとった丸鶏が解して入っている。
飲み物は別料金だが、コーヒー、紅茶、季節の果物のジュースに牛乳。
この店では肉類は魔獣の肉を使っている。
魔獣類の肉は、色々な効果や効能があるから高いのだが、それでも人気だ。
効果がある上に美味しいのだから、必然だろう。
私達は頼まれれば店に直接魔獣の肉を持ってくるから、喜ばれている。
詳しく述べるのなら、魔獣類の肉は、アスリートに、じゃなかった、この世界だと戦闘職や身体を使う職業の人、かな、そういう人に特に向いた食材なのだ。
なんでも、身体を作ったり補修したり等、身体にとても効果的なのだとか。
それ以外にも疲労回復やら脳の活性化やら、体力向上に筋力増強等、様々な効果効能があるのだ。
強力な魔獣であればある程その効果や効能は高まるとか。
効果や効能はもっと色々あるのだが、種類によって違うので、全部は覚えきれていない。
特出しているのは普通の肉類を食べ続けるより、魔獣類の肉類を食べ続けた人は、本人以外にも子孫が強化されるらしい事、かな。
そういえば、魚系に魔獣の様な存在はとても少ないのだとか。
だから川沿いや海沿いの街は、だいたい大きな都市だったりする。
陸路より水路の方が危険な存在はいないし、大規模な輸送も出来るしで、どこも港は活気に溢れているとか。
この大陸以外は特に水の確保も含め、水辺の都市が大きい傾向にあるという話を聞いた。
この店のパンは大きめの物で、丸っとしていて可愛い。
パンも自家製なので、焼き立てでふわふわの美味しい物だ。
フランスパンみたいな細長いのや大きい丸いパンが一般的だが、パンも色々種類があって、この店でもハード系のパンが多いかな。
この国ではソフト系のパンはあまり好まれないために食パン以外無くて、食べたかったら自分で焼くしかないのである。
「はい、サンドイッチとハンバーガーです。サンドイッチは二種類あるのですが、卵たっぷり季節の野菜のポテトサラダを挟んだ物と、サバのフライと香草を挟んだ物、ハンバーガーは牛肉系のみのパテにルッコラとチーズ、アボカド、トマトが挟んであります」
会計の時に渡したら氷川先輩は
「助かる。ありがとう」
そう言って相好を崩し
「美味そうだな。ありがとう、如月」
藤原君も嬉しそうな顔をしたのだが、店内が騒めいてしまった。
二人共、容姿がすこぶる尋常じゃないレベルの整い方だからなぁ……仕方がない。
それに喜んでもらえるのは単純に嬉しい。
二人には返せない恩があるのだ。
それを少しでも返せたらいいなと願っている。
二人が出て行ってちょっとしたら、今度は日向先輩、設楽君、鈴木君の三人が来店した。
私は厨房から挨拶である。
「瑠那が作った朝食、食べなかったの?」
接客の中村先輩の不満そうな言葉に、日向先輩は心外そうに顔を顰める。
「それは昼食にしようと思って、朝食に作っておいてもらった奴はスープジャーに入れた。後はパンを買って持って行くつもりだって」
日向先輩の言葉に設楽君と鈴木君が肯く。
「あら、出掛けるの?」
中村先輩が皮鎧を身に付けた三人を見て不思議そうに言う。
今日は休日だから中村先輩の疑問も分かる。
日向先輩は頬を掻く。
「冒険者ギルドに行って来たら、害獣駆除がまたあってさ。簡単そうで今日中に終わりそうだったからこの三人で引き受けて来た」
冒険者ギルドは年中無休、一日中やっている。
だから日銭を稼ぐのには良いのだ。
設楽君は笑顔で中村先輩と私に告げた。
「少しでも貯蓄は増やしておいた方がいいだろうって、日向先輩が」
それに鈴木君も肯き続ける。
「うん。やっぱり自由が無くなる前に、ある程度貯めておきたいからね。氷川先輩の負担も減らしたいって、日向先輩が」
日向先輩は顔を赤らめつつ鈴木君の頭を拳骨でグリグリとする。
「お前は、余計なことを!」
痛そうにしながら鈴木君は日向先輩に言う。
「だって、言ってたじゃないですか、日向先輩!」
宥めるように設楽君が日向先輩に訴える。
「落ち着いてください、先輩。ここ、店ですし!」
中村先輩が呆れた様に冷静に言るのだが、とても見慣れた光景だ。
「いい加減になさい。それで、何を注文するの?」
その言葉でいつもの様に三人はようやく静かになった。
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